スーパーキャッチ光線

「さ……艦長、エイスハルヒコの身体検査が完了しました」

 海底で停止したままのアモーニス号のブリッジに英光が入ると、こう口にしたのだった。

「エイスハルヒコって……あの、ユグドラシルシステムに寄生されてた水色の髪の毛で、巨大化した……」

 以前まで鷺が座っていた席にいる信吾は、自らの記憶を頼りにエイスハルヒコの容姿を口に出した。

「そうそう。で、あの後、実は爆破で吹っ飛んだ破片を一つ回収してたんだよね。そここらユグドラシルシステムの情報を何か得られるかもしれないからな」

「そんで、結果は?」

 エリカが跳ねるように振り返って聞いてきた。

「結果は……駄目だった。なーんにも分からずだ」

「だよね~!」

 彼女は背もたれに全体重をかけて大きく身体を反った。

「わかったことと言えば、体表がクリティウムで均一に覆われているってことくらいで、あんな、水色の半透明の身体でも、構成してる原子は人間のものと完全に一致したんだ」

「つまり、あれは超巨大な人間だった、って訳ですね」

「まぁ身体の組織がそうってだけの話で、思考レベルなんかを見れば海獣と同一の存在さ。で、このまま持っててもデカくて邪魔なだけだし海に捨てようと思ったんだけどさ。流亥が、どうしてもエイスの生まれ育った島に埋めてやりたいって言うからさ」

「要は、その許可取りに来たんですね」

「そそそ。で、艦長。いかがでしょう。エイス出身の島、マミュウダ島に寄っても大丈夫でしょうか?」

 何となくぎこちない様子で言う英光であったが、艦長席を撫でながら聞いていた鷺は夢見心地のまま答えた。

「いいんじゃないかしら」

「え、あ……いいん、ですね?」

「ええ。別に、いいんじゃないかしら。あと、艦長じゃなくて、今まで通り呼んで」

「……了解。じゃあ、アモーニス号発進します」

 かの戦いでボロボロになったアモーニス号は復活をしたものの、継ぎ接ぎだらけで応急処置の後が丸出しという体たらくであった。それでもエンジンの力は健在で、巨大戦艦を引っ張るくらいのことはまだまだ可能であった。

 時折信吾が周囲の状況を報告する以外会話の無いブリッジ。そこには今までの和気あいあいさは残っておらず、緊張感で弦が張っているようだった。

「座標コード三六.二四に到達。目的地まであと五十程です」

「お、じゃあもう目視で見えるかもな。水面映像を主モニターに回してくれ」

「は、了解!」

 モタモタする信吾がやっとこさ主モニターに映像を回すと、そこには昔懐かしの島が映る。

「わぁ懐かしい!ファスランと初めて話した浜辺だ。それに、洞窟まで見える。それに、あの丘は……」

「いくらなんでも興奮しすぎだろ……信吾?」

 目を輝かせて喋りまくっていた信吾が黙ったことを不審に思った英光は共に映像を見る。

「あれは……あんな建物はなかったぞ!」

「どれの事だ?」

「ほら、あの丘の向こう側にちょこっとだけ屋根みたいなのが見えませんか?」

「……ほんとだ。確かに見えるが、あれがどうしたんだ?」

「僕があの島にいた時にあんなものはありませんでした。そして、丘の向こうは入江になっていて、そこで僕とファスランは捕らえられていたんです。つまり」

「クリティアスが基地を作ってる、つーことね」

 美味しいところだけエリカに取られてしまった。だが、この言葉を聞いて、今まで抜け殻のようだった鷺が突然音を立てて立ち上がり言う。

「丁度いいじゃない。マミウダ島のクリティアス基地を直接攻撃。今まで腰を据えていなかった奴らが基地を作るってことは、ここが本拠地に決まっているわ。不意打ちを決められる今、電撃戦を以て奴らを根絶やしにする!」

「ちょちょちょ、待ってください鷺さん!……あれは本拠地というより、補給基地の可能性が高いです。あれだけ俺らと派手に戦って痛手を負ったでしょうから、安定的な武力供給を考えるのは当然かと」

