さようならの始まり

「なに、この船動かねぇだと!?」

 例の巨大戦艦の中で鷺から報告を受けた滝がみっともなく喚く。

「ええ、単なるガス欠でしょうけどね」

 彼女は手元にあるレバーやボタンをガチャガチャアと適当に弄り回した後、手を胸の辺りで広げ、「ほらね?」と言った。

「私達が見つけた時は独りでに動いてたのに……」ファスランは不思議そうに言う。

「その時は燃料が切れかけだったのかしら?でも、不自然よね」

「そりゃあ困ったな。遂に海獣を倒せる兵器が手に入ったと思ったのに」

「エンジンを見てみたけどね、中が汚れてなかったの。アモーニス号のスペースチタニウム式エンジンの内部は汚れてるから、この船はアモーニス号とは違うものをエネルギーにしてるのは確かだわ」

「それは言えてるっすね~」件のスペースチタニウムの酸化化合物で身体中を真っ黒にした英光が言う。彼の背後には、信吾も含め、同じく汚れたクルーがずらりと並ぶ。

「アモーニス号の起動実験は成功でした。後はエリカ担当の攻撃部分修理補充で完了ですが……なんかこだわり始めちゃったみたいで、もう少し時間かかりそうです」

「おう。お疲れさん。じゃ、もう自由時間でいいぞ」

「そうはいかないですよ!こんなロマンの塊みたいな戦艦を見て、動かせないで終わりは嫌です。こいつの起動実験もしちゃいましょう!」

「でも、燃料が分からないのよ」

「もうスペチタぶっ込んじゃいましょう。やらない後悔よりやって後悔です」

 この英光の一声に、クルー達も同意の声をあげる。

「でも、互換性がないわよ」

「鷺さん!色々やってみましょ!」ファスランまで加勢してきた。

「ま、涼子。こういうのは勢いでいけばなんとかなるもんさ」

「蓮介まで……無理に決まってるでしょ。どうなっても、私知らないからね」

 そんな鷺の考えが正しいことを証明するように、スペースチタニウムを摂取させられた巨大戦艦は、艦尾の推進器から、煙というよりコットンのように分厚い黒が吹き出した。

「ほぅら、言ったでしょ?」

「さ、鷺さん……」

「私は知らないって言ったよね?それじゃ、エンジン内の清掃よろしくね~」

「そんなあ!まだ汚れるんすか俺たち!」

 自業自得に嘆く英光とクルー達。そんな彼らに混じらず、ファスランは高さ十メートルはある小腸のような巨大エンジンの、彼女の目線の部分にある管を開けた。

「ねぇ、信吾。来て来て。エンジンの中、全然汚れてないよ?それどころか、綺麗」

「え、そんなことあるのか?アモーニスのエンジンなんて焦げだらけだったよ」

 信吾だけを呼んだはずが、一蓮托生のクルー達が藁にもすがる思いでエンジンへとなだれ込む。

「こ、こりゃ」英光が内部を覗いて驚きの声を漏らす。「スペースチタニウムだ。液体のスペチタが、固体になってこびりついてるのか?どうして……」

「これが燃料……綺麗……」

 ライトの光を反射して煌めくスペースチタニウムを、ファスランは手を伸ばして思わず触ろうとしてしまった。なんだか触ったらいけない気がした信吾が彼女の手を取って引こうとした時、エンジンが震え出した。

「巨大戦艦のエンジンに高エネルギー反応。起動します!揺れに備えてください」

「なんだって!ファスラン危ない!」

 空いた管から吹き出す熱波。エンジンは生命体のように唸りを上げ推進器からダイヤモンドのような卑しい輝きを放つ光が艦尾から放たれた。水面が激しく揺れ、巨大戦艦がその重量を感じさせないスピードで前進し、壁に艦首から激突した。

「粒子推進器……なのか?」

 目が点のままの英光はこう言うだけ言って、エンジンの力に恐れおののいた。

「……だめ、もう動かなくなったわ」残念そうな鷺の声がスピーカ越しに聞こえてくる。「さっきの、艦が起動したと言うより、エンジンだけ暴走しちゃった、みたいな感じね。ただのクリープ状態だわ」

