謎の潜水艦アモーニス号

 ユグドラシルシステムは天井に着くほど成長していた。

「やっぱり体表から漏れ出るエネルギーだけじゃ成長は遅いのかな」アウルがそう言った時、木の幹は艦橋の天井を突破った。それをいいことにユグドラシルシステムはぐんぐん成長を続けていく。

「ま、このくらいでいいだろ。実験は終了だ」

「はっ」

 実験開始から何十分かかったのだろうか、やっと解放されたファスランの身体には脂汗が浮きでて、胸を弧を描くように大きく上下させて荒い呼吸をしていた。そして、彼女と共に信吾も拘束から解放され、猿轡も外された。

「てめぇ、何しやがる!」

「言ったろう?半覚醒実験さ。この穴は後で埋めるから安心したまえ」

「そうじゃねえ!ファスランこんなにも苦しそうじゃあねぇか!」

「そりゃ、エネルギーを吸い取られてるわけだからね。苦しくなるのは当然さ。むしろ正常さの証拠とも言えるし、何も問題は無いさ」アウルは顎を親指と人差し指で挟み、さも当たり前にこう言ってきた。

 こんな奴を相手にしても仕方ないと思い、信吾はファスランに擦り寄った。

「おいファスラン、大丈夫か?」

「うん……大丈夫、かも……」

 どう考えても大丈夫では無い。こんな時でも相手のことを考えて強がりを言う子なのだと、信吾は彼女のことを再認識した。

「そうか、安心しろ。必ずここから出してやるからな!」

「……うん。ありがとう」

 彼女の呼吸は多少緩やかになった。

「面白いねぇ。元来、勇者と魔族は敵対するものなのに、その本能を超えて手を取り合う二人……感動的じゃないか!」

 アウルはポケットに手を突っ込みながら身体を後ろに反らして言った。

 信吾はぞっとする。今アウルから感じるのは悪意や嫌味と言ったものではなく、ケースの中に入れた小動物を観察する少年のような、単純な好奇心だった。

「お前には……人間の心はないのか!」信吾は思わず叫んだ。

「無いね」アウルはあっさりこう言い放つ。「人の心は人だけが持つべきさ。それが君たちの唯一性だからね」

 彼はこう言ってニコッと笑った。

 そして、空いた天井から覗く空に向かって言うように大きな声を張り上げ続ける。「さぁ!ここにファスランくんがユグドラシルシステム起動の鍵となることが証明された!これよりクリティアスの旗艦ガボダは中央洋にある海底古代遺跡へと向かう!君たちの協力を以て私達の望みを叶えようじゃないか!」

「ネヲンクリティアティー!」

「ネヲンクリティアティー!」

 アウルの演説に対して周囲から地割れのような掛け声が上がった。この船を囲むように入江に沿ってクリティア兵がいるのだろう。戦艦の傍にいる海獣も興奮したように鳴き声を上げた。まさに四面楚歌だった。

「くそぅアウル!今てめぇを殺して全部無かったことにしてやる!」

「殺人は人の良くない衝動だよ信吾くん。それに、魔法が使えないほど衰弱した君に一体何ができるんだい?」アウルは四本指をピンと伸ばして垂直に口元に当てる。自分に対して吠えてくる子犬を可愛がる人間のように、アウルは愛しそうな目線を向けてきた。

 その時、外の掛け声による振動音に変化が起こった。今までは声だけによる威圧感だったが、そこに足音や土の崩れる音も混じってきたのだ。その変化に一瞬で気づいたアウルと信吾は窓から外を見下ろした。すると目の前に広がっていたのは村人の大群が入江になだれ込んでいる様子だった。

「なんだ?抜け出されたのか?」アウルはチラッと部下を見た。

「申し訳ありません!申し訳ございません!」ただ謝ることしか出来ない部下のクリティア兵。そんな彼をアウルは視界の端に入れたまま冷ややかにあしらった。

「……何かおかしいな」この一連のやり取りを全く無視して信吾がボソッと言う。入り込んでくる村人達はすごい勢いで入江へやって来るが、それはクリティアスを攻撃するためというよりも何かから逃げているようにしか見えなかった。するとその瞬間、奥の方からのしのしと赤い三角形がやってくる。やがてその全貌が明らかになると、それは信吾が退治したかのイカの海獣だということがわかった。

「そんな……あいつは確かに僕が殺したはずなのに!」

「海獣は、殺せないよ」アウルが口を挟んできた。「私達の持つような、特殊な元素によって構成される兵器でもない限り海獣の殺害は不可能さ」

 信吾にとって、村人が海獣に追われているという事よりも、自分があれだけ全力を尽くしても海獣を倒せなかったという現実が彼を追い詰めた。

 かの海獣はゆっくりと入江に這い出でると、真っ直ぐに透き通った目で艦橋を睨んできた。

「おや、まるで信吾くんがいると分かってるみたいだね。見た目の割に賢いね」

 次の瞬間、凄い勢いで海獣は触手を艦橋に突き刺してきた。一瞬にして壁面には直径三から四メートル程の大穴が空く。

「あはは!穴が二つになっちゃった!」アウルは不気味にはしゃぐ。

 信吾も衝撃と勢いに気圧されて尻もちをついてしまったが、すぐに体勢を立て直す。触手の伸びた先にファスランがいたからだ。当の彼女は椅子ごと後ろに倒されていて、目立った外傷はないが耳の横を切ってしまったようだ。