「それでも、攻撃して補給を断てば有利になるじゃない。とにかく、一匹でも多くのクリティアス兵を殲滅するのよ」

「待ってください!一回落ち着いてくださいよ鷺さん!いつもみたいに冷静になってください!少し前にも言いましたけど、今のアモーニス号は万全じゃないんです。真正面から戦っても負けます。奇襲をしかけたところで存在がバレますから、自分から無限地獄に踏み込むようなものです。だからここは一旦引いて、体勢を万全にしましょう」

『そうだね。その通りだよ』

 突然、聞き馴染みのない声、いや、信吾には聞き覚えのありすぎる声が船内に響いた。

 その時、船内が大きく前後に揺れた。

「うわ!航行速度急速に低下!完全に停止しました!エンジンに……異常ありません」

『その通りさ。君たちは今から、生きたまま釣り上げられるんだからね』

「アウル!またてめぇか!」

 突如、主モニターの映像が切り替わり、リュウグウノツカイの骨でできた仮面を被った青年、アウルが映った。あいも変わらず趣味の悪い白と緑、オレンジの椅子とフードをチラつかせながら喋っている。

『私たちの要求はただ一つ、ファスランをこちらに返して欲しいというこの一点だけさ』

「何度も何度もしつこいな。無理だってのが分からないのか!」

「信吾、何が起こってるの……っ!」

 急激な揺れで不安になったファスランが流亥を連れてブリッジにやってくると、いの一番に会いたくなかった男の顔が目に入ってしまったようだ。

「あの男……まだ追ってきてたのね。立派なストーカーよ」

『お、やっと尊顔を拝めたよファスランくん』

「何よ、ほんと心底気持ちの悪い男ね!あんたなんか、他の潜水艦みたいに沈めてやるんだから!」

「ああそうさ。状態万全のアモーニス号を舐めんなよ!」

「いくらでもぶち込んでやるわ」

『くふふ、いくら吠えたところで、君たちは何も、できないんだよ』

 その時である。視界が変わった。水の膜がブリッジのガラスを駆け下り、目の前には波打つ海面が広がる。それと同時に、船尾を上、船首を下に斜めの状態で真っ直ぐ上にアモーニス号は引き上げられていた。もはやブリッジからは荒ぶる海面しか見えず、中はトリックハウスのように真っ直ぐ歩けない状態になった。

「こ、こりゃあ……浮いてんのか!?船が?」

『そうだよ、信吾くん』アウルは優しく返答する。『君たちのすぐ上にある空中戦艦から、クリティウムと引き合う振動波を出しているのさ。その、アモーニス号のエンジンに巡っているクリティウムと反応して、磁石のようにくっつこうとしているのさ』

「そんな原理を説明して、なんのつもりだ?」

 英光がそう問うと、アウルは面倒くさそうに返事をした。

『信吾くんへの親切心さ』

 彼がこう簡潔に答えた時、アモーニス号の上昇が止まる。急に止まったので慣性の法則によって姿勢を崩してしまう。それと同時並行でアモーニス号の周りに白い濁った膜が現れ、その球体によって覆われてしまった。

「本艦の周囲に高エネルギー体出現!……これは、電気か?」

『ああ、そうだが、これは金髪くんではなく信吾くんに気づいて欲しかったんだけどね』

「このエネルギー……船体が当たっただけでそこは大破、ミサイルも突破不可能ですね」

「これ、うちらを閉じ込める檻ってわけね。破壊は?」

「すぐ上にある例の振動板が壊せればいいんだけど、そもそも攻撃が通らないからな」

「……リームーのムーリー?」

「そ。ムーリーのリームーだ……はぁ、くそ。艦長、何か言ってくださいよ」

 しかし、その時発言したのは鷺ではなく信吾だった。

「……まさか、僕の電気と同じ、なのか?」

『おおお!流石信吾くん!僕が見込んだだけはある!』アウルは画角も気にせずスタンディングオベーションする。『この前アモーニス号を大破せしめた潜水艦が消えたのもそうだけど、君のパワードスーツからいくつか使えそうなデータを抜き取っておいたんだ。どうだい?凄いだろ!』

