第7話 ときめき 2




「はい、終わり!」





私の右足首のテーピングを終えた柾が顔を上げた。柾の顔を覗き込んでいた私は、いきなり顔を上げた柾の顔とぶつかりそうになった。

鼻先が触れそうな距離で柾と目が合った。

私の胸がドクンと音を立て、柾の黒い瞳に吸い込まれそうになる…





その時だった…

体育館のドアが開くと、軽くウェーブの掛かった長い髪の女子生徒が姿を現し、体育館の中を見回している。

目的の物がなく、ガックリと肩を落としてドアの方へと体を向けた時、彼女の目に接近している柾と私の姿が目に入ったようだった。





「…マサキ!」





彼女のとんがった声に柾は私から離れ、声のする後ろへと振り向いた。

そこには短めのスカートからスラリと伸びた素足を惜しみなく出し、仁王立ちした彼女が唇を少し尖(とが)らせて、私達を見下ろしていた。





「…誰?そのオバさん」





彼女の言葉で今日二度目の「オバさん」という言葉を浴びせられた私は、思わず彼女をキッっと睨みつけた。25歳がオバさんなら30歳はどうなる?40歳は?…よりオバサンと言われても仕方のないような文句しか頭に浮かんで来ないことも、私を苛立たせる。





「伊坂先生のお客」





素っ気なく答える柾の態度に物足りなさを露わにした彼女が、思い出したように再び口を開いた。





「そうそう、またコバっちと遣りあったの?もう、めちゃくちゃ怒ってたからね!」





「ふぅ~ん……で?」





「で?って、私はマネージャーとして部活の仲間とは上手くやんなさいって言ってるの!マサキがもちろんいなきゃ勝てないけど、コバっちがいなきゃ、もっと勝てなくなるよ。分かってるんでしょ?」





表向きはマネージャーだと言っているが、この木本柾に思いを寄せていることだけは見ていて分かった。私の存在を無視して話をしているが、柾を見ながら視界の端に私を含めていることは何となく感じられた。





「伊坂先生!」





マネージャーだという彼女の言葉に返事もせず、柾は伊坂を呼んだ。伊坂は体育館の端から「何だ~」と叫んでいる。





「テーピング終わったから、この人送ってくよ!」





柾の言葉にギョッとしたのは私だけではなかった。自分への返事を無視された上、伊坂の客とはいえ、水知らずの「オバさん」を送っていくなど彼女にとっては許されなかったのだろう。彼女は見る間に表情を変え、私を睨みつけると声を荒らげた。





「何言ってんの?もう試合が近いんだから、マサキは練習しなきゃダメじゃない!そんなことやってる暇なんかないでしょ!」





彼女の声が興奮してだんだん大きくなっているにも関わらず、柾は彼女の言葉を無視し、私の方に体を向けると綺麗な手を差し出してきた。





「…私なら大丈夫だから。あなたは…木本君は練習に戻ってよ」





「そう言ってさっきも転びそうになったでしょ」





柾は静かにそう言うと、突然、私の体をひょいと抱きかかえて伊坂が向かって来ている方向を見た。「おぉー、お前、よく抱えられたな」そんなことを言いながら、伊坂は相変わらず笑い声をたてて近づいて来た。

柾の突然の行為に反発して床に足をつけたかったが、宙に浮いた体は思うように自由にはなれなかった。バランスを取るために私は柾の首に自分の左手を掛ける。胸がドクンドクンと早鐘を打って、私は息をするのも必死だった。私を包み込む柾の汗の匂いが、心地好く私の鼻をくすぐっていた――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る