第11話 確執 3




右足首のテーピングを取り、レントゲン室へ向かった。テーピングで上手く固定されていたせいか、テーピングのなくなった私の足は床に触れるだけで痛みが走り、歩けるような状態ではなくなっていた。





「靭帯(じんたい)が伸びきって、部分的に断裂してます。無茶な運動でもさせられましたか?伊坂先生に…」





担当の医師は伊坂とは顔なじみで、冗談のように私の診断を下した。伊坂も笑っていたが私の深刻な顔と深い溜め息に二人の笑いも尻窄みになっていった。





「…入院はしなくていいんですよね?」





靭帯損傷の診断は私には大きかったが、入院ともなれば更に義母の怒りを買うのは目に見えている。ただでさえ、義父が入院していて義母の神経質さは度を越しピリピリしているというのに、私まで入院ともなれば義母がどうなってしまうのか…考えただけで気が重くなる。





「後々のことを考えれば手術という手もあります。まぁ、今の大野さんの傷の状態なら、保存療法でも治りますよ」





「保存療法…?」





「ギプスで固定して、出来るだけ安静に過ごして頂く方法です。但し、手術はしなくてもいいとは言え、完治するまでに時間は掛かりますよ」





担当の医師は丁寧に説明してくれたが、時間が掛かることに対しては念を押した。

とにかく入院だけは避けたかった私にとって、医師の言葉には救いがあった。





ギプスで固定された足は見た目は不格好だったが、テーピングで固定されていた時よりも痛みは感じなかった。ただ、足の炎症から熱が出る可能性があるとのことで飲み薬を処方された。

伊坂の車の中で、家に帰り着いてからの義母とのやりとりを想像しては溜め息を吐いた。

そんな私を伊坂は心配そうな顔で見つめている。





「…貴一郎のおふくろさんとは上手くいってないのか?」





遠まわしな言い方をしないのが、昔からの伊坂流。私は伊坂のそういうところが好きだった。

しかし、今の伊坂の質問には直ぐ様、答えを口には出来なかった。何故なら、伊坂は昔から大野家の人間とは面識があり、夫や義父、義母の人柄を知っている人間だったからだ。

「努力はしています」私はそう答えるのが精一杯だった。





「結婚ってったって、元は赤の他人同士だ。家族となれば余計にな…お前が過ごしてきた環境とは違う訳だから、慣れるまでは仕方がないだろうな。深刻にならないように、ひたすら努力だぞ!松嶋!」





伊坂流の激励を取り繕った笑顔で受けた。私の顔を見て、伊坂は運転に集中すべく前をむいた。伊坂が運転中で良かった…そう心の中で呟く。きっと運転中でなければ、この取り繕った笑顔は伊坂に十分見破られていた筈だ。

鼻歌まじりで運転する伊坂は、私の本心には気付いていないようで、私はこっそりと作り笑いを引き出しの中に戻したのだった。





家に着いた頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。

病院で貸してくれた松葉杖をぎこちなく使う私の後を伊坂が見守るように付いてきてくれた。玄関のドアを開ける。そこには凄い形相をした義母が待ち構えており、私の体は一瞬、硬直した。心臓が痛いくらいにドクンと音をたてた。





「茜さん!いったい何時だと思ってるの!嫁として非常識にも程があるんじゃない!」





義母に出迎えられ、さっきの取り繕った笑顔は無駄だったことを感じながらも、伊坂に説明をする手間が省けたことに、少しだけホッとしている私がいた。

義母の怒声は私の後を付いてきた伊坂でさえも、震えるくらいの声だったのだから――




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