光り輝く少年

「ヒマだなぁ」

 信吾達がアウルに捕まっていたその頃、流亥は信吾に言われた通り朽ちた木の幹の中で体育座りでもしながら待っていた。途中、村を遠目で見たりしたが、数人の村人が踊り狂っているだけですっかり廃墟と化していた。

 信吾が行ってしまってから十五分は経っているにも関わらず派手なものは何も起こらない。それに業を煮やした彼は地べたに横になると、地面の奥深くから、それこそマントルが対流するような低く響く音が下方から聞こえてきた。

「う……うぅぅ……う……」

「なに!?おばけ!?」

 もはや唸り声にしか聞こえないそれに彼は恐怖を覚え硬直する。すると自然と耳が澄まされ、呻き声はよりハッキリと言語としての性格を持ち始めた。

「すけ……て……た……だ……」

「暗……ぎる。狭……」

「どうせ死……らせめて自……で……」

「この声、おばけじゃない!っていうか、もしかして果物屋のおばさんに研ぎ師のおじさんの声かな?それに隣の家のお兄さんっぽいのも……」

 毎日耳にする声の波長で村の記憶が蘇る。会う度に声をかけてくれる、優しい人のいたあの景色を……。魔物に関係していた流亥に当たりの強い村人が多かったのは確かだが、全ての人がそうでは無かった。そこにあったのは恨むべき村では無く帰るべき故郷であった。

「そうか、あそこは僕の家だったんだ!もう一度あの村にみんなの笑顔を戻してあげたい!」

 流亥がそう言った時、彼が爪を立てていた地面に閃光が放たれ崩落した。穴が空いたとは言っても流亥一人が落ちれるくらいの小さな穴だ。どうやらこの丘の中身は空洞となっていてそこに落ちてしまったようである。

「なんだ!奴らが来たか!」

「攻撃か!」

「若いもんは前へ!」

「いや、若いもんこそ後ろさ!年寄りばっかり生き残ってどうしろってんだ!」

 その音からクリティアスの攻撃と判断した村人たちはドーム状になっている内部の端に固まった。が、薄明光線の如き穴からの光に照らされる流亥を見て数人の村人が「流亥……なのか?」と反応を見せた。

「いてて……爆発魔法、お母さんに教わったのが勝手に出ちゃったのかな?」

「丸瀬流亥……お前もあいつらの味方だったのか!?」

「俺!こいつが村から出てくの見たぜ!」

 中年くらい村人は口々にこう言った。流亥は絶望する。「どうしてこんな奴らのために勇気なんざ出してしまったんだろう」と小声で言ってしまうほど。

 だが、救いもあった。

「いや、その考えは安直すぎます。もし流亥が敵なら天井ごと崩落させるという手段を取ったはずです」

「そもそも奴らはわざわざ俺らを魔物で脅かして、逃げたところを捕まえて幽閉したんだ。殺すことよりも奴隷化することが目的のはずさ」

「そうよ!同じ村の人に対して疑心暗鬼になってどうすんのよ!流亥ちゃんの何が怪しいって言うの?」

 若い村人や彼と親しかった人が擁護してくれる。そして流亥の心の中では海獣退治に向かう前の信吾の言葉が反芻された。

(誰かに対する勇者……ぼくは、ぼくの事を信じてくれる人のために勇気を出したい!)

「みんな聞いて!ついさっき村を襲った魔物……いや、海獣を倒してくれたお兄さんが今、この島を襲ってる組織と戦ってるんだ。でも、多分、そんなに上手くいってないんだと思う。だから、みんなの力を貸して欲しいんだ!」

 少しばかりしんとする。がそれはすぐ破られた。

「自分の村を守ってもらって、当の本人達は知らんぷり……なんて事は出来ねぇな。俺は行くぜ」

「同感だが……魔物を倒せるような人が苦戦してるんだろ?俺たちに何が……」

「数は力さ。それに、いつも戦いで強いのは故郷に攻め込まれてる側なんだぜ!」

 多くの若者が流亥に賛同してくれたばかりか、疑いで目が光っていた中年達も彼の演説に少しは心を動かされたらしい。釈然としなさそうだが、計画には乗ってくれそうだ。

 そんな中年の一人が「戦ってやりたいのはやまやまだが、ここから出らんねぇんじゃあなぁ」と嫌味っぽく言った。

「大丈夫だよ!」流亥は気丈に言った。「ぼく、思い出したんだ。爆破魔法、いや、爆裂魔法の使い方を。これでみんなを絶ッ対に外に出してみせるから!」

 こう言って流亥はドームの壁際に移動し、壁面に右手の全指先を立てる。そして爪を立てるようにして指先を食い込ませる。

「久しぶりに使うけど、成長したぼくの力……お父さんお母さん、見ててね!クリムゾンマジック・イクスプロージング!」流亥がこう言った瞬間、丘の壁面、即ち岩の塊が連鎖して次々に爆破されていく。次の瞬間には大きなトンネルがかっぽりと空き、ドーム内に更なる光を差し込ませた。

「さぁ行こう!さぁ向かおう!信吾お兄さんとファスランお姉さんが危ない!」

 緊張からの解放、そして「村を守る」という統一された気持ちによって村人達の興奮度はマックスに達していた。

「敵はどこにいる!」

「入江の方!」

「よし、お前ら!入江だ!行くぞォ!」

 村人達は若者を先頭にひとつの軍団となって駆けていく。しかし、そんな中一人だけ冷静を保っている流亥は本来見ないはずのものを見てしまった。それは、遠くに見える村の方から天に向かって生えている、真っ赤で尖った、異形のものだった。

「そんな……ありえない。だってぼくも、遠目だけど死体を見たはず、なのに……」

 その生物は体表が赤いが、触手の部分だけは違った液体で赤くなっているように思えた。

「いいぃぃぃいいい!イカだぁー!」

 真っ赤に焼けたイカの海獣は村人らに気づくと、全速力で迫ってきた。

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