「ファスラン!」

「大丈夫よ。ちょっと切っちゃっただけ」彼女は意外にも淡々と続けた。「あの子に助けてもらったの。おかげで腰の拘束具が外れたわ」

「助け?」状況が理解できない信吾は聞き返した。

「多分、目が赤い興奮状態の海獣には私の声が届かないと思うの。でも今あの海獣は、多分信吾が鉄拳制裁を加えたからだいぶ落ち着いてたわ。いっぱい動く人を見て混乱しちゃったみたいだけど、私の声は届いたみたい」

「君がやったのか、そうかファスランくん……君は徹頭徹尾自分の態度を貫いた。それは褒めるに値するが、世界全体、自分を取り巻く環境を鑑みることが出来ないその思考能力にはガッカリだよ」アウルはそう言って部下を顎で使う。

 すると、戦艦周りに鎮座していたサメ、タコ、ウミヘビの海獣が真っ赤な目のまま動き出し、イカの海獣と交戦をはじめた。イカの海獣は獰猛な海獣の牙に次々と傷ついていく。

「そんな!止めて!」

「それは無理な話さ。先にやったのは君の方だろう?さぁ、早くスクイギスを殺りたまえ!」

 こう命令され三匹の海獣が再び攻撃を仕掛けようとしたその時、多数のミサイルがその海獣たちに命中した。爆発に包み込まれる海獣たち。

 艦橋の穴を通って吹き込んできた爆風から身を守るように信吾とファスランは肩を抱き合う。

「うッ……今度はなんだ!」

「信吾、見てあれ!」ファスランがこう言って指さした方向は海の方で、そこには一隻の潜水艦が顔を出していた。

「あれは……初めてファスランに会った時の」

「アモーニスか。侵入を許したな?」アウルはもうはしゃいでなどいなかった。

「申し訳ございません!村人侵入により混乱状態で海上の警備が手薄に……」

「今更何を言っても無駄さ。これは無能な部下を監督役に登用してしまった私の落ち度として、君には死をもって償ってもらおうかな」

「そ、そんなぁ!」

 このアウルと部下が取り込み中の時を狙い、信吾とファスランは海に身を投げた。僅かに残っていた魔法を駆使してスーツを腰に一部だけ出現させ、跳躍し、戦艦を超えて海に着水。一度海を経験し生き残った彼らは海に抱かれるように沈み、息をした。

「おやおやおやおや、君のせいで二人も取り逃してしまったようだねぇ~?」

 アウルは歯ぎしりしながら口角を上げたのだった。

 海の中は静かだ、と信吾はあの日を思い出す。静かだからこそ、奥に見える潜水艦内部の音が響いて聞こえる気がした。

『艦長、あそこに見えるのって、ユグドラシルシステムじゃ?』

『ほんとか!?そりゃまずい、全砲門をユグドラシルシステムへ向けろ!』

『いや~それだと海獣用の兵装も使い切っちゃいますし~、あいつらから追われながら補給作業とかぶっちゃけ無理ですからね~?』

『じゃあどうしろってんだよ!』

『……待ってください艦長。海獣がこっちに来てますが……様子が変です、さっきよりも大人しいような……』

 不審がる謎の潜水艦員たちの目線は、浜辺にいる少女に向けられていった。

「もう悪いことしちゃダメよ!あんた達もいい子なんだから平和にねー!」その少女ことファスランは、ミサイルにより暴走が解けた海獣を説得し帰らせたのだ。優しい目付きとなった海獣は海へと帰り、その際にできた引き波が潜水艦にかかる。

『なんだあの子。まるで海獣と……』

『コミュニケーションが取れるみたいね』

『うぉう!お前いたのかよ!』

『あの子をなんとしても回収して。あの少女が、私達アモーニス号の、いいえ、人類の命運を握っていると思うわ』

『はいはい分かりましたよ。でもその前に……誘導弾発射ァ!ユグドラシルシステムにくれてやれ!』

『了解!おっちゃん、あんたの好きな誘導弾だ。好きなだけぶち込んでやりな!』

 そんな声が聞こえてくると、海中にも機械音が響く。砲門が開いたのだ。しかしその瞬間、まだミサイルは放たれていないにも関わらずクリティアスの戦艦は大爆発を起こし、黒い艦橋の部分だけ自立したように飛んでゆく。

『ああ!逃げやがった!』

『弾道再計算します!対象移動速度時速三四〇キロメートル!……ロスト、しました』

『急いで追うぞ!急速潜航!』

『待って。あの子の回収が先だって言ったでしょ?クリティアスの奴ら、どうせまた派手なことやって自分から居場所ばらすから大丈夫よ』

 艦長と呼ばれた男は髭をさすると、再び浜辺を見た。そこには先程まで見ていた少女が浜辺に打ち上げられた青年の元に駆け寄っている場面が映し出されている。

「……子供たちの回収、急ぐぞ」

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