巨人海獣殺害計画

「僕が……エイスお兄さんを?」

「そう。これは、流亥にしかできないことなんだ。今エイスの身体を支える管を壊せるのは流亥の爆裂魔法しかないんだよ」

 部屋の隅に設置された二段ベッド、その下の奥で、脚を折りたたんで座る流亥に信吾は優しく声をかけた。

「でも、ぼくに、できるかな……」

「あの島じゃ分厚い岩を壊したんだろ?大丈夫さ」

「そうだけど……気持ちの問題」

 流亥は敷布団のシワをつねった。目線を慎吾の方を向かないように下に提げていることからも自信の無さを伺える。

「エイスお兄さんはね、ぼくの家のすぐ目の前で武器屋を兄弟でやってた人なんだ。エイスお兄さんは、暗い弟の人に変わってよく店前に出てたんだけど、そこでよく話しかけてくれてね。優しくしてくれる人の、一人だったんだ。その、岩を壊した時にも僕をかばってくれたりして……」

 彼はつねって出来た皺の山を握る。

「あの村は……確かにいじめられてたし仲間はずれだったけど、どうして壊されていいなんて思っちゃったんだろう……」

 流亥は後悔していた。今の現状ではなく、かつて村を恨み人々を見捨てた自身の行為を。ひょっとしたら自分が村を救えたかもしれないという自身の思いが身体を縛っていた。

 そんな後悔の渦に飲まれている流亥の小さな手の甲に、信吾は右手を重ねた。

「なにか間違ったことするのは仕方がないことだよ。だから、やるべき事は忘れることではなく、過去に決着をつけることだ。今やるべき事をやれば、いずれ将来やるべき事が分かるようになるから」

「信吾お兄さん……」

 船体がぐらりと揺れた。海獣が移動を開始しその波が来たのだろう。

「もう時間がない。行こう」

 信吾は流亥の小さい手を握って引っ張り、立ち上がらせるも、部屋を出る一歩が止まってしまった。まだしこりがあるのだろうか。信吾は無理に引っ張らず振り返ってしゃがんだ。

「……怖いんだ、自分のやろうとしている事が役に立つとしても、結局やることは人殺しなんじゃないかって」

 流亥の脳裏にはエイス生前の姿が映し出されているのかもしれない。

「そうだ。その通りだ」

 信吾は目線を合わせて冷静に答える。想像の返事と違ったのか、流亥はポカンとした。

「僕たちが恐れて間違った行動をした故に、解決手段がこれしかなくなっちゃったんだ。でも、このまま放置すれば唯一ある解決法すら無くなって、もう後悔しかする事ができなくなるかもしれない。……できることをやろう。後悔は辛いもんな」

