第16話 ココロの穴 2
押し寄せる快楽は私の足の痛みも、ココロに空きかけそうな穴も、義母との確執も全て、その時の一瞬だけは忘れさせてくれたかのようだった。
階下からの物音でふと目が覚めると、私は白い肌を露にしたままベッドに横たわっていた。
その隣には寝息をたてる貴一郎の寝顔がある。
いつの間にか眠りに堕ちていたのだろう…
ぼんやりと闇を照らす明かりを頼りに、ベッドの下を覗き込むと、脱ぎ捨てられた服や下着があちらこちらに点在しているのが目に映った。
全身の気だるさが私を襲う…
貴一郎を起こさないように、ゆっくりと躰を起こしてベッドの隅に座った。
胸元についた赤い痣(あざ)が、さっきまでの生々しい行為を思い出させる。
それと同時にベッドの中での貴一郎の言葉も私の脳裏を掠めていった。
(あの人の機嫌損ねたら、ここで生活するのに肩身の狭い思いしなくちゃならないからな)
貴一郎の言葉は最もだと思った…
結婚してから義母に気を遣わなかった日など一日もなかった。機嫌を損ねないように…と毎日、身を削るような思いで暮らしているのだ。
それでも、機嫌がいい日なんて殆どないに等しい…
きっと、貴一郎の言葉には「私」は含まれていないのだろう。我が身を守ることだけの言葉のような気がして、私の心はシックリ来なかったのだ。
私は床に散乱した衣類の中から、下着を見つけ出すと慌てるように身に付けた。あまり考え込んでしまうと、涙が溢れそうな予感がして躰を動かす方に気をやろうとしていた。
しかし、服を身に付けても、衣類を拾い集めても私のココロに空いてしまった穴は埋められなかった。
私はこの家に必要とされているのだろうか…?
私の居場所はこの家にあるのだろうか…?
義母とこの先、上手くやっていけることは出来るのだろうか?
次々に湧き上がってくる不安に、私は思わず身を小さくした。
貴一郎は私を守ってくれるのだろうか…?
そう思った時、私の目からどっと涙が溢れてきた。最後の砦(とりで)が想像していた以上に脆いもののような気がして、不安な気持ちを抑えることが出来なかった。
その時だった…
階下で電話の鳴る音がし、私達の部屋の固定電話の子機が数秒遅れで着信を知らせている。
直ぐに受話器を取ろうとしたが、ギプスで固定された足は思うように動かず、子機に辿り着く頃には着信音はやんでいた。
「茜さん!」
義母の甲高い声が階下から聞こえてきて、私の心臓はドキッとした。部屋の扉を開けて恐る恐る返事をする。義母は私の返事にもイライラしたのか、更に大きな声でこう言った。
「いったい何時だと思ってるのかしら?あなたに電話!まったく、非常識だわ。内線の繋ぎ方、分からないからそっちでさっさと取ってちょうだい!」
私は慌てて子機を掴み外線ボタンを押してみたが電話は繋がらない。義母は怒りに気を取られていて、保留ボタンを押さないまま金切り声を上げている。
「お義母さん、保留ボタンを押してますか?」
義母は私の言葉など耳に入っていないようで、更に文句を言いながら受話器を固定電話に戻してしまったようだ。
「まったく!今の若い人は非常識にもほどがあるわ。こんな時間に電話してくるなんて!」
子機の外線ボタンを押してみてもプーという音がするだけで、もう相手の電話には繋がらなかった。義母の言葉に私はハッとした…
「今の若い人」その言葉が私の体に電流を走らせる。
まさか…
今の電話は木本柾ではなかったのかと、私に甘い期待を抱かせている。
しかし、その後、子機には着信音は届くことはなかった――
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