ユグドラシルシステム

 信吾は手足を縛られファスランの横に跪かされた。金と赤の荘厳な色合いの椅子に座らされているファスランと比べればかなり雑な対応だ。

「ここまでバレずに入ってくるなんて恐れ入ったよ。でも、電気魔法のエネルギー切れだったみたいだね。それとも、動揺して力が上手く使えなくなっちゃったかな?透明じゃ分からなかったが、中々いい男じゃないか。くくく、ファスランくん、いつの間にボーイフレンドなんて作ってたのかな?」

 笑う男、アウルは他の構成員と違って不気味な見た目をしていた。部下が黒い服を着ているのに対して彼は赤く、襟付きのジャケットの首周りには緑色のジャボが垂らされている。そして何より、彼のつけている仮面も他と同じく魚の骨だが、異なるのは仮面から伸びる脊椎骨が後頭部から垂れ下がり地面にも擦っていることが気になる。深海魚を思わせるグロテスクかつ神聖な見た目は、彼がクリティアスで最高位にいる事を端的に示しているようだ。

「まあ、そのボーイフレンドが傍にいれば少しは素直になってくれるだろう」アウルは運び込まれた黒いアタッシュケースを開きながらそう言った。

 アウルはアタッシュケースから何かを慎重に持ち上げる。両手を添えてゆっくり持ち上げる様は、それが彼にとって非常に重要なものという事を表しているだろう。

 彼が二人に見せつけてきたのは木だった。ブーメランのように曲がった一筋の根が二つくっついている、X字形とでも言った方が分かりやすいかもしれない見た目だ。

「ユグドラシルシステム。その苗さ」アウルはそれを見せつけながら二人にそう言った。「この星の生命を司る制御機器のようなものだよ」

「それを私に見せつけて、一体何をさせようって言うの?」

「おや、君はこれを知らないのかい?」意外そうな顔をするが、アウルは話を続けた。「私達の目的は単純明快、この星に楽園を作ることさ。でも、この星にはあまりにも非知的生命が多すぎる。だから削ろうと思ってね。そのためにはユグドラシルシステムが必要不可欠って事だよ。だが、これはまだ起動していない状態なのさ。当然、起動させなきゃ何でもないただの苗。つまり、君にはユグドラシルシステム起動のための人柱になって欲しい。これは君にしかできない事だからね!」

 こう言いながらアウルはユグドラシルシステムをファスランに近づけると、苗から産毛のような髭根が生まれ彼女の方に伸びていく。

「いやァ!やめて!」

「はは、ここじゃやらないさ!あはははは!」アウルはあからさまに楽しんでいた。

「てめぇ、黙って聞いてれば訳わかんないことやりだしやがって!」信吾はたまらず叫んだ。

「おや、君がいた事を忘れていたよ。えっと……君の名前は何だったかな」

「言うかよ」そう楯突く信吾に対し、アウルもしゃがんで肩に手を当ててきた。

「……ヤナギダハラ、シンゴ……か。へぇ、って事はあの勇者の血筋の人かな?」アウルはにんまり笑いながらこう言う。

「な、なんで僕の名前を!」

「言っても君には分からないから言わないよ。にしても、信吾くんも面白いねぇ。鎧と身体が高電圧とクリティリウムの反応によって結合してるって感じかな?ははは!人間って面白い生き物だね。弱いからこそ、強くなる意思がある。私はそういうの大好きだよ」

 アウルは立ち上がって身体をくねらせる。

「それじゃあこれよりユグドラシルの半覚醒実験行う。ファスランくん、よろしくね」

「な、何をする気!?」

「さっきの続きだよ。魔族のエネルギーにユグドラシルシステムがどれ程の反応を示すのか気になるんだ」

「おいやめろ!乱暴な真似は……」そう叫ぶ信吾はクリティアス兵によって口を縛られ、頭を地面に叩きつけられる。

「邪魔をしないで欲しいな信吾くん。私は君を気に入ったんだ。そうだな……全てが終わったら、人間と魔族のハイブリッド体を作ろうと思ってたんだが、君をその種人間にしてやろう」そう言い、アウルはユグドラシルシステムを部下に手渡すと、黒い縁に緑とオレンジという華美な椅子に腰掛けた。

「疲れた。あとは頼んだぞ」

 苗を渡された兵士はアウルに敬礼しながら「ネヲンクリティアティー!」と言うと、再びファスランにユグドラシルシステムを近づける。

「きゃあ!やめてやめて!気持ち悪い!」

 ファスランは何度も顔をしかめて苦しさを露わにする。手脚は死にかけの虫のようにバタつき、それに呼応するように苗も根と幹を放射状に伸ばしていく。そんな彼女に対して何も出来ない信吾は悔しい気持ちで心が煮えくり返っていた。

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