「……信吾さん……!」

 流亥は信吾の胸に飛びつくと、涙を拭き、目に力を込めた。

「行くよ!できることができるうちに!」

「そう来なくっちゃ!」

 二人は駆け出し、甲板に出る。すると、かの海獣は完全に反対方向を向いており、人体で言うなら尻をこちらに向けている格好になっていた。

「……滝さん!海獣の管に船を近づけてください!」

 信吾の声は耳の詰め物を通じてブリッジへ叫んだ

『え、何でだ?何か分かったのか?』

「いいから早く!あいつが更なる進化をする前に!」

『……おう、分かった!英光、発進だ!』

『了解!しっかり掴まっとけよお前ら!』

 その瞬間、アモーニス号は急発進し、甲板上の彼らは後ろに叩きつけられるような衝撃を受ける。その加速によるG、水しぶき、風が強く吹き付けるなか、船は海獣へ接近。

『どこまで近づけばいいんだ』

 英光の声を聞きながら、信吾に抱かれた流亥はギリギリまで身を乗り出して手を伸ばす。件の管までは十メートルは隙間が空いている。

「英光さんまだです!もっともっと!」

『もっとって、これ以上近づいたらぶつかっちまうぞ』

『いや、英光。凹みくらいなんのそのだ!ぶっつけちまえ!』

『了解ー!もうどうにでもなれー!』

 エンジンの唸りと共に船体は管に急接近し、左舷表面をひしゃげるほど管と船体を擦り合わせた。

「ん、んんんんー!信吾お兄さん!もっともっと!」

「もっとって、これ以上近づいたら僕の身体もへし折れるー!」

 流亥の指先が届くまであと数センチなのだが、柵にあてがった信吾の腰は悲鳴をあげていた。

 すると、見かねたのかファスランも信吾の腰を掴んでくる。

「私も手伝うから!」

「ありがとう!じゃあいくぜ!」

 信吾は自らの身体を柵とファスランに預け、手すりの部分を支点に横になり、流亥の身体を奥へ奥へと擦り寄せていく。

「んぐぐぐぐ……パワードスーツが無けりゃ、こんなことできなかったろうな」

「信吾~早く~!私も辛いよー!」

「流亥!どうだ!?」

「ん~!もう少し……」

 絶体絶命の船上では奇妙な綱引きが行われていた。半透明な管までの数センチは、彼らには無限の領域を持つように感じられた。

 その時である。右舷側の砲口から海獣の反対方向へミサイルが放たれた。その反動で船体は海獣の方へグイッと傾き、流亥の手は指先を触れるどころか掌までべっとりとくっついた。

 直後、エリカの甲高い声が耳の中で鳴り響く。

『よっしゃー!作戦大成功!やっちまえ流亥ー!!』

「うりゃあぁぁぁぁあ!クリムゾンマジック・イクスプロージング!」

 指を曲げ、力と心を込めて魔法を発動させると、管は内側から破裂していく。爆発は連鎖していき、全ての管を崩壊させることに成功。支えの無くなった海獣は水面に倒れ込んだ。

 また、爆風により吹っ飛ばされた三人は、海に落ちるかの瀬戸際から開放された。

「今だ!口を開くよう頼んでくれファスラン!」

「エイスさーん!口を開けて!あなたを解放したいの!」

 しかし、エイスは何も反応しない。細い胴体だけで身体を起こしていた彼はまだどこかへ行こうとしている。

『エンジン全開!顔の方へ船体を近づけろ!』

 再び進み始めた船が風を切る。その風圧を受けながら彼女は叫び続けたが、一向に耳を傾ける素振りもない。

『……ひょっとして』鷺が言った。『彼、耳がないから、顔の真正面まで近づかないと聞こえないのかも』

「そんな!顔上げられてたら無理じゃ……」再びファスランは海獣を見上げた。

「……しょうがない。ファスラン、ちょっと失礼!」

「へ、ひゃあ!ちょっと!」

 信吾はファスランの後ろから腰に手を回して抱く。その状態でパワードスーツを装着し、全力で甲板を蹴ると、ちょうど顔の前まで跳躍することができた。

「エイスさん!口を開けてー!」

 それだけファスランが言うと、二人は重力によって落下、信吾が下になった状態で甲板に叩きつけられた。

「……どうだ?」

 海獣は動きを止め、少しこちら側を見るような素振りをした後、二枚の花弁のような唇を両サイドに広げた。

『今だエリカ!あるだけの攻撃をくれてやれ!』

『言われなくてもやってるっつーの!』

 エリカによって両舷から無数に放たれるミサイルは白煙の尾引いて一斉に海獣の口へと吸い込まれていった。爆発と黒煙で海獣の姿は一時見えなくなる、再び姿を現した時には弱った姿となっていた。

 まだか細く命を繋いでいる彼の目の前に、一人で飛び上がった信吾が現れる。

「もう終わりにしよう、終わりにしてやる。ゴールドマジック・ライデンA!」

 信吾から放たれる図太い雷魔法も海獣の口に吸い込まれていき、ついに海獣は力なく水面に倒れ込んだ。

「……エイスさん」

 再び甲板へと落下した信吾は、魔法の力が尽きたのかパワードスーツが消え去った。

「やった、か……」

 仰向けに倒れたままの信吾の傍にファスランが来てしゃがんだ。

「あの子、最期にお礼言ってたわよ」

「……そうかい」

 信吾は満たされた気持ちだった。

 しかし、船体が傷つき水が入ってしまったからか、艦は大きく傾き信吾はファスランの方へ転がってしまい、彼はこれからの旅路に一抹の不安を覚えたのだった。

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