仲直り大作戦決行前夜

 海底から上へ上へ、海面に出ても更に上へ上へと目線を上げた所に浮かぶ一隻の超巨大空中戦艦。そんな潜水艦とは対局の位置にある船は、かつてファスランと信吾を捕らえていたクリティアスの戦艦から分離したものであった。

「アウル様。我々が送った潜水艦艦隊のうち三隻が轟沈したとの事です。恐らくアモーニス号にやられたのでしょう。場所はいずれも中央海嶺から北北西であります」

「そうか。では、その方へ向かおう」

 アウルは黒いフード付きトレンチコートを着ていて、フード内は白、緑、オレンジに四分割されたチェック柄になっている。ファスラン達に会った時に着ていたのは来賓面会用だったらしい。

「そしてアウル様。護衛につけていた海獣が懐柔された事からもファスラン様はアモーニスの中におられると考えられます。三隻と少ない犠牲で、かなりの情報を得ることが出来ました」

「……ふぅん」

 アウルはこの報告を聞き終えるや否や、フードと同じ配色をした椅子から立ち上がると報告していた部下の前をうろついた後、蛇のような目を仮面の下から覗かして言った。

「金沢大樹、小柳津竜也、福尾亮介、鈴木俊希、杭田夢、芝田裕介……」

 彼は人の名前を連呼し始めたのだ。それも引っかかることなくスラスラと彼の口から放たれる。この光景はとても奇怪なもので、周りにいた全てのクリティアス乗組員達は狼狽える。

「あ、あの……」報告をしていた乗組員が思わず口を挟むと、アウルは人物名の詠唱をやめた。

「あぁ……これの事かい?これはね、少ない犠牲だよ。君からしてみればね?」

「はぁ?」

「十分理解してないみたいだね。これは、沈められた潜水艦に乗っていたクルーの名前さ。まだまだ言い切ってないんだけどね。彼らのその姿かたちを見たことがなくっても、それぞれ人生を送ってきた一人の列記とした生命体なのさ。それを理解していないとは……」

「も、申し訳ございません!」

 アウルからの突然の説教に彼は頭を下げることしか出来ない。しかし、「私はそういう人間は生かしておきたくないな」とアウルが言った瞬間、彼の足元に空洞が生まれ、彼は大海原のゴミとなっていった。

「う~ん、やはり量産型よりも純粋な艦の方が強いってわけだね」アウルの話題はもう次に移っていた。彼の目線は、透明なオリハルコンケースの中に管理保管されているユグドラシルシステムにあった。

「よし。じゃあ次の作戦だ!ユグドラシルシステムの枝の先を切って、それを捕虜に与えるんだ。二人くらい良さげなのが居たろう?片方でいい、それをアモーニスに仕掛けるのだ!」

「ネヲンクリティアティー!」

 クリティアスで新たな作戦が始まろうとしていた。


 舞台はアモーニス号へ移る。潜水艦を無事撃破した信吾はファスランのいる部屋への凱旋を果たしていた。しかし、その空気は何やら不穏なものを孕んでいるようだ。

「いや~危なかった。魚雷が当たった時はどうなることかと思ったけど、鎧さまさまだね。無事帰って来れて良かったよ」彼はファスランの方を見ながら言う。しかし、当の彼女は俯いたままで彼を見ようとはしなかった。

「……ひどい」突如彼女がこう漏らした。

「へ?酷い?」思わず信吾も聞き返す。

「だって信吾、私だけの勇者でいてくれるって言ったじゃん!」

「え~!そんなこと言われたって、僕勇者だし、勇者と言えば人助けをやらないと」

「でも、あなたはその勇者になれなかったんでしょ?」

「うっ!」

 痛いところを突かれた。

「だからせめて私だけの勇者になってくれたんじゃない!それなのに他の人にも目移りしちゃって……」

「でも!さっき潜水艦を倒さなかったらファスランだってどうなってたか分からないんだよ!」

「じゃあ見つからないようにこっそり抜け出して倒せば良かったのに!他の人にかっこいい姿見せびらかさないでよ!」

 言い合いは平行線だった。

 そして、その様子はブリッジでも共有されていた。

「う~ん、こりゃちょっとヤバげな感じだな」

「人の部屋監視とか、マジやってること変態じゃね?」モニターを食い入るように見る滝に向かってエリカが言った。

「いいかエリカ!まず俺は変態じゃない。それを大前提とした上で話を聞いて欲しいんだが……」滝は少々弁解した上で続けた。「いい歳の男女が同じ屋根の下でいい感じならともかく、険悪ってのはちょっと良くないと思うんだ」

「……人の自由じゃね?」

「まぁそうなんだがなぁ……現実的な話をすると、アイツらが仲良い方が好都合なんだよ。信吾が海獣を攻撃して、弱ったところをファスランが説得する。この方法が毎回できればこちら側の消耗を限りなく抑えることが出来るだろ?魚雷が使えない今は尚更だ」

「ちょっと蓮介、いくらなんでも子供たちを完全に兵器利用するなんてどうかしてるわよ」

 鷺のどキツイ目が滝を睨む。それであっという間に全身鳥肌だらけの脂汗まみれとなった滝は超高速で弁解をする。

「方便だよ方便!俺だってアイツらの仲を案じてるんだよ。やっぱアオハルして欲しいからなぁ」

「ま、俺も滝さんの言ってることは一理あると思いますよ。そもそも、魚雷が使えたって海獣は殺せない訳ですから、説得のできるファスランと、パイプのある信吾の仲は保持すべきだと思います」

「おー英光!お前話のわかるやつだな!よし決まりだ!これより信吾&ファスラン仲直り大作戦開始だ!作戦指揮は英光、お前に任せる」

「おー!……へ?俺?」突然の指名に英光はキョトンとして自分を指さした。

「英光、ぶちかましてやりな!」エリカも拳を突き出して応援してくれているようだ。

「待ってよエリカまで!鷺さん~助けてくださいよ~」

「……私は、英光は優秀だから問題ないと思うわよ」

「なんで鷺さん今に限って滝さんの肩を持つんですかー!」

 こうして一大作戦が始まろうとしていた。

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