これが生まれ変わった姿だ
「出撃ですか?」部屋に響く滝の声に信吾は返す。
『ああ。実に情けないことなんだが、もう艦は満身創痍でな。攻撃手段も防御手段もなくて、どうやらお前に頼るしかなさそうなんだ」』
「勿論!」
信吾は即、快諾した。すると、彼の手首をファスランが掴んできて、そのまま彼女も天井に向かって叫んだ。
「私も一緒に行っていいですよね。信吾だけじゃ海獣を返せませんよ!」
『ええっ!でも、ファスランなら船の中からでも言葉通じるんじゃ』
「この前みたいに聴力弱かったらどうするんですか!」
『この子、よっぽど信吾くんについて行きたいみたいね』
『うわぁ滝さん!こいつ艦首に噛み付いてきましたよ!甘噛みされてます!』
『……わかったよ。ファスランも生身で入っていいんだもんな。行ってこい』
「ありがとうございます!ほら信吾いくよ!私がいなきゃ貴方は勇者になれないんだから!」
信吾はファスランに掴まれた手首をそのまま引っ張られる形で部屋から出る。
「……ねぇファスラン。もう僕は自分ひとりじゃ勇者になれないのかな」信吾はピンセットで摘んだような声で言う。
「何か言った?」
「なんでも」
二人は海中にでた。
海底は、アモーニス号のライトがあると言えども暗く、電気魔法による発光でもまだ足りないほどだ。二人は不測の事態に備えてがっちりと手を繋いだ。
その時である。辺り一体が真夏のように照らされた。いつか見たマリンスノーが一つ一つハッキリ見え、その奥には海獣の岩肌のような肌が映し出される。
「なるほどね。チョウチンアンコウ型の海獣か。照らしてくれるとは結構!おかげで攻撃が当てやすいぜ!」
信吾は片手をファスランと結んでいるためいつものポーズを諦め、左腕だけを高く掲げた。
「ゴールドマジック・ライデン!Iスパーク光線!」
彼のピンと伸ばされた左腕の先から真っ直ぐに黄色い電気が放たれる。だが、海獣の硬い肌の前に電撃魔法は水鉄砲から放たれた水のような威力しかもたかなかった。
『信吾!提灯の部分だ!』耳の詰め物から滝の声が聞こえる。『そこは光を出すために粘膜が丸出しになってる。そっから電気流して体内ごと丸焦げにしちまえ!』
「了解。もう一度味わいな、ゴールドマジック・ライデン!Iスパーク光線!」
一直線に光源目掛けて伸びていく電撃魔法は、今度こそ弾かれることなく、柔らかくそして濡れている粘膜に染み込む。海獣は激しく痙攣した後、大人しくなり、アモーニス号を口から離すと、気の抜けたように浮かぶだけになった。
「海獣さーん!あなたはもう自由よ!ここから帰っていいのよー!」
彼女の問いかけが届いたのか、優しいまん丸な目となった海獣は踵を返した。
しかし!岩山と見間違えるほどの巨体がいきなり回れ右をしたことで、その尾びれから生み出される海流によって二人は海の彼方に飛ばされてしまった。
同じく少し流され揺れる艦内も、てんやわんやだ。
「信吾!?信吾ー!」
「ファスランまで」
「英光、二人はどこにいる?」
「……もうロストしてしまいました。でも、そのかわり、嫌なものが映り込んでます」
ソナーにはいくつもの潜水艦と思しき反応が見える。
「こりゃ、ちょっとまずいかもな」
「かなり、ね」
火器と主力を失ったクルーは傍観しかできないのだった。
身体が浮かぶ感覚だけで、自分はまだ海の中にいるのだと理解出来る。パワードスーツを展開できなくなったことで相変わらずの闇に包まれた周囲を見渡すと、右手だけがあたたかいことに気づく。
「……ファスラン?」
繋がっている彼女の左手を沿うようにして触れると、彼女の身体を発見。そのまま引き寄せて胸をあてがうと、呼吸による上下運動をしているのがわかった。
「よかった、生きてる!」
「そんな事しなくても聞けば答えるわよ!」なんだか恥ずかしそうな声が深海に吸い込まれる。
「どうやら僕達、遠くまでぶっ飛ばされちゃったみたいだね」
「鷺さんたちと、もう会えないのかしら」
深海の闇と静寂が彼らの心配をかりたてる。互いの体温交換だけが心の拠り所だ。
と、その時である。急に目の前にファスランの顔が現れる。そう、辺り一体が明るくなったのだ。目の前には光源と考えられる白っぽい透明な粘膜が。
「これは……クリオネ?」
クリオネ、海獣としての名はガメスだ。
「この子は野生みたいね」
「ねぇファスラン。この子はさっきの海獣みたいに光れるみたいだし、もっと強く照らせないか頼めない?」
「わかった。おーい!」
例のごとく彼女が海獣に話しかけると、ガメスはゆっくりと浮上し、二人の辺り全体を照らしてくれた。すると、二人はこの場の違和感に初めて気がついた。
「これは、鉄板なの?」
眼科に拡がっているのは岩場でも砂場でもなく、美しい銀色だった。
「いや、船だ。沈んじゃってるけど、向こうに艦橋がみえる」
「船?でも、沈没船だなんて……気の船じゃないのね」
「ああ。これはどう見ても人間の作ったものじゃない。このつなぎ目、造形……これはまるで」
アモーニス号。そう言いかけたその時、かの船の窓から光が溢れた。周囲の海水が連動するように振動し、沈没船は覆いかぶさった地面を剥ぎ取りながら上昇してくる。
艦体をパッと見ても使われている技術がアモーニス号と同様なことは分かるも、完全に姿を現したそれはアモーニス号と全く異なる姿かたちをしていた。それを表すように、かの艦体の両舷中央あたりから翼が生えている。
「戦艦だ」
ハッチが二人を迎え入れるように開いた。
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