釣り大会

「さぁお前ら、釣り大会だ」

 部屋の自動ドアがスライドした先にいた金髪の青年こと英光はこう言った。

「釣り……ですか?」

「そう、釣りだ。ま、釣るのは魚じゃなくて海獣だがな。何となく分かってると思うけど、アモーニス号のメインフードは魚ってわけだが、この船の慣例として新入りは竿釣りでどっちが先に釣れるかを競う習わしがあるわけよ。それを今、メンテナンスの海面浮上に合わせてやる事にしたんだ」

「でも私、釣りなんかしたことないし……」

「大丈夫大丈夫!竿垂らしてピクってしたらグァッって引き上げるだけさ!ほら来いよ!」

 奇妙に分かりやすい英光の説明を受け、彼らは部屋を出ようとした。

 その時、布団の中から手が伸びて信吾を制止した。

「ぼくは!ぼくは!?」

 流亥だ。釣りの話を聞いて飛び出してきたらしく、巣穴からとび出てきた小動物の如き様相を呈している。

「おさかな釣り、してみたい!」

「いや~でも流亥くんがもし海に落ちたりしたら大変だからな~」英光は無理とハッキリ言わないまでもそのニュアンスを含めた語調で言った。

 そうすると、たった一瞬で流亥は威嚇するフグのように頬をふくらませる。

「お兄さんも仲間はずれにするー!」

「そんな事ないよ!流亥くんにもやれることもあるさ!これから船内メンテナンスが始まるから、それの手伝いでもすれば?掃除とか」

「そんなのつまんないー!」

 駄々をこねまくる流亥を見かねた英光は最終手段をとることにし、信吾とファスランに目配せで合図を送った。

「……あっ!空から女の子が!」

「えっ!どこどこ~……って、空見えないじゃん!って、もう居ない!?騙したなー!」

「行け!行け!走れ二人とも!心を鬼にするんだ!」

「もうめちゃくちゃじゃないですかー!」

 流亥の絶叫を背に二人は英光の後を付いて行ったのだった。

『アモーニス号水面に出ます。ご注意ください』

 このアナウンスとともに、アモーニス号は船首を天に向けて海から飛び出てきた。メタリックな灰色の船体を水に濡らし、船体のやや後方にある艦橋からは滝のように海水が滴り落ちた。そんな艦橋の根元が小さくドアとして開き、英光を先頭に二人が出てくる。

「さぁ、釣りの舞台はここだ!制限時間は日が落ちるまで、いいな?」

「了解です!いくぞファスラン、絶対負けないからな!」

「こっちこそ!何だか楽しくなってきたわ!」

(お、いい感じじゃ~ん?)

 雰囲気が良くなったところを見計らった英光は少しづつ後ずさりすると、「じゃ、ちょっくら席外すから楽しんでなー!」と言って消えてしまった。

「よし、ファスラン。最初の一匹は僕が貰う!」

「こっちこそ!」

 二人は竿を振った。熱きフィッシングバトルの幕開けだ。

 ……開始から十分。波の音、船体を叩く金属音、鳥の声。色んな音が響く中、二人は日に照らされながら動かぬ竿を見つめていた。

「……ファスラン?」信吾がそう言って彼女を見るも、彼女は無言で首を振った。

「まさかこんなに釣れないものだとはなぁ」

「私も。もっと簡単に釣れるものだと思ってたわ」

「じゃあさ、なんか話でもしながら食いつくのを待ってようぜ」

「……うん、そういえば私たち、あの洞窟以来ろくに話もしてないものね」

 一定間隔で規則正しく鳴る金属音は彼らの精神を研ぎ澄ませるのに役立った。

「じゃあ単刀直入に聞きたいことを聞くけど、どうしてあの時海の中で海獣に追われていたの?」

 この問いにファスランは目線を上げて記憶を辿る仕草をしながら語り始めた。

「五年前、あの大津波の少し後、一人で魔王城にいたら誘拐されたの。あの気味の悪い仮面の男がいる船に載せられて、魔王城も荒らされたわ」

「それって、もしかしてクリティアスの?」

 彼女は「ん」と短く返事をして続ける。

「そしてあの日、私への警戒を怠った隙を見て海に飛び込んだ。半分死ぬ気だった。でも、話に聞いていた海獣が話しかけてくれたの、『大丈夫?』って。私は魔物ともお話できたし、それと同じ理屈だとは思うけど、最初はビックリしたわ。でもね、優しかったはずの海獣が突然凶暴化して襲ってきて、何がなんなのか分からなくなってとにかく逃げる事しかできなかったわ。そして体力も尽きてきていよいよ死を覚悟した時に……」

