第5話 彼との出会い 4
成宮高校は私を教師として採用したいと言ってきた。
私がどんなに教師の道へ戻りたいと思っていても、このことだけは私一人では到底決めることなんて出来ない。
しかし、校長先生は姑への説得を伊坂に託していると言う…
義母が直ぐ様「はい」と返事をするとは思えないが、僅かな希望を胸に「よろしくお願いします」と頭を下げた直後だった。
「伊坂センセ!」
生徒らしき男の子が伊坂の名前を呼びながら、校長室のドアを力いっぱい開けた。
中に見知らぬ私の存在を見つけると、男子生徒は「やべー」と言いながら再びドアを閉めに掛かった。
「おい!どうした?」
伊坂の呼びかけに私達の視界から消えそうになった男子生徒は、再びドアを開けて顔を覗かせた。
「先生!ちょっと来てよ!マサとコバっちが大変なんだって!」
「え~?古葉は分かるが木本が何かしたのか~?」
「…とにかく先生来ないとどうしようもないって」
二人のやりとりに校長先生は現場に行くよう伊坂を促した。校長先生の言葉で腰を上げた伊坂は、軽く頭を下げると男子生徒と一緒にドタドタと廊下を走り、体育館へと向かったようだった。
呆然と二人を見送る私に校長先生が「騒がしくて申し訳ないわね」と苦笑しながら言った。
校長先生の態度には、まるで自分の子供の悪いところを庇(かば)うような、そんな優しさが垣間見えた気がした。
「いえ、伊坂先生は昔から変わってませんから。生徒のこととなると、冷静に振舞っているように見せてそうじゃなかったので」
私はそう言ってしまってから、慌てて口を両手で塞いだ。余計なことを話したと後悔する私に、校長先生は小さく笑いながら「伊坂先生のそういうところが好きなのよ」と耳打ちした。
「…私も行ってきていいですか?」
「ええどうぞ。今日はこちらにまで出向いて貰ってすみませんでした。次に会う時は契約書を交わせることを祈ってるわ」
校長先生の言葉に大きく頷くと、私は二人を追いかけるように足音が向かって行った方向へと足を進めた。僅かな希望が何だか私の心を軽くさせていた。足取りもこころなしか軽く感じる。学校を訪れた時の引きずるようなスリッパの音が軽快に音を立て始めた。
私は思わず走り出していた…
進んでいく廊下の先のドアが開け放たれ、体育館らしき建物が目に映った。校舎から出るとコンクリートの土間が体育館の入口まで続いていた。
ボールを打ち付ける音と掛け声が私の耳に入ってくると、私の足はまた小走りになった。
重たいドアを開けると数十人の男子生徒の中に、伊坂の姿を確認することが出来た。
そう、以前、伊坂から男子バスケットボール部の顧問を引き受けていることを聞かされたことを思い出した。
「やる気ねーんだったら帰れよ!」
男子生徒の声が体育館に響き渡り、周りの生徒達も一瞬動きを止めた。シンとなった体育館に誰かが取り損ねたボールが跳ねて転がっていく音だけが響く。
「自分がちょっと注目されてるからって、いい気になんなよ!」
そう吐き捨てた男子生徒が私のいるドアの方に向かってきた。「コバっち」と男子生徒から声を掛けられているその生徒は、振り向きもせず不貞腐れた顔で私のいる場所へどんどん近づいて来る。その勢いに呑まれ、私はどう動くべきか分からないままその場に立ち尽くしてしまった。
「…オバさん!邪魔!」
男子生徒の苛立ちで容赦ない言葉を浴びせられ、ドアに無理やり押し込んで来た体は、私の体を突き飛ばし、私は床に倒れ込んだ。体育館に残された生徒の「ああ!」と言う声が聴こえるや否や、私の倒れた体に駆け寄ってきた生徒がいた。
「大丈夫ですか?」
そう言って私に手を差し伸べてくれたのが木本柾(まさき)だった――
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