動け船

 上空に浮かぶどす黒いクリティアスの空中戦艦ガボダ。その艦橋メインモニターには海面上に倒れる超巨大海獣の姿が映されていた。

「人体とユグドラシルシステムの結合、そしてクリティウムとの反応……これは、人工的に海獣を作り上げることが可能という結果を残したのではありませんか!」

「そうですとも。海獣を制御するシステムは今だ発展途上ですが、この規格外の海獣は陸地を攻撃するいい兵器に転用できると考えられます。早速実験を開始いたしましょうか?アウルさま」

 モニターを眺めながら興奮するように言う二人の側近たち。それらを一段高い場所から見ていたアウルは立ち上がると、長い上着の裾をヒラヒラさせながら言った。

「却下!」不気味な笑顔を仮面下から覗かせつつこう言うと、段から飛び降りて二人へ近づいて続けた。「ユグドラシルシステムはこの星の生命を統制する神秘の植物さ。それを兵器利用に転用しようだなんて言語道断だね。それに、君たちは海獣となってしまった人間の気持ちを何も分かっていない。……つまり、そういう思想の持ち主はいらないってことだよ」

 そうアウルが言った時には、二人の側近たちが元いたところにポッカリ穴が空いている。それを見て彼は「最後の方聞こえなかったかな?」と言って笑った。

「さてと、で、その兵器の話だけど……。確かアモーニス、いや、アンコーの同型艦が三隻あったよね」

「ハッ!整備が終わればすぐにでも出撃致します!」同室のクリティア兵が緊張気味に言う。

「よーし。アモーニス号が息も絶え絶えになったのは棚からぼたもちだ。今こそ攻撃を仕掛けてファスランくんをとりもどそうじゃあないか!」

「ネヲンクリティアティー!」

 アウルの号令に従い、クリティア兵たちは散り散りになった。

 その時である。アウルは背後から聞き慣れぬ声で話しかけられた。

「あの、兄は。兄は一体どうなってしまったんでしょうか?」

「おおこれはこれは、エイスハルヒコくんの弟くんじゃないか。君のお兄さんはね、残念だけど、アモーニス号に駆除されてしまったよ」

「……兄はもうどこにもいないんですか?」

「ああそうだよ。私は、意思無き殺戮マシーンとなる前に殺されたこの結果がハルヒコくんにとって良いとは思ったけど、やっぱり血の繋がった兄弟だと感じ方が違うみたいだね」

「兄は、この世に一人です。返してください」

 青い髪を自信なさげに垂らした彼の肩を掴み、アウルは彼に目線を合わせて言った。

「ユグドラシルシステムを起動させよう。これが成されれば、いなくなった生命を復活させることも可能だ。まぁ正確には復活ではなく、ユグドラシルシステムの中にあるデータを再読み込みするだけなんだが、君にとっては同じことだろ。協力してくれるかい?」

「……もちろん。復讐と共に、やり遂げます」

 これを聞き、アウルは四本指を口元に当てて笑った。

「復讐をする機会を与えるよ。しても意味ないって一般論もあるかもだけど、折角できるなら、しといた方が得だろうからね」

 雲の上で、再び何かが動こうとしていた。


 かの海獣を倒してしばし経った後、アモーニス号の進路は中央海嶺の海底にあった。

「いやぁ、情けないな。艦をボコボコにして、ミサイルの在庫全部吐き出しても倒せないとは。そもそも、ファスランがいなければミサイルを撃ち込むこともできなかったしな」

 滝が机にへたり込みながらこう言うと、ブリッジクルーは口々に信吾らを褒め始めた。

「ほんとそうですよ~。結局トドメさしたのも信吾ですからね」英光も何だか誇

らしげに言う。

「ってか、そもそもはあの管ぶち抜いてくれた流亥の大活躍っしょ!」

 クルーの顔に笑顔が戻った。だが、状況が芳しくないことは変わらない。

「蓮介、アモーニス号の被害状況調査完了よ。やっぱり派手にぶつけた左舷がダメージレベル五十八。こうやって潜水できてることも不思議なくらいね」

「う~ん、こりゃ、中央海嶺海底整備場に行って本格的に整備しなきゃいけないやつだな」

「そうね。でも、そこに行くまでにクリティアスが来るはずよ」

 鷺のこの言葉を聞き、モニターとにらめっこしていたエリカが答えた。

「弾数はもちゼロ。攻撃機能も防御機能も上手く機能してないから、もうこの艦はただの潜水艦になっちゃったかも」

「最高速度百八ノットの普通の潜水艦か」

 困り果てた滝は口元を歪ませて鷺に行った。

「もう俺らは、信吾達に頼なきゃ、なんにも出来なくなっちまったのか?」

「そうね。それに、元はと言えば私達だって自分の能力で戦ってたんじゃない、この艦の力あってこそだったわ。私達の武器は知識よ。それに、船はまだ動くじゃない」

「そうですよ滝さん。それに、目的を達成するのに自分のプライドなんて考えてる余地はありません。艦が力を取り戻すまでは信吾達に頼りましょう。そして、後でたっぷり返ししてやるんです!」

「なんか英光熱くな~い?」

 力の籠った演説を聞き、エリカは椅子ごと回転しながら言った。

「なんたって、信吾は俺の名の元で釣りを覚えたんだからな!自慢の弟子だぜ」

 クルー達の表情はいっそう明るくなり、もうそこに今までの重苦しい雰囲気はなかった。

「よし、目的地は中央海嶺海底整備場!アモーニス号、発進!」

 艦はボロボロの船体に鞭をうってエンジンを全力で動かし、艦首を海底に向けながら前進し始めた。

 しかし、そんなアモーニス号の後ろには怪しげな影がチラついているのだった。

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