2話─アンネローゼの決意

「さあ、着きました。ヴェリトン王国の遙か南……マテュラ密林へようこそ!」


「わあ、森がどこまでも続いているわ。綺麗……」


 長距離テレポートを用いて王国から脱出した三人。一行が到着したのは、王国から遠く離れた地にある熱帯のジャングルだった。


 少しずつ高度が下がっていく中、アンネローゼとオットーは雄大な自然に感動を覚える。しばらく進んでいくと、前方に断崖絶壁が見えた。


「シュヴァルカイザー様、このままだと崖にぶつかりますが……」


「それなら問題はありません、閣下。あのテーブルマウンテンこそ、僕の基地ですから」


 オットーが心配そうに尋ねると、黒き英雄はそう答える。テーブルマウンテンのふもとに降り立ち、アンネローゼたちを降ろす。


 そして、人の手のような形をした岩に右手をかざして魔力を送り込む。すると……。


「おお、入り口が出てきたぞ!」


「凄い、こんな隠し扉があるなんて」


「さあ、入りましょう。僕の仲間も、首を長くして待っていますから」


 シュヴァルカイザーに促され、アンネローゼたちは崖に現れた入り口の中に足を踏み入れる。全員が入ると、ひとりでに扉が閉じた。


 長い通路を進み、階段を登っていく。少しして、通路の行き止まりにある扉の元にたどり着いた。扉を開け、中に入る。


「ギアーズ博士、ただいま戻りました。無事、ハプルゼネク閣下を助けましたよ」


「うむ、よくやってくれた! オットー、久しいな。相変わらず贅肉まみれだなお前は」


「あなたは……ギアーズ先生!? 何故あなたがここにいらっしゃるのです!?」


 扉の向こうは、広いコントロールルームになっていた。大きな窓ガラスの向こうには、ジャングルが広がっている。


 シュヴァルカイザーが声をかけると、天井付近からアームが付いた椅子が降りてくる。そこには、白ひげを蓄え白衣を着た老人が座っていた。


「お父様、このおじいさんと知り合いなの?」


「ああ、この方はアレクサンダー・ギアーズ博士だ。私が王国大学の学生だった頃、教鞭を取っておられたんだよ。それはもう、大変お世話になった」


「ほうほう、そちらの娘っこがお前さんの娘か。うんむ、目元がよう似とるわ。わしが紹介にあずかったアレクサンダー・ギアーズだ。よろしくのう、えーと」


「アンネローゼ・フレイシア・ハプルゼネクと申します。以後お見知りおきを、ギアーズ様」


 床まで椅子を降ろした後、老人……ギアーズは立ち上がりつつアンネローゼと挨拶を行う。かつての師との再会に、オットーは嬉しそうだ。


 ギアーズもまた、かつて教え導いた生徒との再会に笑顔を見せる。部屋の奥にある扉を指差し、ギアーズは二人に声をかける。


「二人とも、奥の部屋に来るといい。余り物の茶菓子くらいは出せるからな。フィ……シュヴァルカイザー、君も来るかね?」


「ええ、お伴します。それと、博士。お二人にはしばらくここに滞在していただく以上、遅かれ早かれ素性を明かすことになるんですし……いいですよ、本名で呼んでも」


「そうか? お主にしては随分思い切りのいいことを言うな。なら、まずはそのフェイスシールドを脱いだらどうだ?」


「……それもそうですね。では……」


 そんなやり取りをした後、シュヴァルカイザーは耳の後ろの部分に手を伸ばす。正体不明のヒーローの素顔を見られる……とあって、アンネローゼは興味深そうに見つめている。


 ヘルメットのスイッチが押され、頭頂部から前後に割れてスーツに収納されていく。現れた素顔は……。


「では、改めて自己紹介しますね。僕はフィル。フィル・アルバラーズと言います。侯爵閣下、アンネローゼ様、以後お見知りおき」


「か、可愛い……」


「へ?」


「とっても可愛い……! まるで天使のように愛らしくて凛々しい顔立ちだわ!」


 ヘルメットの下から現れたのは、幼さの残る顔立ちをした少年だった。ライトニングブロンドの髪と、金色の瞳が一瞬でアンネローゼをとりこにする。


 あどけなさの残る顔に困惑の色を浮かべ、少年……フィルはポリポリと頬を掻く。頬がほのかに赤く染まっており、褒められて照れているようだ。


「えっと、その……ありがとうございます?」


「カッカッカッ、気に入られたようだなフィル。まあなんだ、立ち話は老人には辛い。さっさと応接室に行こうか」


 ギアーズに連れられ、一行はパノラマルームを出て奥にある応接室に向かう。一服して休憩した後、オットーが話を切り出す。


 テーブルを挟んで向かい合わせになり、フィルとギアーズ、アンネローゼとオットーがそれぞれ並んでソファに座る。


「しかし、驚きましたよ。まさか、先生がこんなところにいるとは。だいぶ前に学会を追放されたと風の噂で聞きましたが……」


「まあ、紆余曲折あってな。それは後で話すとして……お前たち、聞きたいだろう? 何故シュヴァルカイザーが君たちを助けたのかをな」


「ええ、それはまあ。先生、一体何故なんです?」


