勇者かと思ったら運転手だった件

 信吾が急いで上着だけ羽織って外に出ると、三人がこちらを見て、ウリューが「来たか」とだけ言うとそのまま背中を向ける。信吾はもう一ダッシュし3人に追いついた。

「おいおい酷いじゃねぇか。さっきまで寝てた怪我人にする態度か?」

「怪我人って、あんたどこも傷一つついてないじゃない。海を漂ってたんだとしたら尚更信じられないわ。魔物に齧り疲れてもおかしくないのに」

「まぁそれは……色々鍛えたからかな?」

「なによそれ」

 口が裂けても鎧と身体が融合しただなんて言えない。

 しばらく歩き続けると、辺りを漂う良い香りに鼻腔が気づく。そういえば今日はいつもより人の出が多く、真っ直ぐ歩くのも一苦労だ。

「なぁウリューさん。今日は祭りか何かか?」

 弓美に聞けば隙間を突いて馬鹿にされるに決まっているので初めからウリューに聞いた。

「祭り?まぁ祭りと言えば祭りなんだが」

 ウリューが返答に困っている間に一行は本部前の広場に出る。どうやらここが人々の集まる核となる場所であり、良い香りを出している本拠地であるそうで、沢山の屋台が並んでいる。

 ずっと狭い潜水艦の中にいた信吾は陸の開放感を久々に感じ、思わず口元が緩んだ。しかし、その時、最も聞きたくなかった言葉を耳にしてしまった。

「ネヲンクリティアティー!」

 一瞬で背筋が凍る。声がした方に目を向けると、一人の男が壇上に立っていた。

「みなさん!勇者団は今のままで本当にいいのでしょうか!かつて人民を守っていた勇者団はもうありません。今や敵は海から来ます!勇者団は解体し、海洋防衛隊とでもしたらどうでしょう!今の勇者団は権威主義という海に溺れ税金を貪る機関となっています。みなさんの税金です!この勇者団問題に切り込んでいるのはクリティア党だけです!栗雅梵根!栗雅梵根!栗雅梵根!どうか清き一票を!ネヲンクリティアティー!」

 男は魚の骨の下から唾を飛ばしつつそう演説を締め切った。集まっている民衆は、拍手をする者、飛び上がって叫ぶ者、背筋を伸ばし「ネヲンクリティアティー」と言う者など様々だ。

「お、おいあれ」

「ああ。今選挙中なんだ。今年はやけに熱狂しててな、あの屋台も、祭りって訳では無いだろ?」

「でも、あれ、クリティアって」

「なんだ知らんのか。今最も勢いのある政党だぞ。ま、俺ら勇者には関係の無い話だがな」

 そう言ってウリューは進みずらそうに人混みをかき分けながら行ってしまう。弓美も政治の話はよく分からないのか大きなあくびが出ていた。

 だが、信吾はその場を動くことが出来ない。なぜクリティアスが陸地で、しかも政治活動などしているのか。

「おい。どうした。行けよ」

 背後から聞こえてくる低い声。その方向には倉井が立っており、信吾の事を睨みつけていた。彼は動かない信吾を見て小さく舌打ちをすると、肩を信吾にぶつけて勇者団へと向かっていく。

 その時、一際大きな歓声とともに人並みが一点に向かって蠢き始めた。民衆の集う先には、謎の黒い小箱を配るクリティア人が。

「あははは……もうわけわかんねぇな、急に故郷に帰ってたと思ったら、もう、訳わかんねぇよ、こんなこと……」

 信吾は珍しく下を向いて愚痴る。彼は、もう行くことはないと思っていた勇者団に入れる喜びに、宿敵クリティアスの出現やファスランの不在という不安が大量に混ざり合い情緒が不安定になっているようだ。

「お兄さん。ひとついかがですか」

 突如、目の前に現れた革靴スーツで魚の骨を被った男は、黒い長方形の箱を渡してきた。

「結構、です」

 信吾はもう見えなくなった仲間の背中を追って走った。


「それではこれより、勇者団魔王討伐特別作戦班結成式を始めます」

 本部の多目的ホールに、椅子と机を横に並べただけの質素な式場。どうも今の勇者団には式典に出す金も無いようだ。それを表すように参加者も低レベルで、勇者団で一番偉いはずのリーダーですら、魔王討伐という国家の一大行事にも関わらず来られないらしい。

 膝に手を置いて硬くなった信吾はこう思考をめぐらしていた。

「勇者団と致しましては、班長はウリュー・セイギを推薦致します。何か反対意見のあるものは?」

 当然誰も意見しない。お定まりの光景だ。ウリューがリーダー代行から勅書が渡される。

「魔王城から突如として感じられた強い魔素の力。多くの人々は魔王の復活に恐怖を抱き、不安なことでしょう。必ずや国民の皆様に安寧をもたらせてみせます」

 ウリューが記者席にそう言うと、スーツ姿のリポーター達は一斉に筆を滑らせ始めた。

(僕のなりたかった勇者って、こうじゃなかったはずなのになぁ)

「それでは、特別作戦班勇者の皆様、起立!」

 司会の合図で弓美、倉井が姿勢よく立ち上がる。それを見て、信吾は予行練習に参加していなかった卒業生さながらの遅延がかった起立をした。

 するとその瞬間、左隣の弓美から肘でキツめにド突かれる。

「ちょっと、何あんたまで立ってんのよ?」

「え、なんでって……」

 どぎまぎする信吾の肩を、弓美はため息を吐きながら押して彼を座らせる。そして、無い胸越しに彼を見下しながら言った。

「あんたはね、勇者のライセンス持ってないんだから勇者として行けるわけないじゃない。信吾の仕事は、私達を魔王城まで送り届ける馬車の運転手よ」

「へぇ~えぇ……えー!?嘘だろ!」

「嘘じゃありませ~ん。まさか、電撃魔法しか使えないあんたが本当に勇者として行けると思ったの?一緒に行くって言ったのは運転手を雇う費用が浮くと思っただけ、本当にこれだけなんだからね」

 彼女はのべつ幕無しにに言葉を口に出す。

 やけに饒舌だなと信吾は思いつつ、こうやって直ぐ相手の悪口や欠点に言及する彼女の姿勢が嫌いだったことを思い出す。

「思い出の中で人は神格化される、か」

「何よ急に」

「なんでもない。それより、運転手だっけ?いいよ、やってやる。運転は最近までやってたからな」

「なんだ、やけに信吾にしては従順だな」ウリューが横目で視線を向けながら話に割り込んでくる。「いつもみたく、駄々こねられた結果拒否されるんじゃねぇかと冷や冷やしたぜ」

「確かに。なんか気持ち悪い」

「……そうかな?」

 確かに、信吾は自分でもいつもなら即「嫌だ」と言っていたと思う。しかし、今はファスランを救出しに魔王城まで行かねばならないのだ。これで自分が魔王城まで行けなくなったら、彼らにファスランが殺される未来だって見える。それを考えれば、信吾はいくらでも矜恃を捨てられたのだ。

「それではこれにて式典を終了致します。皆さん、お気を付けて」

「はっ!」

「了解!」

「ちょっと信吾!挨拶くらい合わせなさいよ!」

「ああごめん、癖で」

 こうして勇者達は魔王を倒すために、歩み始めた。

 ただ一人だけ、信吾の脚は魔王とされる少女を守るために前へ動いた。

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