7話─フィルの過去
ギアーズの部屋に移動し、フィルについての話を聞くアンネローゼ。和風の内装に興味をそそられつつ、奥の間にてギアーズと向かい合う。
「まずは、あやつとの出会いから話すか。フィルと出会ったのは今から二年ほど前……寒い冬の日じゃったな」
「ふむふむ」
「当時、学会を追放されたわしは冒険者ギルドで
「え? そうだったの?」
ギアーズの方からフィルに接触したということを聞き、アンネローゼは目を丸くする。一方で、彼が聞いたという『噂』にも興味を持つ。
「それでそれで? その時フィルくんは何をしてたの? 冒険者ギルドってことは」
「うむ、わしと出会う少し前まで冒険者『だった』のじゃ」
「だった? 過去形なの?」
「……わしと出会う少し前に、フィルは組んでいた冒険者たちにパーティーを追い出されたようでな。その者たちの嫌がらせで、ギルドからも追放されておったんじゃよ」
思いもしなかった言葉に、アンネローゼは絶句してしまう。固まってしまった彼女から視線を外し、ギアーズは窓の外を見ながら話を続ける。
「フィルは、少々イレギュラーな存在でな。無限の魔力を持ちながら、魔法を使うことが出来ない存在だったのじゃよ」
「無限の……魔力!?」
「そうじゃ。魔法が使えたのであれば、歴史に名を残す大魔導師になったろうに。魔力タンクとして酷い扱いをされた後、用済みとして捨てられたと言っておったよ」
「そんなこと……許せない! フィルくんは当時十歳でしょ? よく子どもにそんなこと出来るわね!」
フィルの過去を知り、アンネローゼは怒り狂う。恋人に無惨な仕打ちをした者たちに憤激し、歯ぎしりをする。
そんな彼女をなだめつつ、ギアーズは話を続ける。努めて冷静に振る舞おうとしているが、彼もフィルを追いやった者たちへの怒りを抱いているのが雰囲気が分かった。
「出会った当初は、まあ酷いもんだった。不信感と敵意を剥き出しにしておったからな。ま、無理もないがの。後から聞いたが、故郷でも魔法が使えないからと酷いいじめを受けた末に追い出されたらしい」
「本当に酷い……! もしそいつらに会う機会があったら、骨をバキバキにへし折って顔をボコボコにしてやる!」
「どうどう、落ち着け落ち着け。今怒っても仕方あるまい。……話を戻そう。わしがフィルに接触したのは、彼が持つ無限の魔力に着目したからじゃ」
多少話が脱線したものの、すぐ本題に戻った。ギアーズはフィルの持つ無限の魔力を用い、『ある計画』を進めるつもりだったのだと言う。
「わしは今から十五年前、インフィニティ・マキーナの雛形となる機体を設計し論文を発表した。闇の眷属の侵攻に備え、最強の兵団を作り出すために」
「それとフィルくんに、何の関係があるの?」
「当時の理論では、インフィニティ・マキーナを動かすための動力コアが作れなかった。スーツを起動させるには、莫大な魔力が必要だったのじゃよ。結果、わしの論文は役に立たたんとして学会を追われたのだ」
「ああ、お父様も確かそんな感じのことを言ってたわね。あ、もしかして!」
「うむ。わしの計画を成就させるには、フィルが持つ無限の魔力が必要だった。十五年の月日をかけて研究を進め、フィルと出会い……ようやく計画が形を成してきたのじゃ」
要するに、自身の計画のためにフィルに協力してもらう必要があったということらしい。人間不信に陥っていたフィルの心を開かせるのに、丸一年を要したとギアーズは語る。
それだけ、フィルが負った心の傷は大きかったのだ。その話を聞き、アンネローゼは自分のことのように心を痛める。
「フィルくん……あなたも私と同じだったのね。信じていた人たちに裏切られて、捨てられて……」
「ああ、今のように立ち直ってくれたのが奇跡じゃよ。まあ、そんなわけで彼と共同研究した結果生まれたのがダイナモ電池なのだ。あの中には、フィルが宿していた無限の魔力が格納されているのだよ」
「結構凄い代物なのね。あれ? でもフィルくん、普通にテレポート魔法使ってたような」
「うむ、ダイナモ電池にちょいと細工してな。フィルが魔法を使えるようにしたのじゃよ。わしに協力してくれたお礼としてな」
そうして完成させた最初のインフィニティ・マキーナがシュヴァルカイザースーツなのだと、ギアーズは過去を懐かしみながら話す。
そんな彼に、アンネローゼは問う。結局、学会を見返すことは出来たのかと。
「うむ、シュヴァルカイザーをお披露目した途端、目の色を変えて食いついてきおった。名誉教授として復帰してほしいと懇願されたが、お断りしてやったわい」
