ファスラン救出大作戦
「ファスランが連れ去られた……だって!?誰に!いつ!」
「わかんないよ!連れ去られたのは信吾お兄さんが魔物のところに行ってすぐくらいだけど……怖くなって岩の奥に隠れてたらお姉さんが……」
動揺する流亥を見て、信吾も自らを落ち着かせ冷静さを保とうとした。
「犯人の特徴は?」
「頭にね、骨みたいのをかぶってた!」
「何の骨か分かる?」
「うーん……大きな魚、かもしれない」
大きな魚。それはもう海獣のことで間違えないだろう。先程も見た通り海獣は魔物と違って死んでも身体が魔素に還元されない。とすれば、骨だって残るはずだ。
それによくよく考えればファスランは海獣に襲われていた。そして今回は海獣の骨を被った人間に攫われたのだ。奇妙な関連にきな臭さを感じた信吾は、流亥を抱えて跳躍し、洞窟を超えてその上の丘に着地する。さらに走って丘の頂上までいく。
すると、丘の向こうの入江が見える。そこにはサメ、タコ、ウミヘビの見た目をした海獣が集まっていて、それらが巨大で真っ赤な戦艦を取り囲んでいた。
「なーんだこりゃ……思ってたのとだいぶ違うな。こんな派手なことしてまでファスランのことが欲しいのか?」
「見てあれ!僕が見た人と一緒の格好!」
彼が指さした方には、黒いジャケットと黒ズボンを着て緑のベルトをしているという先進的な服装をしているも、頭には魚と思しき骨の仮面を被った怪しい人物がちらほら。一人や二人ではなく、そこにいる人物全てがその格好だった。その構成員らしき人々が三人ひとかたまりで銃を片手に規則正しく脚を出して行進している。
「怪しさ満点だな。よし、あの戦艦の中を探ってみる。必ずファスランは連れ戻してみせるからな」
「うん!ぼくは何すればいい?」
「お前は……」信吾が当たりを見渡すと、丘の上に一本植わっている朽ちた大きな木の幹に、ちょうど流亥が入れるだけの穴が空いていた。「よし、僕が帰ってくるまでここに入って待っててくれ。流亥を危険な目に合わせるわけにはいかないからな」
「でも~!」
「でもじゃない!勇者の僕に任せとけって」
信吾はそう言って流亥をあしらった。爽やかな潮風が吹いている。それは真っ青な空を駆け、大地を撫でて草木を揺らす。そんな風は、自然界には不釣り合いな黒々として物々しいパワードスーツにも吹きついた。
「行ってくる」
一方的にそう言って彼は入江の戦艦に向かっていった。
光学迷彩というものを知っているだろうか。光を真っ直ぐではなく曲げて反射することで事で他の人間から見えなくなる、つまるところ透明になることである。
「ゴールドマジック・ライデンフィルム展開!」
この摩訶不思議な現象を、信吾のパワードスーツから繰り出される高電圧により光の屈折率を変えることで実現することが可能だった。
透明化した彼は大胆にも艦首の先から伸ばしてある板状の簡易的な橋、つまり真正面から侵入することにした。足音を出さぬよう細心の注意をはらいながら橋を渡り甲板に出ると、またふっと風が吹いた。この組織の構成員はほとんど外に出払っているようだ。
「ネヲンクリティアリー!」
刹那、信吾が上がってきた橋方面から声が上がった。中年の男の声だ。その容姿は他の兵士の例に漏れず仮面姿だった。男のほぼ真正面に立ちながら彼は息を潜める。透明でなかったらどれどけ滑稽な絵面なんだろうと想像して思わず笑ってしまいそうだ。
「……はい、はい。左様でございます。邪魔になりそうな者は監禁、衰弱の後に我が軍の雑兵として……」
男は鱗のようにギラギラ光る手袋で覆った掌を骨の仮面に潜り込ませ耳に当てているようだ。
(遠隔で意思疎通が取れる魔法か……?)
男の言葉使いから、会話をしている相手は彼よりも位が高いのは確実だろう。信吾は彼の一挙手一投足を観察する。
(こいつ、時折顔の向きが艦橋の方に向くな。ってことは、相手はこの中か)
「あぁ、ファスラン様はまだ納得してくれないのですか。はぁ。はぁ。プレゼントですか。確かにあれを見せればこちら側に着いてくれますでしょうなぁ!」
(ビンゴ!)
ファスランの名が出たのなら間違えない、彼女は艦橋最上階に捕らえられている!男がこの場を去ったか否か、信吾は目的地へと馳せ参じた。赤い船体に対して真っ黒な艦橋はあからさまに特別な雰囲気が醸し出されていて、その内装は極めてシンプルだ。薄暗く深い青色の金属で床、壁、天井が構成された通路で、筒の中を通っているような感覚を覚える。上に登るためには螺旋階段を登る仕様になっていたが登る時間もないため、スーツの力で高く跳躍し空気圧でその勢いを保つことで最高階まで一気に垂直に飛んでいった。
くらっ。信吾は着地と同時にぐらついた。通路の奥、他と違って黒く塗られているシンプルかつ重厚な扉の奥からは声が漏れ聞こえてきている。その両隣には警備兵の仮面男が二人立っているがお構い無しにドアに耳を当てる。
「さぁ御令嬢、そろそろ素直になってもらわないと困るね。私がこう頭を下げてるじゃあないか」
若い男の声だ。声が籠って聞こえるのは仮面をかぶっているからだろうか。
「我がクリティアスは君の身を案じているのだよ。勿論、長である私が一番、ね?」
「ふざけないで!」男の声を遮るようにファスランの声が聞こえた。「そんなに私を心配してるなら自由にしてよ!」
「それはできないね。君のことを案じているのは君が好きだからじゃなくて、私達の計画に必要不可欠だからだよ」男は冷たくそう言い放った。ファスランの荒れる呼吸が聞こえる気がする。「君は私達の光なんだよ」
場の空気が重い。それに反比例するように男の声色は高まっていき、いたずらっぽくなる。
「あぁ、そうかそうか!光だなんて失礼だったね。君を本格的に怒らせる前に謝っておくとするよ。魔王の御令嬢、ファスラン・アルゴール。すまなかった。君には闇が似合っているよ」
信吾には男が何を発したのか一瞬分からなくなったが、彼ははっきりと代々の魔王姓アルゴールを聞いてしまった。
(ど、ういうこと、だ?ファスランが魔王の娘ってことか?なんでったって一体こんなことを言う必要が……)
彼の頭の中は無秩序に回り、カオスを体現した。ぐらり、と視界が揺れた。
「なんなの!私が最後の魔王族だからって貴方たちのなんになるってのよ!」
ファスランは男に向かって吠えてみせた。その姿は怖いから叫ぶあの兵士たちに重なった。そんな彼女の姿を見て身体をくねらせて笑う。
「アウル様!YGDR533をお持ち致しました!」
「ご苦労。入りたまえ。ふふ、君の身の上話は君にとっては分かりきった事実でも、彼にとっては衝撃だったみたいだよ」
アウルは口角をいやらしく上げる。鼻から上が仮面で隠れているため余計に口元が強調されているように感じる。
扉が開かれた。その奥には黒いアタッシュケースを持った仮面の男と、警備兵に両腕を掴まれて捕まっている信吾の姿があった。
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