第9話 確執




それから暫く、私は男子バスケ部の練習を眺めていた。

柾の捻挫の処置の仕方が良かったのか、テーピングで上手く固定されていて痛みもひどくはならずに済んだ。

目にはバスケ部の練習する姿は映っているものの、私の頭の中ではこのケガの言い訳ばかりが頭の中で溢れかえっていた。





きっと義母は私がケガをしたことで、更に役立たずだと罵(ののし)るだろう…

大野家の嫁になって3ヶ月。

正直、結婚前まで仕事にかまけて家事をやってこなかった私にも問題はあるのだが、家事を満足に出来ないことに義母は呆れ返っていた。おかげで「今どきの若い人は…」が義母の口癖になった。ちゃんと家事をこなしている同世代の女性には申し訳ない話だ。

しかし、家庭環境が変わるとこんなにも適応するのが大変なことなのだと、結婚してから知ることとなった。





「おーい!松嶋!もう少し待ってくれるか?」





伊坂の大声で私は現実の世界に引き戻された。ぼんやりしていて、コートの中に柾がいないことにも今更のように気付いた。

私は思わず体育館の中をキョロキョロと見渡し、柾の姿を探していた。

しかし、どこを探しても彼の姿は見当たらなかった。何だか少し気が抜けたような、不思議な感覚が私を襲う。





(松嶋、惚れんなよ…)





そう言った伊坂の声が耳に木霊して、私は思わず首を横にぶんぶん振ってみた。

「もう!伊坂先生が変なこと言うから」そんな台詞を口にしたのか、心の中で呟いたのか自分でも分からないくらいの声の筈だった…

「クスッ」と笑い声が聴こえた気がして、私は顔を上げる。そこには、さっきまで私の視界から消えていた柾が立っていたのだ。

私は驚いた顔で柾を見つめたが、突然のことで言葉も出てこなかった。





「…足、冷やしましょうか?」





私の驚いた顔に再びを笑いを噛み殺しながら、柾の口からようやく言葉が出た。

柾の手にはコールドスプレーがしっかりと握られ、テーピング用のテープも短パンの中に収められているのが、ポケットの部分が膨らんでいるのを見て分かった。

私が直ぐに帰れないことを心配してくれたようだが、多分、伊坂に言いつけられて来たのだろう。





「あ…ありがとう」





私は、柾に向かってその言葉を口にするだけで精一杯なくらいドキドキしていた。

私の言葉を聴いて柾は、私の右足を触りながら腫れや熱感を確かめ、テーピングの上から丹念にコールドスプレーを降りかけていく。スプレーの冷たさが足に心地好く、熱を持っていたことが窺い知れた。





「酷くなければいいですけどね。ちゃんと病院には行って下さいね」





熱を持った私の足の状態に触れて確認した柾も気づいていたのだろう。

再び柾の口から病院の言葉が繰り返され、やはり病院を受診する覚悟をしなければならないようだった。

私は心の底から「ハー」と溜め息を吐いた。目の前にいる柾よりも頭の隅っこで蠢(うごめ)いている義母の顔がちらついて、私を意気消沈させる。

私の溜め息に柾が心配そうな顔をして見つめていることに、私は気付かなかった――




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