提灯海獣アンゴス

 船が動き出した時、信吾、ファスラン、流亥は自分たちの部屋でささやかなパーティーを行っていた。

「よくやった流亥!すごいぞ!あんなぶっといやつを爆発するなんて」

「ほんとよね。あれが無ければその後の攻撃に繋がらなかったもの」

「そんなに褒めないでよ~恥ずかしいよ~」

 こう言いながら満更でもない流亥は、頬を桃色に染めながら後頭部をかいた。

 彼らは、ちょっと大きめな海獣の切り身のグリル焼きに水という、戦勝パーティーにしては粗末な食材を笑顔で取り囲んでいる。

 信吾は飲まなくてもいい水を入れたコップを傾けながらファスランに話しかけた。

「ねぇファスラン、鷺さんとも仲が良いみたいだしさ、この船が気に入ってきたんじゃない?」

「……そうね、ここは好き。でも、ずっと居たいとは思わない」

「えっ、お姉ちゃん出ていっちゃうの!?」流亥は飛ぶように立ち上がって絶叫した。

「そうじゃないわよ」ファスランは優しい声でなだめて続ける。「この船は潜水艦、生き物を殺すための兵器だわ。私はね、もう殺すとか死ぬとか、人間だとか魔人だとか、そんな殺伐としたことを考えて生きたくないの。でも、やっぱりみんなは好きだから、静かなところでゆっくりと暮らしたいわ。そして、それはここじゃない」

「お姉ちゃん……」

 部屋の空気は少し冷めてしまった。そんな雰囲気を改めようとしているのか、信吾は立ち上がって発言した。

「探そう。ファスランが行きたいと思える楽園を。でも、クリティアスを倒さなきゃ平和的に暮らせるとは思えない。だからそれが達成されるまで我慢してて欲しいんだ、この殺伐さに」

「……うん、分かってる。ごめんね、私、わがままばっかりだから。信吾の事だって……」

「構わないよ。これからも一緒に頑張ろう。僕たちのコンビでしか海獣をどうにかすることが出来ないんだからね」

「そうね」

 二人は手を固く結んだ。すると、その手の塊に流亥の小さな手が被さってくる。

「ぼくも!ぼくもやるもん!」

「あぁそうだったな。流亥のことも頼りにしてるぞ」

 その時である。船内が激しく揺れた。三人は料理とともに壁へ叩きつけられる。

「痛った……って!まさか、敵か!」

 それは信吾の言う通りであった。


「現在敵艦は二隻、海獣一体と見られます!艦尾五百二十二メートル後方を追尾されている状態です」

「エンジン全開!なんとしてでも振り切るんだ!」

「無理ですよそんなぁ!ぶつけた衝撃でエンジンパワーが従来の八十五パーセントなんですよ!」

「それは、もう、気合いだ!」

 英光の嘆きに対して滝は空虚な返答をする。それに対するエリカと鷺の目線が寒い。

「いかにも馬鹿って感じ~」

「そういう事ばっかり言ってると私以外の人望失うわよ」

「……あーもうわかったよ!英光、この先に地下水道って、潮の流れで削られた洞窟みたいなものが何個かある。そこに突っ込んで、もう身を削って捲くしかない!」

「成程、もうボコボコだからいくら傷ついても変わらないってことですね!了解!跡形もないほどボロッボロにしてみせます!」

「おいおい、そこまでしろとは……おあっ!」

 船内が細やかに揺れる。

「敵艦が魚雷発射!迎撃できないのが屈辱の極み!ただこれは威力偵察、うちらが攻撃できないかを確認してるってぜってー!」エリカの悲鳴のような解説が艦橋中に響く。

 当てる気のない、気の抜けた魚雷が海中をふらついて爆発する。これでアモーニス号が迎撃できないことを理解したのか、半球形の敵艦から多量の魚雷が放たれた。

 爆発と衝撃の雨あられに襲われながら、アモーニス号は底を擦って件の地下水道を探す。

「まだなんですかその空洞とやらは!」

「あと少しだ!この先に……」

「この先すぐに海底山脈よ。X軸マイナス六、Y軸に八・三に軌道修正すれば入り込めるわ」

「涼子、それ俺が言いたかったな」

 手動で進路を変えられた本艦はずいずいと地下水道に近づいていくが、その間にも敵艦からの攻撃は止まない。

「あちこちに被弾!ってか、第三エンジンルーム外壁に大規模な被害!エンジンパワーに影響ありまくりかも」

「くそ、あいつら、狙って撃ってやがるな。エンジンパワー六十七パーセント!」

「それでいい。動いてるだけで大丈夫さ、今出せる全力で穴を目指せ!」

「了解!」

 艦尾からは唸り声にも聞こえるエンジン音が響いてくる。こうしている間にもクリティアスからの攻撃は止むことはなく、クルーからの損害報告でパンクしそうな程だ。

「あ、見えました、穴です!」英光の嬉々とした声。「思ったよりも小さいですが行っちゃいます!」

「ほんとだ。ちっさいな」

「ちっちゃ!」

「狭いわね」

 一瞬でブリッジが静かになる。一同頭の中で「あれ、ヤバくね?」と思うも、行くと言った英光は止まらなかった。

 アモーニス号はトップスピードで艦首を穴にねじ込む。船体を岩で削りながら奥へ奥へと這うように進み、ついにはクリティアスの魚雷による爆風に後押しされ、ついには艦尾まですっぽりと収まってしまった。さらに、この攻撃によって山肌が崩れ、かの穴はすっかり覆い被さられてしまった。

「がはは!あいつら、自分で穴を塞ぎやがった!」英光は気分良さそうに笑う。どうやらハンドルを持たせると人が変わるタイプらしい。

「英光……お前はもっと冷静な奴だと思ってたんだが……案外強引なんだな」

「ゴーイングマイウェイ、ですね!」

「完全にハイになってるわねこれは」

 アモーニス号は狭い空洞内を、時々岩にぶつけながら進む。強力な潮の流れが海底山脈を貫通させる、まさに自然の神秘と畏怖を思い出させる一本道だが、そんなことお構い無しに科学の船は突き進む。

「……あ、滝さん。出口が見えます」

「よし。整備場まではどのくらいで着く?」

「えっと、なんでかエンジンパワーが規定の四十パーセントしか出せなくなってますね。これじゃあ四時間はかかります。元の三倍じゃないですか」英光は本当に不思議そうな顔で不満をぶちまけた。

「誰のせいだと思ってんだよ」

 艦首を外に出すと、多少艦尾が引っかかりつつも力づくで狭い空洞内脱出。閉所の圧迫感から解放され久々にシャバの空気を吸ったクルー達はそれぞれ脱力した。

「よし、じゃあさっさと整備場に行こう。更なる追っ手が来る前にな」

「いやぁ~ちょっともうキツイかも」

 滝の台詞に対象食い気味にエリカが返答した。彼女は前方をみて顔をひきつらせている。

 確かにその風景はおかしく、深海航行用のライトの光がついているのに真っ暗で、肉眼ではそこに無いはずの赤黒い岩肌のようなものが見える。そして、答え合わせをするようにソナーには近辺に海獣の反応が。

「これは……敵艦と一緒にいたアンコウ型の海獣です!」

 海獣は真っ暗な深海で真っ黒な口内をのぞかせた。

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