さよなら…アモーニス号

「脈拍、血行、共に良好。あの攻撃を受けて気を失うだけですむなんて信じられないですね」

 英光は椅子に横になった信吾を見ながら言う。

「ああ、パワードスーツのおかげだろうな。だが、もうそれも使えないだろう」

「で、どーすんの?敵の姿が見えないんじゃ攻撃もできないよ」

「ほんとだよな。ズルすんなっての!……って、おい!艦尾から高エネルギー反応!」

「マジか!速攻迎撃頼む!」

「りょ!」

 背後を捉えたモニターを見ると、輪郭線のぼやけた潜水艦が記録されている。そこから放たれた砲弾は間一髪迎撃されるも、その衝撃でアモーニス号は無傷とはいかなかった。

「なんなんだ面倒臭いやつだな!」英光が叫びながらまじまじとモニターを見る。「また、消えてます。反応ありません」

「攻撃する時だけ姿を現すのか……。恐らく、信吾の透明化と同じロジックを取り入れたんだろうな」

「艦首十時方向に高エネルギー反応……うぐぁ!」

 船が大きく揺れる。

「左舷前部に被弾!また反応消えてる……反撃すらできないじゃん!」

「艦尾五時方向に……うわぁ!」

 もう今の彼らには、消えては現れる潜水艦シンジナルの出現位置と被弾場所を報告することしかできなかった。

「滝さん!なにか指示ください!」

「そーよ!何さっきから柄にもなく黙ってんの!」

 英光とエリカは、時たま揺れるブリッジの中で危険を知らせる画面に目もくれず滝の方へ振り向く。

「撃つ時しか見えないのは、砲撃時の高エネルギーによって電気エネルギーの流れが狂わされるから、か……ならば、あるいは……」滝は小声で独り言を言った後、顔を上げて二人に言った。「こりゃ、降参だなあ」

「……は!?滝さん、本気で言ってますか?」

「ああ。勿論、戦略的撤退だけどな。対処法がない今、悪戯に俺らが死ぬ訳にはいかない。ならば巨大戦艦起動に望みを託して、あの戦艦の超科学でシンジナルを倒そうじゃないか!」

 滝の返答を聞き、二人は再び自分のデスクに身体を向ける。

「……そう、ですね。できるかどうか分からなくても、希望がある方に託した方がいいですよね」

「でも、逃げようとしたところであの潜水艦に後をつかれたらオワタじゃね?」

「ああ。奴がアモーニス号に夢中な間に緊急脱出用の小型船で逃げよう」

「もうアモーニス号とお別れなの……」

「ごめんな、アモーニス。お前と一緒に戦えてよかったよ」

 英光がこう言いながらデスクを撫でると、再び船が大きく揺れる。

「時間が無い。やるぞ」

 滝の声掛けに応じ、英光が寝ている信吾を抱き抱えながら席に着く。細やかに揺れる船内は、アモーニス号の悲しみを表しているようにも思えた。

「じゃあ滝さん。お願いします」

「おう。じゃあ、また会おうぜ」

 滝が艦長席に着いているレバーを引くと、英光とエリカの席下が開き、そのままエレベーターのように椅子ごと下降して脱出船操縦席に接合される。

「システムオールグリーン。まだ生きてます!よかった……エリカ、そっちは?」

「全部おけまるだよ!」

「滝さんはどうですか?」しかし、返事はなかった。「ちょっと滝さん!返事してくださいよ時間ないんですから!」

「ちょ!英光!」

 焦り顔のエリカから通信が入る。

「滝さん、脱出船に乗ってない!」

「は!?」

 その時、脱出船が強制起動した。これは艦長権限でないとできない事だった。

「おい滝さん!何するつもりだ!」

「一人で残る気?私がいなきゃ攻撃できないでしょ!なに一人でカッコつけるつもりなの!」

 その魂の叫びを聞いて信吾も薄目を開ける。

「滝……さん?うっ」

 起き上がろうとするも、身体の痛みでかなわない。

「まったく。多少嫌われてると思ってたんだけどなぁ」滝は後頭部を掻きながらボヤいた。「いい部下を持ったな、俺も」

 こう言って、滝は強制射出ボタンを押した。

「発進準備完了?エンジン起動!?滝さん!滝さん!このままじゃ滝さんが!」

 その声届かず、脱出船二隻はリボルバーのシリンダーの様な見た目をした穴から射出された。

「行ったか。それじゃ、心置きなく戦えるな。アモーニス、最期まで付き合ってくれ!」

 滝はエンジンをふかしながらモニターとにらめっこする。

(奴は、アモーニス号の一番反撃がしずらい場所に現れて攻撃するヒットアンドアウェイ戦法をとっている。これはもう、アモーニス号を犠牲にしてわざと隙を晒すしかない。ならば)

 アモーニス号の全システムを艦長権限で集約すると、舵を取った滝はゆっくりと下降しながら、攻撃システムは下方に集中させる。

 そして、上方に高エネルギー反応が!

