タルテトス作戦
「クリティアスの艦は、明らかにアモーニス号へと進路をとっています」
生き別れの三つ子のように瓜二つの造形をした敵艦は、正三角形の頂点にそれぞれ位置するフォーメーションをとって近づいてきている。相変わらずのことだが、音がしないことが不安感を余計に煽る。
「なるほど、あれはアモーニス号の姉妹艦なのね」データ分析を終えた鷺がモニターを眺めながら言う。「あれは上から時計回りにレキュー、シンジナル、プレヤ。そして、アモーニスことアンコーを含めた四隻一つで竣工された宇宙艦ってわけ」
鷺は手に持っていた持ち運び用のディスプレイから目を離して滝に目線を向けた。
「で、どうするの?逃げるの?やるの?」
「これは、やんなきゃだろうな」滝は机に身を乗り出して言った。「同型艦ってならアイツらも百八ノットは出せるだろうが、アモーニス号は牽引状態じゃそんなに出せないから、どの道戦うことになる。巨大戦艦を置いてく手もあるが……せっかく手に入れた戦力だ。無くすのは惜しい」
この演説に対して、クルーらの反応は肯定一色だった。
「やりましょう。久々の戦闘で腕がなりますね!」
「うちが誠心誠意込めて装備した魚雷ぶち込んでやるんだから!」
「分かったわよ。蓮介がやるって言うんなら、やるわ」
「みんな、ありがとう。……、よし、これより『巨大戦艦防衛作戦(仮)』の作戦を説明する!」
いつになく声を張り上げた滝に向かって、クルーらは姿勢正しく身体の正面を向けた。
「本作戦は、敵艦を倒すことよりもあくまでこの巨大戦艦を守ることが目的だ。そのため、これより二班に別れて行動する」
「二班?」いつもと勝手の違う作戦に、鷺が思わず聞き返した。
「俺、英光、エリカ、そして信吾にも来て欲しいんだが、そのメンバーでアモーニス号に乗り込み、敵艦に対して攻撃を行う。それ以外の涼子、ファスラン、流亥くんらはこの艦に残って起動実験の続きを。もし動くようならば戦闘を中止して逃げることもできるし、最悪アモーニスが壊されても涼子が生きてればリーダーを失うことにはならないからな」
「ちょっと待って」焦った鷺が滝の胸ぐらに突っ込んでいく。「それって、あんた」
「大丈夫だよ。死にに行くわけじゃない。が、最悪の事態を想定してだ。もしアモーニス号が壊されて俺が死んじまったら、あとを頼めるのは涼子しかいないだろ?」
「そう、だけど……蓮介達が負けるってことは、必然的に巨大戦艦も壊されるってことにならない?」
「その時は流亥に頼るんだ」
「でも……」
「まったくなぁ、涼子がダダこねたんじゃまとまるもんもまとまらねぇぜ?」
鷺は胸ぐらを掴んだまま周囲を見回す。クルーたちは一人残らず覚悟を決めているのがわかる。
「……私だけ、わがまま言っても、仕方、ない、わね」
目を伏した彼女はスっと後ろに下がると、顔を下に向けて目だけ滝に向けながら言った。
「負けたら承知しない」
「望むところだ」滝は翻って言った。「よし、じゃあお前ら行くぞ!」
「了解!」
「じゃあ行ってくるよ、ファスラン、流亥」
「頑張ってね。私がいなくてもちゃんと戦うのよ!」
「僕を誰だと思ってるのさ」
「勇者の、信吾お兄さん!」
「あぁ。行ってくるね」
「行ってらっしゃーい!」
信吾は背伸びをしながら歩み始めた。
「……さてエリカ。俺らも行くか」
「そだねー。帰りを待っててくれる人がいるって羨ましいわー」
「英光さん!エリカさん!」肩を落としていた二人に大勢の固まった声が降りかかる。そこには、同じクリーム色の制服を着たクルー達がいた。
「俺達にはまだ英光さんが必要です」
「はっ。そうか、そうだったな」
「エリカさーん!もしエリカさんがいなくなったら、誰と火器のロマンについて語ればいいんですか!」