 アウルは、自分の発明品であるガラクタを自慢する子供のような声を上げた。その声に共鳴するように音を立てて立ち上がった鷺は、今まで見た事もないような野獣の眼光をモニター越しのアウルに向けた。

『おお怖い怖い……長話が過ぎたみたいだね。それじゃあファスランくん、信吾くん、五分後、またこっちで会えるのを楽しみにしてるよ』

 そう言い残して一方的にモニターが閉じられた。

「あいつが、蓮介を、やった、張本人なのね。こんなに近くにいるのなら都合がいいわ」

 机に手を立てて、細い足にめいいっぱい力を込めて踏ん張る鷺は如何にも理性を失っている風であった。

「鷺さん。作戦があるんですか?」

「……かくなるうえは」鷺は艦長席の机下に設置されているボタンを触った。「命を捨てる覚悟、を……」

 そこにいる全員がはっとなった。直後、英光は直ぐにシュミレーションを開始する。

「結果、出ました。確かにクリティウムを利用した自爆なら電気の幕を取り払って、空中戦艦の浮遊能力を奪うことも可能だと思います」

「……わかったわ。あの野郎が言ってた五分に間に合うよう準備して」

「了解」

 ブリッジの空気は重たくなった。まさか、勝利の引き換えに命をベットしなくてはならないとは。ただ、それしか方法がないだけに悔しい。信吾の顔は複数の感情に歪んだ。

「信吾、ファスラン、流亥もだけどちょっと来い」

 英光が小声で三人に語りかけると、肩を抱くようにしてブリッジの外まで連れ出した。

「俺らは生粋のアモーニスクルーだ。逃げも隠れもしないし、何より滝さんの願いを叶えてやりたい。でも、お前らは違うだろ?所詮成り行きの身だ」

「……英光さん?どういう意味ですか?」

「ここで俺らと心中する義理はないってことだ。お前らにはお前らの人生がある。だから、自爆する前に、お前らだけでも逃げろ」

 英光はそう言って、自身の手首に着いていた腕時計型のデバイスを信吾に押し付けた。

「信吾。勇者になるんだろ?なってくれよ。俺らの分まで」

「英光さん……」

「後輩引連れて何やってるのかと思ったら、カッコつけてんのかよこのパツキン!」

 静かにスライドしたドアからエリカが飛び出し、英光に飛びついてきた。そして、もう外してあった彼女の腕時計型デバイスをファスランに投げ渡す。

「英光だけにカッコつけられちゃ堪んないから、うちもやるよ。これでいつでも連絡取れんじゃん?」

「エリカさんまで……私、海の中に居なきゃ、なんにも出来なくて……ごめんなさい」

「なーにを今更なこと言ってんの。うちらだってアモーニスがなきゃなんにも出来ないんだよ?適材適所ってやつだよ、ここでは何も出来なくても、ファスランは充分立派だよ」

「ねぇエリカお姉さん、ぼくもなんか欲しい!」

 今までファスランの影に隠れていた流亥はねだり始めた。

「こんな状況でも、マジモンのガキンチョだねあんたは」そう言ってエリカは身体を弄り、デバイスとは反対側の手に着いていた髪止めのゴムを弾いて渡した。

「あんたにおもちゃはまだ早い!」

「えー!」

 流亥は残念そうだが、それでも貰ったゴムをマジマジと見て、伸縮を繰り返し、嬉しそうだ。

「さ、時間が無い。これもさっきシュミレーションしたんだが、あの電気膜に信吾の電気魔法を当てれば、数人が通れるくらいの穴を開けられるだろう」

「了解です……それじゃあ」

「ああ。また会おう」

「またねん!」

 英光と英光は小さく手を振った。これ以上ここにいたら名残惜しくなってしまうため、信吾は覚悟を決めて二人の手を取り、出なれた扉から外の空気を取り込んだ。

「おたっしゃで」

 三人は海に向かって身を投げた。真っ逆さまに堕ちる彼らを迎える白く濁った膜に向かって、信吾は左腕を伸ばし、肩から指先を右手素早く撫でて、そのまま大きく右に弧を描くようにスライドした。

