第4話 彼との出会い 3
「おぉー!松嶋!久しぶりだな。結婚式以来か?」
職員室に顔を出すと、私の方が恥ずかしくなるくらいの大きな声で伊坂は歓迎してくれた。
デスクに座る先生方の視線を浴びながら、私は苦笑するしかなかった。
早々に職員室を後にして、伊坂が私を案内してくれたのは校長室だった。
「ちょっと、先生。どうして校長室なんですか?」
「まぁ、いいから。お前は何も心配することはないの」
そう言って豪快に笑うと校長室のドアをノックした。
伊坂は昔からこうだった。私が高校の時の1年と3年の時の担任で、豪快というか、大雑把というか…でも、生徒に何かあると感じるとすぐに駆け付け、相談に乗ってくれる人だった。私も自分の将来が見えず、悶々とした高校生活を送っている時に伊坂から声を掛けられたのだった。すぐに解決はしない。ただ、私の話を聴いて自ら答えを出せるように導いてくれる…そんな先生だった。
つまらない話もたくさんした。昨日のテレビ番組の話や好きなアーティストの話…
私が好きなアーティストのCDを聴いて、感想まで言ってくれたこともあった。そして、気になる人の話だったり…伊坂は嫌がることなく話を聴いてくれ、話の締めには私の背中を叩いて豪快に笑い飛ばしてくれた。
そんな伊坂に触れて、私は教師を志した。
私の夢を心から喜んでくれた伊坂の笑顔を私も持ちたいと思った。
「失礼します」
伊坂が校長室のドアを開け頭を下げた。開け放されたドアの先に「校長先生」と呼ばれる女性の姿があった。既にソファーに座り、笑顔で私を迎え入れてくれた。
伊坂に何も知らされていない私は、一体今から何が始まろうとしているのか予測も出来ず、ソファーに座ることも一瞬、戸惑わせた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。…大野茜さんですね?私はこの成宮高校の校長をしています矢野です」
そう言って深々と頭を下げた。私もつられるように頭を下げる。顔を上げると校長先生は私の顔を見てから、今日、私をここへ呼んだ理由を話し始めた。
「単刀直入に言いますね。あなた、この高校で教師をやってみませんか?もちろん、教科は国語…正職員になれば部活の顧問も引き受けてもらうことになるけれど」
校長先生の言葉に私は口を半開きにしたまま、呆然としていた。寝耳に水とはこういう状態のことを言うのか…そんなどうでもいいようなことだけが頭の中をグルグル回っている。
3ヶ月前に泣く泣く教師の仕事を辞め、大野家の嫁として仕えている私には申し分のないお誘いだった。
しかし、冷静になっていく頭の中で義母のことを考えると、とてもすぐに「はい」と返事は出来なかった。
「…少し考えさせて貰っても構いませんか?家族に相談しなければなりませんので」
苦虫を噛み潰すように私は歯切れの悪い口調で返事をした。
出来ればすぐにでも返事がしたかった。自分だけのことを考えれば、あの空間から一刻も早く逃げ出したかった。
「あなた自身は教師として働く気はあるのかしら?」
私の返事を見透かすように校長先生は問いかける。私は迷わず「働きたいです」と即答すると、校長先生は目を細めて優しく笑った。
「あなたにその気があるんだったら、こちらも応援させて貰いますよ。伊坂先生からはあなたのご家庭の事情はある程度聞いています。お姑さんを納得させればいいんでしょ?そのことは伊坂先生にお願いしてありますから」
校長先生の言葉に私は思わず伊坂の顔を見つめた。伊坂は相変わらず豪快に笑い「任せろって」そう言って私の背中を愛情を込めて力いっぱい叩いたのだった――
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