「今だ!エンジン全開!急速上昇!」

 勢いよく上がっていったアモーニス号は、突然透明なものにぶつかって鈍い音をたてながら停止。

「やっぱ撃つなら、弱点だよなぁ!誘導弾、全弾発射!」

 滝はこう言い切る前にトリガーボタンを押していた。

 幾度もなく発射された誘導弾は、射出とともにシンジナルに命中し爆破する。エンジンルーム周りの補強された外壁が次々に凹んでいき、段々とメタ的な内部構造を露わにしていく。

 しかし、アモーニス号にも多大な負担がかかり、同じく甲板が禿げ始めた。

「ダメージレベル四十五……上等!頑張れアモーニス!俺もついてるからよ!」

 砲撃が止んだ時、遂にひしゃげたシンジナルの装甲板の隙間に最後の一発をねじ込んだ。こうして、透明潜水艦シンジナルは折れ曲がって轟沈した。

 だが、ただ静かに落下する訳ではなく、内部の爆発に誘発される形でシンジナル内の残弾に引火し、派手な花火となって散っていった。

 当然だが、現場の最も近くにいるアモーニス号が無傷で済むわけはなく、シンジナル内部から零れてくるミサイルを身体中に浴びることとなる。

「蓮介ー!」

 遠く遠くの巨大戦艦の中からも、花火のような爆発を見ることができた。それがどれだけ小さく見えたとしても、両者無事で済まない事くらいは鷺にとって想像に難くなかった。

「……行かなきゃ」

「ちょっと鷺さん!どこ行くんですか?」

 ファスランが速歩で鷺の腕を掴む。

「あそこに行かないと。この戦艦は動けないし」

「鷺さん海に入れないでしょ!それに、鷺さん一人が行ってどうするんですか」

 彼女のこの言葉で鷺は抵抗を止め、悲壮感溢れる顔で振り返って言った。

「だって、私が居なかったら滝が可哀想じゃない」

 その時、コツンと、遠くの方で何かが当たる音にした。その何かに縋るような思いで鷺はかけ出す。

 その先にいたのは、肩を貸し合いながら歩く信吾、英光、エリカの三人だった。

「あなた達無事だったの!?」

 千鳥足のまま鷺はこう言って、エリカに抱き抱えられる。

「いてて……身体中ぶつけちまったよ」

「大丈夫ですか英光さん……って、うあ!」

「信吾!無事だったんだね!」

 英光を介抱していた信吾にファスランが大型犬のように突っ込んできた。

「……あれ、滝は?」

 エリカは来るであろう最悪の質問にどぎまぎした。何と答えるべきかが何も浮かばない。

「ねぇエリカ。答えなさい。滝艦長はどこ?」

「滝さんは……」

「たっ、滝さんは!」

 英光がヘルプに入るも、続く言葉が口を出なかった。

 その時、船が大きく揺れた。全員立てなくなるほどの揺れであり、そこにいた彼ら全員が一塊になってしまった。

「……アモーニス号!」

 鷺が手元のディスプレイを見ながらそう叫んだ。そう、この揺れの正体は我らの潜水艦アモーニス号だったのだ!装甲板は剥がれ、あちこちにヒビがはいり、ブリッジも無惨にひしゃげた姿ではあるが辛うじてエンジンは動いているようだった。

「ちょっと、私、行ってくる!」

 鷺は服の下に例のスーツを着込んでいたようで、宇宙服に身を包んだ彼女は構うことなく単独で海に出た。

「鷺さん!……僕、追ってきます!」

「私も!」

 信吾のファスランが彼女を追った時には、既にアモーニス号のハッチが開いていた。

 アモーニス号の中は暗く静かで、光がなければ、余程土地勘のない限りブリッジまでたどり着けないであろう。濡れた足跡を辿るように二人はブリッジへ向かう。

 艦橋への扉は開いていた。足元は水浸しになっており、どこかに穴が空いていることが示されているようだった。水音は、ブリッジからする。

「鷺、さん?」

 ブリッジの中は荒れに荒れており、くるぶし程まで海水が溜まっている。

 艦長席の前で棒立ちをしていた鷺はゆっくり振り返ってこちらを見てきた。

「蓮介が……いないの」

 水は静かに滴り落ちていた。

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