「もー!みんな私の事大好きなんだから」
守るべきものを再確認した二人は歩み始める。
立ちすくむ鷺の両端を、戦友たちが駆け抜けていった。
「行ってらっしゃい」
弱々しい鷺の声は誰にも届かなかった。
「……よし、揃ったな」
見慣れたブリッジのはずなのに、いつもと随分違う雰囲気が漂っているように思えた。
「なんだか、副長席に鷺さんがいないって変な感じだな」
「任せてくださいよ。鷺さんもびっくりするくらいの活躍してやりますから」
「やる気充分だな信吾」滝が笑みを向けてきた。「では、これより本作戦名を『タルテトス作戦』と呼称する!」
「タルテトス?」信吾が目を見開いて聞く。
「タルテトスっていう国の勇者が、自分と同じ姿をした魔人と戦う御伽噺があるんだ。今回の状況がそれに似てるからな」
「へぇ~。なんか、艦長にしてはオシャレな感じにまとめたんじゃね」割り込んできたエリカがニタニタしながらつついてくる。
「からかうなって。この作戦、失敗するわけにはいかない。しかも相手は同型艦ときた。今まで以上に強力な相手だ。気張っていくぞ!」
「了解!では、巨大戦艦とのワイヤーを切り離します」
金具からワイヤーが外れると、タコ糸のように先を海中を漂う。
「エンジン全開!目標、敵戦艦!」
「了解!じゃあいきますよ!」
モーターが高速回転を始め、鉄塊が進み始める。アモーニス号は久々に百八ノットの速度で航行を始め、巨大戦艦をぐんぐん引き離し、逆に敵艦が大きく映ってくる。
「敵艦からエネルギー反応。攻撃がきます!じゃあ信吾、ちょっと操舵に集中するから、報告頼んだぞ!」
「僕がですか!って、うあ!」
船が激しく揺れた。敵艦の魚雷が迎撃されたのだ。
「ちょっと信吾、ちゃんと報告してよね」
「うぅ……。敵からの攻撃まだきます!いっぱいです。一時と二時の方向から!」
そう信吾が言った時、魚雷はすでに交されたか迎撃されていた。
「す、すごいな……」
「ほら信吾。感心してないで、もっとちゃんとレーダー見な」滝が信吾を不器用に慰める。「アモーニス号の弱点部は艦底のエンジンルーム周辺の接合部だ。あいつらも同じかは分からないが……同型艦なら」
「うちに任せてよね!狙ったところにぶちかましてやるんだから」
「賭けですね~滝さん。俺、そういうの大好きです!」
アモーニス号は速力を維持したまま敵艦の下方向に舵を取り、エリカは今か今かと親指を発射ボタンに押し付ける。
「今だ!」
「わかってるっつーの!」
音なく沈みこんだ赤いボタンから信号が発せられ、アモーニス号の両舷に計六門の砲口が開く。そこから押し出されるように発射された魚雷はまっすぐ上昇し、敵艦である黒いアモーニス号のエンジンルーム辺りに直撃した。
「命中!どんなもんよ!」
「信吾。敵艦の状態は?」
「目視はできませんが、レーダーに移る限りでは……」
その時、ブリッジを激しい揺れが襲う。
上にいた敵艦が降下し、海底に押し付けてきたのだ。動けなくなったアモーニス号を、他の二隻の砲口が捉える。
「……今だ、健在です」
「だろーな。傷一つ付かないとは、クリティアスの技術で完璧に整備されてやがるのか」
信吾はディスプレイにて、無傷のまま突進してくる敵艦の映像を何度もリプレイしていたら、突然外部から何かを受信したことを知らせるタブが出現する。
「……!滝さん敵艦からの交信です!発信元は……アウル」
「ちっ、敵将直々のご挨拶かよ。繋げ」
信吾が手元の液晶をスワイプすると、メインモニターにデカデカと、あの仮面を被ったアウルの顔が映し出される。
『やぁアモーニス号のみなさん。ご機嫌いかがかな?私は今、空中戦艦で高みの見物をしているところなんだが、状況は芳しくないみたいだね』
