宇宙
「これが中央海嶺海底整備場……思ってたのと違うって言うか、なんかでっかい貝殻みたいですね」
『そうか?俺にはそうは見えないけどな……』
謎の巨大戦艦の中で、信吾の下手な比喩は滝からツッコミを入れられる。
あの後、巨大戦艦に乗る信吾が動けなくなったアモーニス号を牽引してここまでやって来たのだ。
遠隔で滝の指示を受けて、信吾は貝の割れ目の部分から中に入り停泊させた。中には水がなく、工場のようになっている。床から壁から天井まで青灰色の金属で、あのクリティアスの戦艦を思わせる内装だ。一瞬のうちにライトが二、三個着くと、その数と大きさからは思いもしないような強力な光で二隻の船が照らされた。
アモーニス号から出てきた滝が一番乗りで上陸すると、声を張って言う。
「よーし。早速作業開始だ!ササッと直して、クリティアスにお返ししてやるぞ!」
「おー!」
大勢のアモーニスクルーが出てくると、巨大な建物内にあるクレーンを操りアモーニス号を吊り上げると、修繕作業が始まった。
また、別の方ではエリカが陣頭指揮をとって武器の補充作業に、英光はエンジンの修理に当たっている。
「ねぇ信吾。なんだかここ、クリティアスの所と……」
「ファスランもそうか。僕もそう思ってたところなんだ」
「やっぱり。なんて言うか……雰囲気似てるわよね」
二人ぼっちで話していると、奥からオシャレな作業服姿の鷺がやってきた。
「あら、顔合わせるのは久しぶりね」
「鷺さん。お疲れ様です」
「鷺さんは何をするんですか?良かったらお手伝いします!」
「ごめんねファスラン。ちょっと専門的な事だから。……でも、話は聞きたいわね。この船について」
そう言って鷺は巨大な戦艦を見つめる。
「地底に埋まってた、とは聞いてるわ。でも他に機能とか、技術とか、エネルギーとか、気になることがいっぱいあるから調べるの。じゃ、重要参考人としてファスランを借りるわよ」
「信吾と一緒が良かったな~」
「わがまま言わないの」
駄々をこねるファスランを見届けると、信吾は修理作業を遠目に見ている滝の横に立つ。
「……悪かったな、信吾。助けてやれなくて」
滝は開口一番謝罪を口にした。
「いいですよ。結局助かったんですから。それに、流亥も救えましたからね」
「……そうだな。流亥にも悪い事をした。やっぱり俺らは、アモーニスあっての俺らなんだって再認識したよ。これはもう変わらない事実だ。だから、改めてコイツを大事にしないとなって思ったよ。……そういや、流亥はどんな状態だ?」
「寝てます。すぅすぅ寝息立てて」
「ならよかったよ」
金属の音が響いている。至る所から火花が飛び、ついにアモーニス号の艦尾が取れた。その中身はメカというより生命のようで、管が筋肉の収縮のように蠢いている。
「ん~、そうだな。もう話すべきだよな。アモーニス号とクリティアスについて」目付きの変わった滝は信吾に向き合う。「信吾、とりあえず聞くだけ聞いて欲しいんだが、クリティアスは、クリティア人っていう宇宙人の組織なんだ」
「うちゅう、人?聞いたことない人種です」
「人種っていうか……別の世界の住民……ではないし、惑星は、知らないよな。とにかく、俺たちとは生まれも違えば構成物質も違う奴ら、言っちまえば魔物みたいなものだ。クリティア人は魔物と違って、俺たちよりも圧倒的に進んだ科学を持っているんだがな」滝は顕になったアモーニス号のエンジンを指さしながら言う。「あれ、見りゃ分かるだろ」
「……つまり、クリティアスは僕らと違う種類の人間って訳ですよね?そんな奴らがなんでわざわざ僕らの元に?」
正直、咀嚼でいっぱいいっぱいの信吾は思考の整理のためにとにかく話を推し進めた。
「話が早くて助かるよ。ちょっと話が飛躍するが……彼らはある任務のために母星クリティア星から巨大な宇宙船に乗ってやって来たんだ。だが、その船は地球に入った段階で不具合を起こし海に落下。それが五年前の大津波の原因だ。船に付着していたクリティウムが海中に流れ出て汚染し、海洋生物は一瞬のうちに海獣へ進化してしまった……っていうのが一連の流れだ。俺たちが今いるのはその宇宙船の中にある整備場で、アモーニス号だって、宇宙船の中にあった小型船を鷺が潜水艦に改造したものだ」
「え、ん、あれ……ちょっと待ってください?」信吾は鳩のように首を繰り返し傾げて話を遮る。「もしかして、滝さんたちも、その宇宙人なんですか?」
「がはは!そんなわけないだろ、列記とした人類の一人さ」滝が腰を沿って笑って言う。「詰まるところ、奴らの目的は人類滅亡だと俺は睨んでる」
多真面目な顔で滝は壮大なことを言ってきた。無論、彼の顔面を見ればふざけてるわけでないと分かるが、それでも信吾は、自分の父が守った人類が再び危機に直面しているという現実を一挙に受け入れられなかった。
