少年は三度目覚める

 目を覚ますと、そこは硬いベッドの上だった。口の中や爪の中も乾ききっていて気持ちが悪いし、何より窓から差し込む陽の光が眩しすぎる。鉛のような肩を持ち上げるように起き上がり窓を見ると、眼下にあるのは見慣れた町だった。誰かに運び込まれたのだろうか、海に飛び込んでからの記憶が全くない。

(ファスランはどこだ、流亥もどうした、あの後結局どうなったんだ、勝敗の行方は?そして何より……)彼はまだ彼女の温かさの残る右手を握りながらいった。「ここはどこなんだ?」

「勇者団本部公認の宿舎よ。一部屋借りてやったの、感謝しなさい!」

 声がした。女の声だ。みっともなく驚きながら振り返ると、そこには腰までありそうな長い金髪を高い位置でまとめ、ドレスのように煌びやかな装飾が施された戦闘服を着ており、何より背中に目立つ大きな弓を持っている。

「……弓美?」

「そうよ……って、もしかして私の事忘れてたわけ?」

「忘れてたってか、久しぶりだからつい」

「何よ。こっちは一瞬たりとも忘れたこと無かったのに」

 弓美は頬を膨張させて不貞腐れた顔をする。だが、信吾には女心よりも現在の状況の方がわからず、かつ重大な問題であった。

「なぁ弓美。なんで僕はここにいるんだ?」

「なんでって、それはこっちの台詞よ。突然勇者団本部から連絡があって、人が浜辺で倒れてるって。しかも、それがどう見ても柳田原信吾だってね」

 なるほど、これで合点がいった。信吾はファスランらと離れ離れになった後、運良くここデープ国の浜辺に流れ着いたらしい。

 とりあえず一命を取り留めたことに一安心した。

 そんな時、扉が勢いよく開き、ドアを破壊するかの如き巨体がねじ込まれるように入ってきた。

「よう。様子はどうだ……って、もう起きてたか。無事そうで何よりだ」

「ウリューさん!」

 信吾がウリューと読んだ男はとにかく巨体で、ライオンのたてがみのように赤い髪の毛をなびかせているのが特徴の中年戦士だ。

「随分と久しいな、士官学校ぶりか?……なんだその服、鎧みたいで、普段着にしては趣味が悪いな」

「え、いやまぁ色々あって……」

「いろいろ……」

 突如、ウリューの巨体の陰から声が聞こえてくる。少年と青年の間のような声を出した本人を、ウリューが後ろから押すようにして陰から出ることを促した。

「……」

 彼は水色の髪の毛をしている以外特徴は特になく、髪に隠された顔立ちが整っているということくらいだ。どことなくボーっとしているように見えるが、信吾に向ける視線はどこか強い意志を持っているように見えた。

「あー、こいつは倉井っていう奴でな、最近力が認められて俺らの仲間になったんだ。人見知りなところが可愛いやつだ、仲良くしてやれよ」

 喋らない倉井に変わってウリューが説明してくれる。倉井は背中を叩かれたが、彼はそれでも挨拶はせず、ただ小さな声で「柳田原信吾」と口にして部屋を後にした。

「無愛想な奴だな」

「まぁそう気を悪くするな。そのうち打ち解けるさ」

「そうよ。信吾が一丁前に無愛想だなんて言わないの。失踪する前のあんたの方がよっぽど無愛想よ」

 弓美になじられ、確かにそうだと思ってしまった信吾はこれ以上の口答えができないのだった。

「……さて、俺もお前も、互いに話し足りないところだが、時間だ。行くぞ」

 突然だがウリューがこう言い立ち上がった。そういえば、彼の体内時計は一秒のズレもない完璧なものであるという事を思い出した。

「そうね。行きましょ。信吾、なに自分は関係ないみたいな顔してんのよ。あんたも行くのよ」

「……どこへ?」

「何となく察しつかないの?勇者団本部よ。それじゃあ早く来なさいよ……ウリューさんも、早く抜けてください。通れないじゃないですか」

 腰の装飾品が突っかかってしまったウリューの尻を蹴って向こう側に突き飛ばすと、弓美も部屋から姿を消した。

「勇者団本部、か。いい思い出はあんまりないなぁ」

 ベッドの上で上半身だけを起こしたまま、信吾はそう自嘲した。その時である、彼の右手首に振動が伝わった。目を向けると、光り輝く腕時計型デバイスがそこにはあった。

「……なんだ?」

 腕時計型デバイスはただの黒いベルトのような見た目だが、見たいと思うだけでベルトのライン上のどこにでも画面が出現する代物であった。信吾は恐る恐る手首を顔に近づけると、長方形の画面が表示される。そこにはボイスメッセージが送付されており、送り主の名は『エリカ』と記されていた。信吾は躊躇うことなく音声を再生した。

『まおう……じょう、に……』

 かなり荒れた音声で、かつ声の主が息も絶え絶えな細い声あったが、魔王城という単語はハッキリと聞き取れた。

「この声、エリカさんのじゃないな」

 そして、繰り返し何度も聞くうちにある情景を思い出す。それは、エリカが自分のデバイスをファスランに投げ渡す場面であった。

「まさか!」

 そのまさかである。声の主はファスランだったのだ。

「……分かった。待ってろよファスラン」

 床に足をおろし、久々に地に足をつけた信吾はかつての仲間の元へ歩き出す。魔王の娘を守るために。

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