「ゴールドマジック・ライデンカッター!」

 ピンと伸ばした指先が描いた弧の形に黄色い刃状の電気が飛んでいく。その魔法が膜に当たるとその部分にぽっかりと穴が空き、吸い込まれるかのように三人は膜を通り抜けていった。

 空中で一時拡散した三人は再び寄り集まり、信吾を中心に強く固まった。

「いくぞ、絶対離すんじゃないぞ!」

 水面落下百メートル前、信吾は腰から圧縮した空気を放出し徐々に減速、海には静かに入水した。

「鷺さん……」

「行こう、ファスラン。僕らを生かしてくれたみんなの為にも逃げないと」

「そうね、うん。行こう」

 波に飲まれぬよう三人は信吾を中央にして手を繋いだ。

 そんな様子を空中戦艦の中で眺める影ひとつ。

「あらら、また逃げられちゃったか……それじゃあ。もういいや。アモーニス号を破壊するんだ。あんなざまじゃ、奪ったとて仕方がない」

「ネヲンクリティアティー」

 アウルがこう命令すると、空中戦艦についているほぼ全ての砲がアモーニス号に向いた。

「砲口が向けられました、鷺さん。もう時間がありません。爆破しちゃいましょう!」

「今度は逃げたりしない。散る時は一緒だからね、鷺さん」

 英光とエリカは艦長席の左右に立ちこう言った。

 しかし、彼女の手は震えるだけでボタンを押すことは無かった。

「……できない。できない。できないわ!」

「鷺さん!?」

「だって、この船がなくなったら、もう蓮介を感じることもできない……そうなの嫌だ!」

 まるで目だけ独立したように涙を流す彼女は、艦長席に縋り付くような姿勢で号泣し始めた。その慟哭と警報音が鳴り響く混沌としたブリッジで、取り残された二人は最早どうすることもできない。

「鷺さん!今やらないと、人類の滅亡がかかってんですよ!鷺艦長!」

「なんでこんな時に鷺さんまでもガキンチョなのよ!しっかりしてよー!」

 耳をつんざくサイレンの中、机に泣すがる鷺。そんな異常事態は海に浮かぶ信吾達からも何となく感じられた。

「……おかしい、なんで爆発しないんだ?」

「ねぇ、あれ、信吾お兄さん。大砲が船に向いてるよ?」

「まさか……不測の事態が?……早く行こう、なんだか良くない雰囲気だ」

 その時である。乾いた轟音が空気を揺らした。大砲からエネルギー弾が放たれたのだ。それは乳白色のバリアーの中で反射をし、アモーニス号だけを痛めつけ、その船の最期を派手な大爆発へと導いた。爆発はバリアーの中に留められ、空中戦艦は無傷である、という点も信吾らの心を折るのに充分な要素であった。

 だが、それだけではない。崩れ落ちるアモーニス号の残骸が落下したことによる波が信吾らに襲いかかってきた。

「おい二人とも!絶対に手を離すなよ!話したら……かはっ、離れ離れに……」

 海の流れが激しい。三人を引き剥がそうとは到底思っていないであろう無垢な自然の摂理によって、それぞれ絡み合っていた指と指を強引にこじ開けられた。

「ファスランー!」

「信吾ー!」

「お兄さん、お姉さん!」

 一度クリティアスの手から逃れた彼らであったが、同胞アモーニス号の起こした波によって引き離されてしまった。

 アモーニス無き今、クリティアスを止めることはできるのであろうか?

 そもそも、滝の言う通りクリティアスの目的は人類の殲滅なのだろうか?

 多くの謎を残したまま、抵抗する力も失った信吾は潮に流されるがままなのであった。

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