「えー、そんなもったいないじゃない!」
「よいのじゃよ、元から古い習慣に縛られて錆び付いた学会など見限っておったしな。それよりは、こうしてのんびりと研究してた方がよっぽど有意義じゃ」
「穏やかな思考してるのね、博士って。私だったら、学会に復帰して嫌味満々で接するもん」
最初の怒気はどこへやら、アンネローゼはクスクス笑う。よく笑い、よく怒る。良くも悪くも、彼女は感情の起伏が激しいのだ。
「そうだ、フィルくんの方はどうなったの?」
「本人にもう、冒険者ギルドに戻るつもりがまるで無くてな。正体が広まると鬱陶しいからと、自分がシュヴァルカイザーなのは秘密にしてくれと頼まれたのじゃ」
「あー……そうね、私がフィルくんの立場なら戻りたくないわ。そっか、だから正体を隠してヒーローをやってるのね」
フィルの気持ちは、アンネローゼもよく理解することが出来た。彼女とて、仮にカストルが考えを改めて土下座してきても戻る気などない。
むしろ、骨バキバキの顔ボコボコに叩きのめした後唾を吐き捨てて去るだろう。裏切られた者が裏切った者へ抱く憎しみは、並々ならぬものなのだ。
「うむ。ま、わしから話せる過去はこれくらいだな。もっと昔の話が聞きたいなら、本人に聞いてみるといい。話してくれるかは分からんが」
「ありがとう、博士。おかげで一気にフィルくんに親近感が湧いたわ」
「そうかそうか、それはよかった。では、ついでにとっておきの話を聞かせてやろう。フィルのおもしろ珍エピソード集を」
「は・か・せ? 一体アンネ様に何を吹き込むつもりなんですかぁ?」
アンネローゼに感謝され、調子に乗ったギアーズが話市出そうとした次の瞬間。金色の門が二人の間に現れ、そこからフィルが顔を覗かせた。
バイザーの向こうにある目を細め、いやにねっとりした声で穏やかに尋ねるフィル。一方、問われたギアーズは顔面蒼白になり冷や汗をダラダラ流す。
「あ、いや、そのこれはじゃな……。ちょっとしたお遊びというか、場のノリというか……そもそも、よくまあタイミング良く戻ってこれたの!?」
「忘れたんですかぁ? どこの平行世界にいても、この『基底時間軸世界』の様子は分かるんですよぉ、僕はぁ」
ねっとりした声を出しつつも、怒りのオーラも醸し出すフィル。そんな少年を見て、アンネローゼは心の中で一つ思う。
(……怒ってるフィルくんも可愛いわね)
あばたもえくぼ、惚れた相手が何をやってもアンネローゼには愛しく見えるらしい。もっとも、怒りを向けられているギアーズからすればたまったものではないが。
「博士……これはおしおきが必要ですね。今日のお夕飯、罰としてお漬物だけにしますから」
「んなっ!? そんな、老体に酷い仕打ちを!」
「ダメです、もう決定事項です! たまには慎みというものをその身で学んでくださいね、博士!」
「まあまあ、そう怒らないでフィルくん。博士だって悪気があったわけじゃないんだし、ね?」
門から出てきたフィルは、スーツを脱ぎつつそう宣告する。流石にちょっと可哀想になったアンネローゼは、フィルを宥めようと試みる。
後ろからぎゅっと抱き着き、耳元でささやく。ついでにふーと息を吹きかけると、茹でダコのようにフィルの顔が赤くなった。
「ひうっ! ふぁ、ふぁい……まあ、アンネ様がそう言うなら……。命拾いしましたね、ギアーズ博士。今回はアンネ様に免じて許してあげます」
「た、助かった……」
「よしよし、これで万事解決! さ、お夕飯にしましょ! 私、お腹空いちゃった!」
ホッと安堵しつつ、ギアーズはアンネローゼに感謝のアイコンタクトを送る。ひょいとフィルを抱っこし、アンネローゼは部屋を出る。
「……ところで、台所ってどこにあるのかしら?」
「あ、それならあそこの角を曲がった先にあるエレベーターで……って、そろそろ降ろしてもらえませんか?」
「ダメ! もうしばらく抱っこするの!」
「は、恥ずかしいですよ!」
「ほっほっ、一気に仲が良くなったの。ん? 何か忘れておるような……ま、いいか。わしもキッチンに行くとするかの」
廊下から聞こえてくるフィルたちの声に耳を傾け、ギアーズは微笑む。一瞬、何か思い出さないといけないことがあるような気がしたが、すぐに気にするのをやめた。一方……。
「おおお……だ、誰も戻ってこない……もしかして、忘れられてる……のか……?」
談話室では、未だにオットーが悶絶しているのだった。
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