戦乙女令嬢の成り上がり~陰謀に巻き込まれて婚約破棄されたので、命を救ってくれたショタヒーローといちゃラブしながら世界を救うことにします~

青い盾の人

第1章─黒の英雄と虚風の戦乙女

1話─裏切られた少女

「アンネローゼ・フレイシア・ハプルゼネク侯爵令嬢。本日を以て、君との婚約を破棄させてもらう!」


「え……!? カストル王子、一体どういうことなのですか! 詳しく説明してください!」


 ダンスホールの中央に、二人の男女の声が響く。片方は、赤い礼服を着た金髪の青年。小憎たらしい笑みを浮かべ、相手を見つめている。


 もう片方は、紫色のドレスを着た、腰まで届く長い銀髪が特徴的な少女だ。目は驚きで見開かれ、ブルーの瞳に青年の顔が映り込んでいる。


「どういうことか、だって? はっ、心当たりならあるだろう。君の父、オットー・フォン・ハプルゼネク侯爵は謀反を企んでいる。そんな危険人物の娘との婚約、続けられるわけないだろう」


「嘘よ! お父様は国王陛下に忠誠を誓っているわ! 謀反なんて企むわけがない!」


「黙れ! すでにオットーは地下牢に送ってある。衛兵、こいつも牢獄に連れて行け!」


「待って、話を……」


 舞踏会に参列していた貴族たちがざわめく中、カストルの命令を受けた衛兵二人がアンネローゼを拘束して連行していく。


 それを見送りながら、カストルは嫌らしい笑みを浮かべた。元婚約者が消えた後、舞踏会の再開を宣言しつつ小声で呟く。


「これで計画の第一段階は完了だ。ハプルゼネク家が消えれば、俺の計画も楽に進む……ククク」


 一方、城の地下にある牢獄に連行されたアンネローゼは、狭い牢に押し込まれる。通路を挟んで反対側にある牢獄には、父オットーがいた。


「ここでおとなしくしてろよ。十日後には、国王陛下とカストル様の弟、ボルス王子が外遊からお戻りになられる。その後で裁判をするからな!」


「嫌よ、出して! 私とお父様は何の罪も犯していないわ! 天におわす創世六神に誓う! 本当よ!」


「悪いが、俺たち一兵卒にはどうにも出来ないんだ。大人しくしてれば何もしないさ。今はここでじっとしてるんだな」


 アンネローゼの抗議は聞き入れられず、衛兵たちは去って行ってしまった。残された少女は、反対側の牢にいる父に声をかける。


 牢に入れられたオットーは項垂れており、まるで元気が無い。無実の罪を着せられ、有無を言わせず投獄されてしまったのだから無理もないが。


「お父様……一体、何があったの? 私たち、どうしてこんなことに……」


「アンネ……わしは謀反など企んでおらぬ。何もかも全て濡れ衣だ。恐らくこれは陰謀だ。カストル王子は、わしの影響力の強さが気に入らないのだろうな……」


 アンネローゼに尋ねられ、オットーはそう答える。ハプルゼネク家は有力貴族たちを纏める諸侯連合の盟主であり、多大な影響力を持つ。


 王に匹敵する権勢を、カストル王子が密かに妬んでいるという噂は彼らの耳にも入ってきていた。結果的に、それは真実だったのだ。


「確かに、ハプルゼネク家は有力貴族の筆頭ですが……だからって、こんな無法なことが許されるわけありません! 国王陛下がお戻りになられたら、二人で陳情しましょう。そうすればきっと、私たちの無罪が認められるはずです!」


「うむ、そうだな。とにかく、今は耐える時だ。変な気を起こしてはならぬぞ、アンネ。いくらお前がじゃじゃ馬だからとは言えどもな」


 獄中にて二人が話し合った結果、十日後に帰還する王に事の子細を説明して冤罪であると主張することで落ち着いた。


 だが……。その翌日、当人不在の裁判が行われた結果、二人は国家反逆罪で火あぶりの計に処されることが決まってしまう。


「……ということで、明日二人の処刑が行われることが決まりました。今のうちに、遺言状をお書きください」


「ば、バカな! カストル王子は本気なのか!? こんなことがまかり通ると思っているのか! グリッツ王にこの件が明るみになれば、王子の廃嫡は確実なのだぞ!」


「そう言われましても、我々衛兵には何とも……。では、これにて失礼します」


「な、何ということだ……」


 カストルが自分たちを本気で闇に葬り去ろうとしていることを悟り、オットーは崩れ落ちる。アンネローゼも希望を失い、生気のない声で呟く。


「どうして、こんなことに……」


「アンネ……。うう、自分が不甲斐ない。娘一人守れぬとは。これでは、先だった妻に申し訳が立たん」


 二人が降りかかった不幸を嘆いていると、衛兵の詰め所の方から声が聞こえてくる。声の弾みっぷりから、何か良いことがあったらしい。


「おい、聞いたか? またお手柄だってよ、例のヒーロー!」


「知ってる知ってる。また侵略者を退けて街を守ったんだろ? なんて名前だっけ、えーと」


「シュヴァルカイザーだよ、シュヴァルカイザー! 闇夜を駆ける漆黒のヒーロー、正義の味方! いやー、憧れちゃうよな! 見ろよ、王国新聞の一面にデカデカと記事が載ってるぜ!」