「理由は二つあります。一つは、カストル王子と彼の『協力者』たちの野望を挫くためには、お二人を死なせるわけにいかなかったから。もう一つは……」


「もう一つは?」


「……それは、秘密です」


 ギアーズに代わり、フィルが質問に答える。二つ目の理由を言おうして、アンネローゼをじっと見つめ……頬を赤らめ、ぷいっと顔を逸らしてしまった。


 そんなフィルを見たアンネローゼは、きゅんと胸が高鳴るのを感じた。あまりの可愛らしさに、身体をもじもじさせる。


「ああ、可愛い……。こんな可愛い男の子が、あんなに強いヒーローだなんて思わなかったわ!」


「……話を戻しましょうか。お二人が王子に処刑されれば、王と貴族のパワーバランスが崩れます。その後には、大きな動乱が起こるでしょう」


「そうなれば、後は王子の背後にいる侵略者……『闇の眷属』たちの思うがまま。ヴェリトン王国は瞬く間に奴らの手に落ちることになるのう」


 フィルとギアーズの言葉に、アンネローゼたちは顔を強張らせる。闇の眷属……天に住まう神々の敵対者であり、人間やエルフたちの脅威となる者たち。


 彼らに侵略され、滅ぼされた世界も数多く存在している。アンネローゼたちの住む世界……『カルゥ=オルセナ』もまた、標的にされているのだ。


「なるほど……。確かに、我がハプルゼネク家は諸侯連合を纏める重鎮。それが消えたとあれば、政争が頻発することに……」


「それが狙いなのです、閣下。闇の眷属たちは様々な方法を用いて侵略を行っています。今回のように、内部の者と結託して崩しにかかる事例も多くありますから」


「許せないわね……そんな陰謀のせいで、私たちが殺されかけるなんて! あのバカ王子、今度あったらあばらを蹴り折ってやるわ!」


 カストルから受けた仕打ちを思い出し、アンネローゼは怒りをあらわにする。その時、とんでもないことを思い付いた。


 そんな娘を見て、オットーは嫌な予感を抱く。案の定、その予感は的中することとなった。


「そうだわ! フィルくん、私にあなたのお手伝いをさせてもらえないかしら。こう見えて、武術の心得はあるの。あのバカ王子と、手を組んでる奴らをコテンパンにしてやるわ!」


「こら、何を言い出すんだアンネ! そんなことを言っても、彼が困るだけだろう!」


 アンネローゼを宥めようと試みるオットー。が、アンネローゼはアンネローゼで食い下がることはなかった。


 一度言い出したら、頑として譲らない。良く言えば芯が強く、悪く言えば頑固なのだ。


「だからって、このまま引き下がるなんて絶対に嫌。お父様だって悔しいでしょ? 濡れ衣を着せられて、地位も名誉も何もかも無くしたのよ! それに、命を救ってもらって恩返しのひとつもしないなんて家の恥よ!」


「アンネ、それとこれとは別の話だ! 無茶を言うんじゃない!」


 フィルたちの目の前で、親子喧嘩が始まった。互いに顔を見合わせた後、フィルは手を叩く。乾いた音が響き、アンネローゼたちは言い争いを止める。


 スッと目を細め、フィルはアンネローゼを見つめる。そして、丁寧な口調で答えた。


「分かりました。アンネローゼ様の申し出、受けさせてもらうことにします」


「よいのか、フィル。……ははあ、さては『視えた』んじゃな? 何か面白いものが」


「ええ。それに、ご本人もやる気のようですし……ここで断っても、食い下がるでしょうから」


 ギアーズに問われ、フィルは頷く。先のやり取りでアンネローゼの意思の強さを認識した以上、断るつもりはないようだ。


「やった! フィルくん、ありがとう! お父様と違って話が分かるわね~!」


「わわっ!? い、いきなり抱き着かないでください、アンネローゼ様!」


「あら、顔真っ赤になってる! もう、ホントに可愛い!」


 他ならぬフィル本人に許可を貰い、アンネローゼは喜びのあまり机を飛び越え彼に抱き着く。顔を真っ赤にしてあたふたするフィルをからかいつつ、さらに身体を密着させる。


「ぐむむ……不安ではあるが……まあ、本人たちがそれでいいと言うなら止めはすまい。フィルくん、手の付けられないじゃじゃ馬な娘だが、どうかよろしく頼むよ」


「お、お任せください。侯爵閣下」


「いやいや、そこまでかしこまる必要はないよ。もう爵位なんてない、権力も財産もないおじさんだからね」


 何とかアンネローゼを引き剥がそうと悪戦苦闘しつつ、フィルはオットーに答える。そんな彼に、笑いながらオットーは返事をした。


「そうそう。あと、私のことはアンネって呼んでくれていいわよ。これからよろしくね、フィルくん! ギアーズ博士!」


「分かりました。こちらこそ……ところで、まだ離してはもらえませんか?」


「ダメ!」


 互いの頬をくっつけ、スリスリしながらアンネローゼは朗らかに笑う。その様子を、ギアーズは楽しそうに、オットーはため息をつきながら眺めていた。

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