第19話 強さ 3




結婚して3ヶ月…まだ、3ヶ月だった。

義母の言葉に私は反論するというよりも、呆然としてしまった。

確かに結婚したのだから、いずれは自然の流れの中で、子供も授かりたいと思っていた。

貴一郎との未来の中に、ぼんやりとは描いていたことではあったけれど、こんな形で義母に子供の話を切り出されるとは思ってもみなかった。





「言い過ぎなんかじゃないわよ。大野家の跡取りになる子なんだから、一人目は男の子がいいわね。貴一郎、あなただって結婚だけじゃ信用が付いてこないわ。ましてや、あなたは子供を教育する側なんだから、子供がいる方が親御さん達にも安心して貰えるってものよ」





「母さんは気が早いんだから…どうせ、近所の人達にでも子供はまだかって言われたんだろ」





呆然としている私を余所に、二人の会話は目の前で繰り広げられていく。


やめて…


やめて…


頭の中でその言葉がグルグル回っている。

子供が出来たら、この家の中に私の居場所を作れるだろうか…

いや、きっと義母の思い通りに子供も扱われるに違いない。そう思ったら、私の背中がぞくっと震えた。





「…だから、仕事なんてする暇なんかないのよ。聞いてる?茜さん」





想像したくなかったことを頭の中で思い描いて、わたしはひとりで意気消沈してしまい、義母の問いかけなど耳に入って来なかった。

何も答えない私を義母は怪訝な顔で見つめている。





「茜!…茜ってば!」





貴一郎の肘が私の腕に強く当たって、ハッと我に返った。

シラッとした空気が食卓に流れていることに気付いて、慌てて義母の問い掛けをもう一度聞き直した。

義母は大袈裟に溜め息を吐きながら、冷たい視線を向けてこう言ったのだった。





「あなたの代わりの教師なら、いくらでもいるわ。あなたじゃなきゃダメってことじゃないんだから。そんなことより、大野家の立派な跡取りを作ることを考えてちょうだい。昨日の伊坂くんの話は私から断っておくから」





「ちょっと、お義母さん!」





義母の一方的な言葉に私は思わずイスから立ち上がった。勢いが良すぎたのかイスが後ろに倒れて大きな音をたてた。

それと同時にリビングの固定電話がけたたましく鳴り響いた。

イスが勢い良く倒れた音に続いて、電話の着信音に驚きを隠せないまま、義母が慌てて受話器を取る。「もしもし、大野でございます」そう言った義母の声は震えているようだった。





倒れたイスを貴一郎が起こすと「どうしたんだよ」と義母に聞こえないように小声で問いかけてきた。私は逸る気持ちを抑えながら、受話器を持つ義母の後ろ姿をじっと見つめた。

私の怒りのオーラを感じ取ったのか、貴一郎はそれ以上何も言ってこなかった。





「…茜さん、電話よ。昨日の夜に掛けてきた生徒さんみたい」





受話器の口を押さえて私に向かって差し出す。私はぎこちない足取りで義母に近づき、義母の手から受話器を拾い上げた。





「もしもし…」





受話器からは何の返答もなく、私は再度「もしもし」と繰り返した。受話器の向こうから確かに人の気配を感じることが出来る。でも、それが誰なのか、相手が咳払いをするまで分からずにいた。





私の直感が一気に働く…

まさか…?私の胸がドキンと一つ音をたてた。





「あの…」





少しの沈黙の後、私の言葉に相手の声が重なった。その重なり合った声は驚くくらい綺麗にハモっていて、また私達に沈黙を作った。

しかし、その沈黙は不思議なほど嫌な気持ちにはさせなかった――




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