「僕に会った。ってわけだ」

「そう。そしてあなたは私だけの勇者になってくれた。今は違うみたいだけどね」

「勇者。か」

 すぅーっと風が吹き抜けて水面が揺れる。まだ魚はかからないようだ。甲高い金属音が天に吸い込まれていった。

「そう言えばさ、信吾はどうしてそんなに勇者になりたいの?」

 ファスランからの発問に信吾は昔を懐かしむように目を細めて言う。

「……僕のお父さんが勇者だったからだよ」彼は少々続けるのを躊躇った後、重々しく口を開く。「僕はさ、お父さんみたいになりたかったんだ。お父さんは僕を男でひとつで育ててくれたし、力自慢で魔法巧者。頭も良くて、まさに勇者団の生き字引だった。お父さんがいなくなってからも僕は近づくために特訓したし、勉強もした。だからそれなりに身体つきも良くなったし知識もついたけど、最後の最後、僕は勇者になれなかった。勇者は、お父さんに近づく為の欠けたピースなんだよ」

 彼は目を閉じて、自分が最もあこがれとする勇者の姿を思い浮かべる。その白髪混じりで無精髭な男はどれだけ老いていても彼のヒーローだった。

「だからさ、私が勇者だって認めてあげるよ」唐突にファスランが言ってくる。海面がざわついてくる。「私はあなたの強さと優しさを分かってるわ。だからそれを私だけに向けて!そうすればあなたは完璧な勇者。あなたの望むものになれるわ」

「僕ね、あのイカ海獣を倒した時に村の人達にお礼を言われた時のことが忘れられないんだ。あれだけ褒められて、初めて勇者になったと思ったんだ。だから、多くの人間に認めてもらうことが僕を勇者たらしめてくれると思っちゃったん……だ」

 未だ釈然としない表情のファスランを横目に、信吾の目線は彼女の釣り糸の先にあった。

「ねぇファスラン……それ……かかってない?」

「え?」

 アモーニス号の隙間に刺していた釣竿が大きくしなっている。その先にある釣り糸はぐるぐると大きな円を描き、水を吹き上げながら何かが水面下で暴れているのが分かる。

「か、海獣だー!」船体修復をしていた乗組員たちが騒ぎ出した。お祭り騒ぎだ。

 そんな騒ぎを他所に、ファスランは釣竿をもってそれを力いっぱい引いた。かなりの大物のようだ。

「何やってんだファスラン!危ないぞ!」

「なによ!せっかくの獲物なんだから逃がさないわよ!って、きゃー!」

 竿を引かれて刺激を受けたのか、海中からカジキマグロのような海獣が大きく飛び出して再び海深くに潜っていく。体長は二十メートルはありそうだ。このままではファスランは海底まで引きずり下ろされ海のもずくだ。

「ゴールドマジック・ライデン!」

 彼はすかさずパワードスーツ姿に変身し、ファスランの竿を掴むとそこから糸へ向けて電気を流し込んだ。

「太古から釣り師に電気魔法使いが多いのはこういうこったぁあああああ!」

 高電圧の電流が身体中を駆け巡る海獣は痙攣し大きな水しぶきをあげた。が、それが災いしたのか、糸はついに耐えきれなくなり無情にもはち切れてしまった。釣竿から力なく垂れる釣り糸。かの海獣はゆっくりと海の底へ泳いでいったのだった。

「ふぃ~、飛んだじゃじゃ馬野郎だったぜ」

 信吾はパワードスーツを解除すると前腕で額の汗を拭った。そんな彼は、ファスランから向けられる恨みの籠った目線に気づく。

「信吾〜!あれは私の獲物だったのよ!何勝手に横取りしてんのよ!」

「えー!でもあのままじゃ海に落ちて危なかったじゃん!僕は君を助けたつもりで……」

「まだ落ちてなかったもん。せめて最後までやらせて欲しかったわ!」

 魚釣りで仲直りする作戦はかえって喧嘩を勃発させるという本末転倒な結果で終わってしまったようで、ファスランは力強く大股で先程やって来たドアの方へと去ってしまった。そんな様子をドアの影から見る人影がひとり。

「や、やややややべーことになってんじゃん!」

 ドア裏には大量の醤油瓶を抱えた英光がそこにいた。

「刺身用の醤油なんか悠長に選んでる暇なかったか……ってか信吾大丈夫か?」

 恐る恐る英光が彼の方を覗くと、ポカンとした顔をした彼が海をバックに棒立ちしていた。足元に転がっている釣竿がカラカラと音を立てて海へと落下、その後聞こえるか弱い水しぶきの音が哀愁を漂わせる。

「わー!信吾!安心しろ、俺はお前の味方だ!だから刺身でも食べて落ち着いて……って、まだ釣れてなかったわ……」

 メンテナンスの時間はまだ続く。

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