6話─怒る王子と笑う令嬢

「クソっ、何ということだ……あと少しのところで邪魔されるとは! おい、まだ逃げた奴らは見つからないのか!」


「も、申し訳ありません王子。現在、ハプルゼネク領を含めて王国各地を捜索していますが、手がかりがまるでなく」


「それを見つけ出すのがお前たちの仕事だろうが! つべこべ言わず捜索してこい!」


「は、はぃぃ~!!」


 一方その頃、カストルは自室にて部下のほうこくを苛立ちながら聞いていた。処刑寸前でフィルにアンネローゼとオットーを連れ去られ、計画を崩され……。


 今のカストルは、大いに荒れていた。報告に来た兵士を怒鳴りつけ、再度アンネローゼたちを探しに向かわせる。


「流石に領地には帰っていまい、となるとシュヴァルカイザーと共に王国の外に脱出したはず……。クソッ、面倒なことをしてくれやがって!」


「カストル様、そうお怒りにならないでくださいな。大丈夫、貴方にはわたくしが着いています。何も心配はいりません、全て上手くいきますよ」


 燭台を蹴り倒していると、一人の女が部屋の中に入ってきた。淡い紫色をしたベリーダンスの衣装を身に付け、口元をベールで隠している。


 女……メルクレアが来たことに気付き、カストルは嬉しそうに笑みを浮かべた。女を手招きし、並んでベッドに腰掛ける。


「おお、メルクレア! 我が麗しの姫よ! よく来てくれた、さあこちらへ」


「カストル様の障害となる者は、全て排除しますよ。わたくしとが必ず、ね」


「期待しているぞ、メルクレア。俺は貴族どもの切り崩しとアンネローゼクソアマの捜索で忙しい、シュヴァルカイザーは任せる」


「ええ、お任せくださいまし。必ずや、かの漆黒の皇帝を仕留めてみせましょう。我ら闇の眷属の手で」


 カストルの肩に寄りかかり、メルクレアはそう答える。ベールで隠された口元が歪んだ笑みを浮かべていることを、カストルは知らない。



◇──────────────────◇



「……ということで、今日からフィルくんとお付き合いさせてもらうことになったわ! いいわよね、お父様?」


「またお前は突拍子もないことを……。いいのかい、フィルくん。こんなじゃじゃ馬が相手で」


「あの、反対しないんですか?」


 夕方、アンネローゼは談話室にてオットーにフィルと交際することになった旨を伝える。もちろん、膝の上にはフィルを乗っけていた。


 娘からの報告を受け、オットーはため息をつく。そんな彼に、フィルは質問を投げかける。


「ん? ああ、もう世間体を気にするような立場じゃあないし……それに、あんなことがあったからね。これからは、アンネの好きなように恋愛をさせてあげようと思っていたんだよ」