「あの速さでクリープかよ。一体、本気出したらどんだけ出るんだ……百八ノットなんて比じゃねぇぞ!」

 英光が大きめにボヤく。

「結局、燃料は分からずじまい、エンジンは気まぐれ。なんてじゃじゃ馬だ」滝はこう言い、続ける。「起動実験は一旦お終いだ。ここが嗅ぎつかれる前にずらかるぞ。巨大戦艦はアモーニス号で牽引して、安全な海中で実験の続きをしよう」

「了解!」

 完全体となったアモーニス号が海に浮かべられ、かつて流亥を結んでいたワイヤーで巨大戦艦と繋ぐ。

 戦友・アモーニス号のブリッジに戻ったクルー達は本来の力を取り戻した艦に再会を果たした。

「うぉー!残弾数マッークス!マジアガってきた!」

「やっと本来の力を取り戻したわけですし、今度は俺たちでクリティアスをぶっ潰してやりましょう」

「あぁ。涼子、英光、発進準備だ!」

「エンジン回転数上昇、出力安定。各種機関問題なし、オールグリーン。発進体制整いました」

「Mコンピュータのシュミレーション完了、自動運転で巨大戦艦も傷一つなく運び出せるわ。周囲にも問題なし、潜水位置固定完了」

「よし、アモーニス号と巨大戦艦、発進!」

 元のエンジン出力を手に入れたアモーニス号は白い水しぶきを上げながら水を取り込み潜水した。巨大戦艦も一緒になって沈んでいき、二隻の船は大海原の中に再び解き放たれた。


 中央海嶺整備場を抜け出て一時間後。信吾とファスラン、そしてまだ寝ぼけ気味の流亥はクルー達と共に海中で停泊する巨大戦艦に乗り込んだ。

「さて、集まったわね。みんな知っている通り、この船もアモーニス号と一緒でクリティア人の技術が使われているわ。でも、設備はこっちの方が充実してるし、何より新しい」

「うぉー!すっげー!二十六口径七百五十mmクリティウム粒子三連砲が三基もついてんじゃん!しかもホーミングレーザーと誘導弾までついてんの!?もうテンアゲどころかバクアゲなんですけど!」

「んだこの椅子!ふっかふかっていうか、そもそも座ってないみたいだ。宙に浮いてる気分だぜ」

「あんた達……話聞いてないわね」

 興奮してブリッジ内を走り回る英光とエリカを窘めながら、鷺は話を続けた。

「つまり、砲身内やエンジンの状態から、この船はファスラン達が起動させるまで一度も使われた事がないことがわかるの。それは、エネルギー源が地球にある事を表しているのだと思うわ」

「地球にしかないエネルギーを利用して動く艦……なんでそんなもの作ったんですかね?」

「さぁね、分からないわ。で、問題のエネルギーだけど、一瞬エンジンが動いた時の状況を教えてくれる?」

 鷺は目線だけで話をファスランに振った。

「あの時は……別の燃料を入れちゃった後で、中が汚れてるかどうか気になったんです。それに、みんな汚れてるのに私だけ綺麗なのは悪くて……そして、エンジン開けたらすごく綺麗で、触ろうと手を中に入れた瞬間動き出したんです。信吾がいて、手を取ってくれたから助かったんですけどね」

 最後の余計な一言を自分で言っておきながら照れるファスランを尻目に、鷺は顎を指で挟んで考え事を始める。

「ファスラン、クリティアスの船、ユグドラシルシステム……なんだか点が集まってきたみたいだけど、それが線で結べないわね」

 そんな時である。安寧な思考の時間を遮るように耳の詰め物から観測官の報告が届いた。

「敵艦の襲撃です!三隻の潜水艦がこちらに近づいてきています。接触まであと三十一!」

 クルーらのデバイスにもリアルタイムの映像が送られてきた。そこに映っているのは、やたらに見覚えのある造形の潜水艦だ。

「こりゃ、色と形は違うがまるで……」

「ああ、アモーニス号の姉妹艦だよ」

 滝の声に、どこかでアウルが応えた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る