第23話 偶然 2
「すみません」
病院の外来のイスに座った時に、私の使っている松葉杖が前の席に座っている男性の肩に当たった。私は慌てて松葉杖を手に握り直し、振り向く男性に頭を下げた。
「いえ…大丈夫ですから」
その聞き覚えのある声に、私は思わず下げていた頭を恐る恐る上げてみた。
「アッ」と声を上げたのは私だけではなかった。柾も私の顔を見て驚いた顔をしていた。
柾の驚いた顔が可笑しくて、私は周りにいる患者さんに迷惑にならないように笑いを必死に噛み殺した。
私が必死で笑いを噛み殺している姿を見て、柾は不思議そうな顔で私を見ていた。
「何か、俺…可笑しなことしました?」
今度は不思議そうな顔から心配顔へと変わる柾の表情は、クールそうに見せている彼からは想像も出来ないもので、その心配顔でさえも彼の違った一面を垣間見ているようで、私はまた笑いを噛み殺した。
「ちょっと…何なんですか~」
柾は少し不愉快そうな顔をしながらも、口元は緩み、彼も笑い出しそうな表情へと変わっていこうとした時、彼に気付いた伊坂が声を掛けた。
「木本、今日は病院だったか?」
伊坂の言葉に「いえ…」と言いながら、俯きがちな柾の隣に伊坂は強引に座った。
柾にとっては高校生活最後の大会でもあり、クラブチームに入れるかどうかを決める大切な時期だ。顧問をしている伊坂にとっては、チームリーダーの彼の体の状態に敏感になるのは、至極当然のことでもあった。
「…また、足が痛み出したか?」
そう言いながら彼の右足のズボンの裾を捲し上げると、伊坂は見たことのないような真剣な眼差しで彼の足の変化を探し始めた。
そんな伊坂の姿を半ば諦め顔で見つめる柾は、伊坂には聞こえないくらいの小さな溜め息を吐いた。
「ちょっと腫れてるな…また、無理したんだろ?まったく、お前は…」
そう言って伊坂は柾の右膝をパチンと叩いた。その音は気持ちがいいくらいに待合室に響き渡った。大袈裟にしかめっ面をする柾の顔を見て、伊坂は柾の頭を軽く叩いた。
「まぁ、お前のこれからはお前だけのものだ。体のことだってお前が一番、分かってるだろうから…」
伊坂の落ち着いた声に柾は小さく頷き返している。
昔から伊坂はこうだった。最後の選択は必ず相手に委ねる。それは、相手を尊重して答えを出すのを導いていくのだ。
「昔から、先生は変わらないね」
そんな二人を黙って見ていた私は、あの頃の自分と柾が重なって見えて、思わず言葉を発していた。私の言葉に伊坂は少し照れたような顔を一瞬だけ見せた。
「それだけ若いってことかな」
伊坂はそう言うと、相変わらず豪快に笑った。しかし、静かな待合室では伊坂の声は大き過ぎて、他の患者さんから失笑をかってしまった。
「ところで、木本、松嶋には連絡取れたのか?昨日、あんな時間に電話してきて電話番号聞いてくるから」
周りからの失笑を誤魔化すかのように、頭を掻きながら話す伊坂の言葉に私は一瞬、驚きを隠せなかった。伊坂の言っていることが、しっかりと理解できないまま柾の方を見た。
「先生が松嶋って言うからさ…スゲー、怒られてさ」
柾の呟くような声で私は昨日の夜中の電話のことを理解することが出来た。柾は私に知られたくなかったようで、いつまでも顔を赤らめていた。
私は、彼の優しさに触れたようで、心の中があったかくなるのを感じていた――
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