「分かった分かった。お前もシュヴァルカイザー好きだな、もう耳にタコが出来るくらい聞いたよ」


 衛兵たちの楽しそうな声に、アンネローゼは顔を上げる。彼女とオットーも、噂のヒーローのことを知っていた。


 というより、貴族階級でかの者を知らない者はいない。この数ヶ月で、瞬く間に名を挙げた正体不明のヒーロー……シュヴァルカイザー。


 邪悪な侵略者たちを撃退し、多くの国や街を守る漆黒の戦士。ふと、アンネローゼは思う。彼ならば、自分たちを助けてくれるのではないか、と。


「……バカね、そんなことあるわけないじゃない。そんな都合のいい話、あるわけないわ。おとぎ話じゃないんだから」


 だが、彼女はすぐに考えを改める。人々から賞賛される英雄が、陥れられた自分たちを助けてくれる。そんな都合のいい話などあるわけがない。


 そんな諦観の念を抱きながら、アンネローゼは狭い窓を見上げ空を見る。せめて、夢の中だけでも憧れのヒーローに救われる幸せを味わいたいと祈りつつ、眠りに着いた。


 そして、翌日……。ついに、処刑の時が来た。


「それではこれより、罪人二名の死刑を執行する! 偉大なる審判神、フィアロの火に焼かれ魂を浄化するのだ!」


「ククク、始まった始まった。これでハプルゼネク家も断絶だな」


 朝、城の中庭にてアンネローゼとオットーの死刑が行われる。中央に建てられた十字架に縛られ、二人の足下に乾いた藁が積まれる。


 その様子を、離れた場所にある御座からカストルが愉快そうに眺めていた。衛兵たちが守りを固める中、松明を持った処刑人が現れた。


「カストル殿下、処刑はどちらからで?」


「アンネローゼから燃やせ。オットー侯爵に愛娘が苦しみながら死んでいく姿を見せてやりたいからな」


「……かしこまりました」


 カストルの悪趣味な指示を受け、処刑人がアンネローゼの元に歩いていく。目尻から涙をこぼし、少女は天を仰ぎ最期の言葉を口にする。


「お母様、今私もそちらに行きます。親不孝な私をお許しください……」


「さあ、火を付けろ! 反逆者たちを火炙りに」


「そうはいかない……かな!」


 藁に火が付けられようとしたその時、何者の声が中庭に響き渡る。直後、黒い影が降り立った。土ホコリが舞い上がり、そして……。


「!? お、お前は! バカな、何故この場に現れるのだ? シュヴァルカイザー!」


「えっ……!?」


「嘘、本当に……英雄が……来たの?」


「……」


 現れたのは、漆黒のパワードスーツとヘルメットに身を包んだ小柄な人物だった。全員が呆気に取られている中、英雄は即座に動く。


「悪いけど、コレは没収させてもらうよ」


「え? あ、えっ!? い、いつの間に!?」


 シュヴァルカイザーは目にも止まらぬ速度で処刑人に接近し、たいまつを奪って捨てる。ここでようやく、カストルが我に返った。


「……ハッ! お前たち、何をしている! 奴を追い払え!」


「は、はいっ!」


「そうはいかないよ。マナリボルブ!」


「ぐあっ!」


「ぎゃあっ!」


「ぐえっ!」


 衛兵たちが部外者の排除に動き出した直後、シュヴァルカイザーが反撃に出る。指先から魔力の弾丸を発射し、衛兵を転倒させた。


 衛兵たちは次々と転倒させられていき、うめき声を漏らす。その間に、英雄は十字架を破壊してアンネローゼとオットーを助ける。


「き、君は……どうして我々を助けてくれるのだね?」


「詳しい話は後。今は逃げるのが先決です。ただ、一つだけ言っておきますが……僕は、貴方たちの味方です。侯爵閣下」


「シュヴァルカイザー様……」


 拘束を解かれたアンネローゼは、頬を赤く染めながら呟く。最後の最後で奇跡が起きた驚きと、憧れていた英雄に救われた喜び。


 それらが混ざり合い、アンネローゼの目から涙がこぼれる。そんな彼女の肩を抱き、シュヴァルカイザーは優しく声をかける。


「さあ、行きましょう。僕の基地へ」


「くっ、待て! 貴様、こんなことをしておいてタダで済むと思っているのか!」


 アンネローゼたちを連れて去ろうとするシュヴァルカイザーに、カストルが叫ぶ。そんな彼を真っ直ぐ見つめ、英雄は口を開く。


「その言葉、そっくりそのままお返しします。貴方の企み……そして、背後で暗躍する者たち。全てを暴かれ失脚する日が来るのを、おびえながら待ちなさい」


「なっ……!? 待て、シュヴァルカイザー! 貴様、どこまで知っている!」


「言う必要はありませんよ。では、これにて失礼!」


 オットーたちに肩を貸し、シュヴァルカイザーはふわりと宙に浮き上がる。天高く上昇した後、南の空へと飛んでいく。


「綺麗……こんな景色、初めて見たわ」


「喜んでいただけているようで、よかったです。さあ、ここからはテレポートしますよ。二人ともしっかり掴まっていてくださいね」


「……はい!」


 信じていた婚約者に裏切られ、少女は地位も名誉も失った。失意の内に生涯を終えようとしたその瞬間、彼女は救いを得た。


 だが、アンネローゼはまだ知らない。この出会いが、彼女の運命を大きく変えていくことを。新たな物語が今、幕を開ける。

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