「てんめぇ、何んの用だ!」
思わず感情的に叫ぶ英光を滝がジェスチャーで諌める。
『私の目的は君たちの殺害じゃない。ファスランを、少しばかり貸してほしいだけさ。その船の中にいるんだろう?素直に渡せば、何もしない。君たちに個人的恨みはあるが、それはそれ、これはこれ、さ』
「ファスランならここにはいない」
信吾が毅然とこう言うと、アウルの顔色が変わった。
『そんなことは無いはずだが……信吾くんが言うなら』暫しアウルは静止する。『本当だ。本当にいないじゃないか!さすが信吾くん、本当に信頼のできる子だよ。ありがとう、おかげで、気兼ねなく攻撃できるよ』
「……は!?しゅ、周囲の潜水艦から高エネルギー反応!なんか来ます!」
信吾の拙い報告を受けて滝は周囲を見渡す。
「迎撃いそげ!」
「無茶だよ!上を塞がれてるせいで魚雷が使えないし、周りじゅう囲まれてんの見てわかんないの!」
「それでもだ!なるべく被弾を防ぐんだ!」
「誘導弾発射!」
側方の二門しかない砲口から放たれた誘導弾は周囲にとぐろを巻くように飛び、何個かの弾は迎撃することができた。しかし、全てなんて事はもちろん不可能で、いくつか貰ってしまう。
「こ、こりゃジリ貧ですよ」
「エリカ、なにか必殺技みたいのないのか!」
「あったら使ってるっつーの!」
「……僕が行きます」信吾は立ち上がり、背中を向けたまま言った。「僕の電撃魔法なら、迎撃どころか攻撃も可能です。行かせてください!」
「確かに、そうだが……お前だけをそんな危ない場所に送り込むわけには」
「僕には守りたいものがあるんです!行かせてください!」
信吾は勢いよく振り返りながら言った。背後で、高エネルギー反応を知らせる点滅が始まる。もはや滝に悩む時間はなかった。
「……行ってこい」
その時、敵艦から再び放たれる魚雷群。迫りくるミサイル。直後、アモーニス号付近が黄色く発光。その光は広がり、魚雷群を迎撃。
この間僅か三十秒の出来事であった。
「あっぶね……ギリチョンパだったぜ。次はこっちの番だ!ゴールドマジック・ライデンA!」
信吾から再び放たれた一筋の黄色い魔法は、一直線にアモーニス号に乗りかかる潜水艦に降り注いだ。直ぐにかの潜水艦レキューは煙を上げて崩壊し、アモーニス号からずり落ちるように沈んでいった。
「ナイスだ信吾!こっちからもいくぞ!エリカ、一点集中で構わない。プレヤにのみ誘導弾を命中させて着実に数を減らしていくぞ」
「了解!今までの恨み、全部返してやるんだから!誘導弾、発射!」
連続して放たれるミサイル群は曲技飛行のようにうねりながら敵艦プレヤに向かっていく。プレヤは横移動をしながら迎撃体勢に入るも、当てずっぽうに撃っているのか弾が四方八方に飛び散っている。
「あんたらとはアモーニス号との付き合いの年季が違うんだから!」
ほぼ一方的に誘導弾を撃ち込む形となったアモーニス号は緩むことなく攻撃し続け、遂にプレヤを派手な爆発と共に轟沈せしめた。
「よし、あとは一隻だけですね」
信吾は後ろを向いて最後の敵艦シンジナルと相見えようとした。しかし、そこに潜水艦の姿はなかった。
「信吾!前だ!」
「え?」
英光に叫ばれ、信吾は何も無い前の空間を見つめた。すると、磁場が狂ったようにぼんやりとした輪郭が見え、そこから砲弾が放たれた。
「信吾ー!」
アモーニスから放たれた迎撃用の弾は、タイミングが遅かったのか外れ、かの砲弾は信吾に直撃した。
黒煙と水泡が消えた時、そこにはパワードスーツの解除された信吾が浮かんでいた。
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