巨人海獣タックヲン

「おいおいおいおい!ユグドラシルシステムに乗っ取られるってどういうことだ!」

 エイスの痙攣する身体を見ながら滝が焦り調子で言う。

『ファスランに近づかせすぎたのかもね。ユグドラシルシステムが成長して、宿主の身体を完全掌握するつもりなんだわ』

『ちょっ!鷺さんこれ!』

 アナウンスにエリカの声も入る。

『ユグドラシルシステムのエネルギー反応拡大中!それに対してエイスの生命反応が完全に停止しました!って、どういうこと~!マジ訳わかんないんだけど!』

『生命エネルギーも餌にできるのね……。蓮介!このままだと一分後には艦体の五分の一がユグドラシルシステムに絡まれちゃうわ』

「それじゃあ、メインエンジンにもか!?そりゃまずいな。動かなくなっちまったら海底で窒息死だぞ!よしお前ら!ちょっと気持ち悪いがこいつを今から外にぶん投げる!」

「これを……素手で?」

 英光は引きつった目で、身体を波打たせるエイスを見る。

「しょうがないだろ我慢しろ!で、信吾。お前に頼りっぱなしで申し訳ないんだが、海ん中に放り出す役を任せていいか?」

「了解です!じゃあファスラン、行ってくる」

 振り返りながらそう言うも、彼女は目が点になっていて、どこか上の空だ。

「私のせいで……エイスさんは……」

「ファスラン?」

「信吾!時間なくなっちまうぞ!」

「あ、はい!」

 信吾は彼女の事をゆっくり気にかける暇もなく駆け出した。

 エイスを仰向けにして右腕を英光、左腕を滝、両足を両脇で挟むように信吾が抱えた。この格好のままハッチのある場所まで来ると、エイスの額は成長したユグドラシルシステムによってひび割れており、顔面にはメロンのように筋が這っている。

 そんなエイスをおぶるように担ぐと、信吾はハッチから海中にでて、パワードスーツの剛腕でエイスをくらい海底に解き放った。

『おりゃあああ!飛んでけぇぇ!……滝さん、ぶん投げ作戦完了しました!』

 猛スピードで進んだエイスの身体は水の抵抗によって直ぐに直線運動を辞め、水に受け止められるようにふんわりと停止する。

「よし、排出完了!発進だ!」

 アモーニス号はクリティウムエンジンの推進力により進み始めると、すぐに最高速度の百八ノットに達した。

 ブリッジに信吾も合流する。

「お、信吾お疲れ」

 出迎えてくれた英光がお湯を渡してくれた。

「どうだ涼子、あいつの様子は」

「見た感じだと、もう頭は完全に木になってるわね」

「そんな……!」

 入口からファスランの声がした。

「なんで君がここに」

「……私のせいなんですよね。操られてただけの、被害者のエイスさんをあんな姿にしちゃったのは」

「あなたのせいじゃないわ。こんな悲劇が起こったのは一から十までクリティアスのせいなんだから」

 光学ズームで拡大されたエイスの身体は力なく潮に流されていた、と思ったら、突然一筋の光が発せられる。

「ユグドラシルシステムのエネルギー反応が急激に上昇!」英光の鋭い声が響く。「対象の……体積が膨張しています!」

 彼の報告がされるや否や、激しい水の流れに襲われ船体は激しく揺れた。

「体積の膨張に伴い海水が押し出されているようです!」

「くぁー!このままじゃ酔っちまう!急速上昇!一旦海面に出ろ!」

「了解!」

 アモーニス号は船首を海面に向けるとぐんぐん上昇していき、海面を突き破って飛ぶように海面に出た。

「……何だか、海が騒がしいな」

 不規則につんつん波立つ海は段々と膨れ上がってくる。そこは紛れもなくかの青年を放り捨てた場所であった。

 まず見えたのは頭だ。大量の海水を垂らしながらゆっくりと幅十メートルはある水色で半透明の頭がせり上がってくる。そこから胴体、腕、腰、脚が見えてくるが、それは頭に比べてか細く、百メートル越えの超巨大な半透明の棒人間のようだ。