「まあ、金輪際どこかの誰かとの婚約や縁談なんてしたくないわね。もう二度と受けないわよ、そういうのは」


 婚約破棄の一件から、オットーは考えを改めた。貴族としての地位を失った以上、これまでの価値観で娘を縛りたくない。


 なので、これからは彼女のやりたいように人生を謳歌させるつもりでいたのだ。……こんなにも早く、異性と交際を始めるのは想定外だったが。


「それに、君になら安心してアンネを預けられるだろうと思ってね。二人が出かけてる間にギアーズ先生から聞いたよ、君のことをいろいろと」


「え……あの、博士は何て言ってました?」


「思いやりと正義感があって、誰にでも誠実ないい子だと褒めていたよ。命を救ってもらった以上、私も君を信じる。だから……娘を、アンネを頼むよ。フィルくん」


「はい! 任せてください、アンネ様は僕が守りますから!」


 オットーにそう答え、フィルはむんっと胸を張る。そんな少年が可愛くて仕方ないようで、アンネローゼはしきりに頭を撫でていた。


「はー、フィルくんってばホント可愛い。どうしてこう、いちいち仕草が可愛らしいのかしらね? 小動物みたいな愛くるしさがあるわ」


「あの、頭をなでてくれるのは嬉しいんですけど……オットーさんが見てますから」


「恥ずかしいんだ? 分かった、なら私の部屋で存分に撫で回すわ! ついでにあんなことやこんなこ」


「こら、それはまだ早いぞアンネ! もっと清い付き合いをしなさい、せめてフィルくんが成人するまでは!」


「冗談よ冗談。お父様ったらバカ真面目なんだから」


 空気が和み、談話室に笑いが生まれる。そんな中、ギアーズがやって来た。何か頼み事があるようで、フィルに声をかける。


「おーい、フィルや。インフィニティ・マキーナの製造に使う鉱石が切れたぞ。悪いが、新しいのを採ってきてもらえんか」


「はーい、分かりました。……いい機会ですし、アンネ様たちにも教えていきましょうか。僕の秘密をね」


「秘密……? いいわよ、何でも教えてちょうだい。今更そうそう驚くようなことなんてないもの!」


 アンネローゼの膝から降り、フィルは伸びをする。少し離れたところに歩いていき、両手を前に突き出した。


「博士、でいいですね?」


「うむ。あの世界はいい。では稀少な資源が潤沢に採れるからな」


「ん? フィルくん、何をしてるの?」


「今から、『並行世界』に行くための門を作るんです。僕の一族だけが持つ、特別な力でね」


 アンネローゼの質問に答えた後、フィルは自身の目の前に金色に輝く円形の門を作り出す。取っ手を掴み、門を開くと……。


「わ、凄い! 鉱山かしら? 大きな山が見えるわ!」


「こ、これは一体……」


「ホッホッホッ、驚いたかい? これがフィルの持つ力の一つじゃよ。わしらがいる世界とは違う、そうさなァ……『もしも』の可能性が具現化した別の世界と言うべきかな」


 門を覗き込み、向こうに広がる風景を見ながら驚きの声を出すアンネローゼとオットー。そんな彼女らに、ギアーズが解説を始める。


「分かりやすく言えば、今わしらがいる世界が木の『幹』で門の向こうにある世界が『枝』じゃ。この世界から枝分かれし、異なる歴史をたどった世界が無数にあるのだよ」


「へー! それじゃあ、私たちが陰謀で失脚させられなかった世界もあるわけ?」


「はい、当然ありますよ。並行世界は無限の可能性に満ちてますからね、僕たちの予想もつかない奇想天外な世界も存在してるんです」


「うーむ……話が壮大過ぎて理解が追い付かんな……」


 素直に驚くアンネローゼと、話についていけないオットーの反応の違いに笑いつつ、ギアーズはフィルに依頼を行う。


「はっはははは! さて、フィルよ。いつものように鉱石を採掘してきてもらいたい。加工はわしがやるでな、頼んだぞ」


「分かりました。いつもみたいにウルの陰陽鉄とブルーメタル、オリハルコンのセットでいいですね?」


「うむ、任せたぞ!」


「はい、では行ってきます。出来るだけ早く終わらせて、お夕飯を作りに戻りますからね。今日はご馳走を作りますから、楽しみにしててください」


 そう言い残した後、フィルはシュヴァルカイザースーツを纏い門の向こうへ飛び込んでいった。門が閉まり、そのまま消える。


「ね、博士。フィルくんってお料理得意なの?」


「そりゃもちろん。わしが家事をしようもんなら、火事が起こるからな。炊事洗濯掃除に裁縫、全部フィルにやってもらっとる。あやつの飯、かなり旨いぞ?」


「先生、そんなに誇らしそうに言うことではないと思いま……いった!」


「オットー、余計なことを言うクセは直せと昔言ったろう。まだ直っておらんかったようだな、全く」


「おおおおお……」


 生活力ゼロの師に突っ込みを入れたオットーだったが、即座に脳天にチョップを食らい撃沈した。頭を押さえて悶絶する父を見下ろし、アンネローゼはやれやれとかぶりを振る。


「ま、いいわ。ならフィルくんが帰ってくるまで自主訓練してよっと。バルキリースーツを使いこなせるようにして、フィルくんを驚かせちゃうんだから! そしたら、ご褒美にちゅーなんて……」


「いやぁ、それは厳しいのう。あやつ、とんでもなく奥手じゃからな。そっちからグイクイ行くくらいでちょうどよいかもしれん」


「そっかー……。あ! じゃあじゃあ、博士がフィルくんについて知ってること教えてほしいわ。私、フィルくんのこと全然知らないもの」


「ん、よかろうて。では、場所を変えよう。ここにいるとアホの呻き声で集中出来ん」


「はーい」


 悶絶しているオットーを放置して、アンネローゼはギアーズと共に談話室を去る。残されたオットーは、しばらくのたうち回っていた。

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