第15話 ココロの穴




私は結婚して、この大野家に嫁として迎え入れられて、初めて貴一郎の手をしっかりと握り締めたような気がした。思わず重ねた手のひらに驚いていた貴一郎だったが、私の顔を見てギュッと手のひらを握り返してくれたのだった。








「…あっ…やだ…」





「…声、出していいよ。今日は母さん、居ないからさ」





その日の夜…

私達は新婚旅行以来、満足に肌を重ねていなかった欲求をベッドの中で満たしていた。

この部屋の階下に義母の部屋があり、いつもならベッドの軋む音を気にしてそんな気になれなかった。

しかし、伊坂を送り出した後、義母は貴一郎の言葉で気をよくしたのか、教室の生徒数名に連絡を入れ、珍しくカラオケへと夜の街に繰り出したのだった。





家の中に二人だけしかいないと分かっているからか、貴一郎はいつもとはガラリと変わって大胆になる。人前で見せる顔と二人きりになった時の顔はまるで別人のようだった。

付き合っている頃は、そのギャップが堪らなく魅力的に感じて惹かれずにはいられなかった…





そんなことを考えていると、貴一郎の唇が私の耳元で蠢(うごめ)き、熱い息をかけながら耳たぶや耳の中に舌を這わせてくる。背中がゾクリと震え、私の口から溜め息にも似た甘い声が漏れた…

その声を聴いて興奮したのか、貴一郎の唇と舌は私の唇を塞ぎ、私の甘い声を絡めとるように私の歯を割って舌に絡みついてきた。

久し振りの長いキスに私の中の「女」が目覚め始め、私の腕が貴一郎の背中に回った。背中を摩(さす)り上げながら、私の中の「女」はその先をねだる…





貴一郎にもそれが分かったようで、私の着ている服のボタンを外すことも忘れて、無理やり剥がしにかかった。ブラウスのボタンが幾つか飛び散り、私の白い肌が薄暗い部屋のベッドの上で露(あらわ)になった。





もうそこからは、貴一郎の思うがままだ。私は少しの抵抗を見せながらも、私の中の「女」を出しすぎない配慮をする…

そう、貴一郎は付き合い始めた頃からそういう雰囲気には神経質なところがあった。

自分の意のままにならないと気持ちも体もすぐに萎えてしまうのだ。

何度か肌を重ねるうちにそれが分かるようになり、貴一郎に身を委ねることを覚えたのだった。





「…茜から誘って来るなんてな…」





露になった胸をついばみながら貴一郎が上目遣いに私を見た。「え?」と返す言葉に貴一郎が言葉を重ねる。





「茜もしたかったんだろ?あんなところで手を握ってくるなんてさ…母さんが上手いこと出掛けてくれて良かったよ。あの人の機嫌損ねたら、ここで生活するのに肩身の狭い思いしなくちゃならないからな」





器用に指を動かしながら私の感じる部分を捉え、貴一郎は言葉を続けた。その言葉の中には私のことを考えてくれたというより、自分の居心地のいい場所を作る為だけのような、そんな響きがあった。





「ね…私、仕事しても…」





思わず貴一郎に問い掛けようとしたが、押し寄せる快楽の波に私の言葉は途切れてしまった。さっきまで救世主だと思っていた私の心に、小さな穴が空いてしまったようなそんな気がしていた――





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