 これは紛れもなくエイスの成れの果てであった。

「マジかよ……もしかして、俺らはバケモン作っちまったのかもしれねぇな」

「これも蓮介のせいではないわよ。私たちにできるのは、利用されて哀れな姿になった彼に引導を渡してあげる事だわ」

 かつてエイスだったこの生き物の顔は楕円形で、顔面は中心の縦線に向かって内に巻き込まれていた。例えるならら顔面がプレートで、それが海溝に沈む様子とでも言うべきか。

「攻撃準備開始!エリカ、使える砲弾は全て使って構わない」

「待ってました!徹甲弾と誘導弾の雨あられだよー!」

 開かない扉二、三個を除いてアモーニス中の砲口からミサイルが放たれた。それらは各々蛇行しながらもエイスに向かって飛行し、顔や肩に当たると爆煙を上げた。

 だが、穴は空いていても、彼が弱っているという感じはしなかった。また、身体にはダメージの痕跡が見えるも頭に関しては無傷に見える。

「滝さん……やつの生体反応が人間から海獣へと移行しました」英光の低い声が響く。

「そうか。……さぁて、じゃあ一体どうしたもんかねぇ」

 再び海獣を見ると先ほどまで開いていた穴が完全に塞がっている。海獣は殺せない、という事実が滝を苦しめた。

「まだ手はあるわ」滝を慰めるように鷺が言う。「彼の生体反応の中に僅かだけど人間のものが含まれてる。人は死と切り離せない生き物。本体を殺れば死なせる事は可能よ」

「本体っても、どこにあるんだよ」

「頭です」信吾が言った。「魔物は弱点を高いところ、そして内部に隠そうとします。これは海獣にも当てはまるんじゃないかなと」

「だが、弱点がそこだとして、どうやって狙う気だ?」

「それは、私が」ファスランが言った。「海獣なら私が説得してみせます!口を開けるように。故意じゃないとは言え、あんな姿にしてしまった責任をとりたいんです」

「お前ら……」滝は椅子に落ちるように座り込む。「よーし分かったよ、やろう!各自配置につけ!」

「了解!」

 信吾とファスランは甲板へ向かった。改めて肉眼でかの海獣を見ると異様な大きさに鳥肌が立つ。

 現在海獣は腰を大きく曲げていた。あの頭に対して身体が細すぎるせいだろう。腰を九十度曲げたまま、胴体から幾本もの腕を肋骨のように伸ばすという奇妙な体つきでバランスを保っているのだった。

「じゃあファスラン、頼む」

「任せて。エイスさーん!私の声が聞こえるー?口を開けて欲しいの!」

 海獣は何も反応しない。それどころか見当違いの方向に移動を始めていた。

『これはまずいわね』耳の詰め物から鷺の声が聞こえる。『二人共、彼の姿が変わってるのはわかる?一瞬でこの進化だから、ほんの後数刻で完璧な海獣になって、海に収まらない海獣として人を襲うかも』

「そんな!」

『それに、そっちもバッドニュースがありそうね』

「はい。ファスランの声に全く反応しないんです」

『それはもう単純に遠いからでしょうね。彼、耳があるようにも見えないし』

「流石に僕も……あの位置までジャンプはできませんよ?」信吾は五十メートル上空を見る。

『左舷第三徹甲弾全弾発射!』

 エリカの声と共にミサイルが発射され、真っ白な煙と風に耐える二人は無数の腕に命中する様を目撃するが、今度は傷一つ付いていないように見えた。

『身体の硬さまで変化してるなんて……』

『解析結果、でました。外部からの防御に特化した硬化物質で、クリティウムより作り出されるオリハルコンの一種と思われます。内部からの破壊しか受け付けないようです』

『……今の俺らじゃお手上げ、かな?』

 英光の冷静な分析を聞き、ブリッジが静まる様子が詰め物の音声越しにも伝わる。

 しかし、信吾は諦めていなかった。それどころか英光の分析結果から希望を抱いている。

「ちょっと行ってくる!」信吾はそう言い残して船内に駆け出した。

 目的地は、三人の部屋だ。

「流亥!お前に頼みたい仕事がある。大仕事だ」

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