「人類滅亡なんて……あの魔王ですら、半分まで減らすことしかできなかったんですよ?一体どうやって……」
「ユグドラシルシステムだ」滝は即答した。「アウルから多少何か言われたかもしれないが、ユグドラシルシステムはこの地球……まぁ、俺たちのいること世界の事だが、ここにいる全生命体を管理している司令塔みたいな存在だ。この前のエイスの件をみてもらってもわかると思うが」彼は一旦喋りを止め、息を整える。「奴らは主力の戦艦を失っているうえに、攻撃で地球の資源が無くなるのが惜しいんだろうな。わざわざ一万年以上隠されてきたユグドラシルシステムを盗んで、人類だけピンポイントで消すことで地球の新たな覇者になりたいのさ」
「そんな!それじゃあどうすれば……」
「今の俺たちにできることはファスランを守ることだ」滝は信吾を安心させたいのか、またも食い気味に答える。「クリティアスがファスランに狙いを定めている意味を考えるなら、現在見つかっているユグドラシルシステムの起動法はファスランだけだと思うんだ。多分、魔王の家系にその力があるんだろうが……詳しいことはわからん。とかく、ファスランさえ渡さなければ最悪な自体は避けられるだろう」
滝は流れるように後ろポッケからタバコを取りだし、口にくわえた。
「それで、あの……気になったんですけど、どうして滝さん達はそのクリティアスと戦ってるんですか?」
「そりゃあ、人類が滅ぼされるなんて穏やかじゃない話聞いたら阻止もしたくなるだろ」
「そもそも、その話はどこで知ったんですか?それに、アモーニス号だって……」
「わーったよ!適当に返して悪かったから質問攻めにすんなって!」
一旦タバコの煙を吸い込んで肺を煙で充満させると、滝は再び話し始める。
「五年前のあの時。俺は、お前と同じ勇者落第生だったのさ」
「え、滝さんも勇者を?」
「ああ。涼子や英光も元々は士官学校からの知り合いだぜ。……当時の俺はな、特に就きたい仕事もなくて、消去法で勇者になろうと思ってたんだ。だけど、試験の時にはもう魔王が滅ぼされてて、人員削減とか、コネ入隊蔓延のせいで落ちまくりでな。そんな時だよ、あの津波は」滝は昔を思い出す仕草をしながら続けた。「俺らは高台にいたから助かったんだが、そこにアモーニス号が流れ着いてきたんだ。笑えるだろ?運命の出会いさ。魔法科学者見習いだった涼子と、頭脳派の遥香、特に理由はないけど仲の良かった後輩の英光に、他の勇者落第生達も一緒になって船に乗ったんだ。そこで、中のデータからクリティアスの正体や目的が分かったってわけだ」
滝は煙を伴う肺の換気作業を何度も行う。
「やっぱ笑えるよな!心の底から勇者になりたいと思ってない奴が、結果的に勇者じみたことをしてるんだ。少なくとも俺がクリティアスと戦ってるのは、世界を平和にしたいとかそんな尊大な意志を持ってるからじゃなくて、ただ目の前にチャンスが転がってきたから日和見的にやれることをやっているだけに過ぎないのさ。俺はただ……俺の仲間だけを助けたかったんだ。利己的だろ?」
「そんなことないですよ。滝さんは立派な勇者です。本当の利己的は……僕です。勇者になるのは自分のため、自分のプライドのため。だから、初めはファスランを助けるのも自分を勇者として担保してくれるからに過ぎなかったんです。もしかしたら、それは今も同じかもしれない……。例え身近な人だとしても、人のために行動できるのって、凄いことなんですよ?」
「ふっ、ありがとよ」滝は腰に手を当てて大きく体をそらすと、フィルターまで火種が達したタバコを自由落下させ、靴でにじった。「さてさて、話せてスッキリしたよ。そらじゃあ俺らも作業に参加するとしますかね!」
「了解!」
「あ、おーい信吾!」アモーニス号のエンジンからひょっこり顔を出したのは、顔を真っ黒にした英光だ。「あらかた修理終わったからさ、お前の魔法で電気流してくんねぇか?起動実験だ!」
「えー!僕発電機要因なんですか!」
「頼むよ!お前にしかできない事だからな!」
「そう言えば断れないと思って……分かりましたよ!」
「流石勇者!休憩時間の電気マッサージも頼んだぜ」
「それは!関係!ないでしょ!」
信吾は宙吊りになったアモーニス号に駆け寄り、パワードスーツの力で直接跳躍した。笑い合う信吾と、英光含めたクルー達。そんな微笑ましい光景を滝は笑いながら見上げていた。
「これで、良かったんだな。俺のやってたことは間違ってなかったんだな」
彼は踵を返し、海に浮かぶ謎の巨大戦艦を見上げる。
「さて、じゃ、俺も仕事しますかね」
英気を養い準備満タン、新たな兵器も手に入れたアモーニスクルー達は、反撃の狼煙に心を滾らせていた。
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