ここに愛はない
件の戦闘から数時間経った現在、彼らは再び沈没船の中に戻り船の修理を進めた。クルー達必死の修繕作業によって、再び我らの船は復活を遂げられる見込みだ。
修繕完了まで、ファスランは、信吾と二人で発掘したかの戦艦の中をさまよっていた。何かを探す素振りをする彼女は、その目的のものが見つからなかったのか戦艦から出てきた。
「お、ファスラン。何してるんだ?」
出た先には、修繕作業でまた真っ黒くなった信吾の姿が。彼は発汗によって前額部に浮き出た液を拭うと彼女の元へ駆け寄った。
「何か探し物?」
「うん。ちょっと、鷺さんをね」
「鷺さん……」信吾は少し言葉に詰まった後、続けた。「鷺さんなら、艦長室におられると思うけど。やっぱり、その、ご傷心っぽく見えるし、その……」
「放っておけって?」
ファスランは語気強く答えた。
「……悪気とかじゃなくて、こんな出来事が起こったばかりで、少し一人にしておくのが鷺さんへの気配りになるんじゃと思ったんだけど」
「違うわ!」ファスランは咄嗟に話を遮って続ける。「私が心病んだ時、鷺さんは私の事を放らずに、ずっと話しをしてくれたの。おかげで私はすぐに立ち直れたわ。その恩返しをするのよ」
ファスランは逸る気持ちを抑えながら鷺の元へと向かった。
艦長室。そこはかつてファスランが髪を切ってもらった場所で、また、ベッドが二つ並べられたこの状況から滝との個人的な部屋だったことが窺える。
「鷺さん?」
「ファスラン……なんの用?」
鷺はベッドに蹲っており、乱れ髪の隙間から眼光を覗かせる。シーツはぐしゃぐしゃで、所々にシミも確認できる。ブレザーもシワだらけで、中のシャツも乱れ、動く度に不潔な香りが漂った。
「鷺さん……お風呂!また二人で入浴しましょう!」
「風呂……」
鷺は自分の身体を見下ろし、初めて自分を客観視した。それでも尚、彼女の顔は無気力で、どこか夢見心地なままだ。
「……もう!そんな格好じゃ恥ずかしくて外に出られませんよ!ほーら!自分で立って!」
両手首を掴まれた鷺は、無気力は身体を引きづられるように風呂場へ連行された。
「ふぅ……お風呂なんて久しぶりですね。私も、初めて鷺さんに連れてきてもらってから数える程しか来てなかったんですよ」
「そう……」
鷺は空返事だが、先程と比べて少しは表情も緩くなったと思える。彼女のギトギトだった髪はファスランによってサッパリと洗浄され、クリップで後頭部に纏められた。
「ふふ、お団子のようで可愛い」
「ファスラン、もしかして私のこと気遣ってるの?」
「そうですよ」ファスランは当然の事だと即答する。「鷺さんはこの船に必要な人です。そんな人が落ち込んでたんじゃ出来ることも出来なくなりますからね」
「そう。でも、もう……」鷺は再び悲しそうな顔をしながら話し始めた。「私がこの船に乗ったのはね。滝が乗ったからなの。滝は勇者としては二流で、ただでさえ放っておけなかったのにこんな船に乗るんだから……私も乗らなきゃ、滝は早死すると思ったの。でもね、彼、自分で戦うよりも人に指示を出す方が上手で、すっかり騙された気持ちだったわ。それでも私は、彼を支えたくてずっと乗ってきたの。でも、支えてた人が消えちゃった。支えてたと思ったのに、私も支えられてたのよ。寄り添う二本の棒のようにね、片方が倒れれば共倒れなの」
そう言う鷺をファスランはまじまじと見て言った。
「鷺さん、思ったよりロングなんですね。髪、切ってみましょうか?」
「は?何をする気……」
風呂で緩みきった鷺の身体を引っ張り出し、クローゼットから持ってきたヨレヨレのベージュのつなぎ型ユニフォームを着せた。
再び艦長室に戻ると、座った鷺にカットクロスを着せる。
「鷺さん仰ったでしょ?髪が伸びた分だけ強くなったと思えるって。でも、鷺さんは倒れました。ならば起きる時です。今日からまた始めるんです!だから、また髪を切りましょう」
ファスランは不器用に鷺の髪を束ね始め、どこから切ろうか熟考する。
「結構バッサリやりましょうか?それとも、控えめの方が?」
鷺は黙ったままだ。彼女の、ロングな髪を褒めてくれた滝はとの心覚えがそうさせたのだろう。鷺の頬が温く濡れた。
「もう……沈黙は是認と受け取りますよ!」
待てなくなってしまったファスランは左手の櫛を駆使して肩にかかる髪を束ねると、躊躇うことなく切り落とした。
だが、確認しなかったことが裏目に出たのか、鷺の後ろ髪はうなじの頂点を頂点とする形で曲線を描いた形となってしまった。
「わっ、わ……えっと、これはその……わざとじゃな……」
「ふふふふふ」
鷺は笑った。それも、爆笑ではなく、固く握った右手を口に添わせて漏れ出る声を我慢する感じに笑った。
「あなた、優しいのね。そのくせ励まし方はヘタ。ふふ、おかしくなっちゃった」
「鷺さん……」
「分かってるわよ。自分でも、私がしゃんとしなきゃ組織が持たなくなるって。でもね、どうでもよくなっちゃったの、滝の欠落した人生なんて。この本音と、リーダーでいなきゃならない建前がぶつかって、私自身も混乱したわ。でも、もうわかった気がする」
鷺は立ち、カットクロスを脱ぎ捨てた。彼女の脳裏には、滝に駄々をこねるなと突きつけられた記憶が蘇る。彼女は歩行をとめず艦長室のドア前に立つと、自動ドアは横に動き開く。するとその先には壁によりかかりながら話す金髪のクルーとエリカ、そして信吾がいた。
「二人とも、何してるの?」
「わ!鷺さんもう出てきたんすか!ビックリしたな」
金髪のクルーは後頭部を掻きながらこう発言する。
「もう~恥ずかしがりすぎっしょ!えと……名前、忘れちゃった
「僕達、鷺さんが心的ショックを受けたなら放っておくほうが有効だと思ったんです。でも、必死なファスランを見てると、僕らもなにか役に立てるんじゃって」
「このパツキンがゆったんだよね~」
「は!?俺だけじゃねぇだろ!」
「だけじゃねぇって事は、やっぱりゆってんじゃ~ん」
「くぅ~!罠か!」
「ちょっと二人とも!鷺さんとお話するんですから……」
「ふふ」鷺は再び失笑した。「蓮介、素敵な部下を持ったのね」彼女は滝の残した形見達を一人づつ眺めてから発言した。
「私も大人だもん。せめて滝の残した目的だけは成し遂げてみせるわ」
「それじゃ!鷺さん!」
「ええ。準備完了と共に出発よ」
そう発した彼女の目の下には隈が塗りたくられたかのようだった。
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