序章 『アインウルフの帰還』 その14
竜騎士さんの顔は怖すぎるという評判を受けることがあるからな。オレはニッコリと微笑むことにした。ほら、ゼファーもシンクロを発揮して、じつに愛らしい微笑みを浮かべているよ。
「ひいいいいいいいいいいいいッッッ!!?た、食べないでくださあああああいいッッッ!!!」
ふむ。どうやら世界に新たな誤解が生まれたようだな。ジムは腰を抜かして、ひょろ長い脚を必死にばたつかせて、ケツを引きずりながら後退していく。
「サー・ストラウス。竜をけしかけるのはオススメしかねるぜ?脅迫するにしたって、もう少しソフトなものがあるのだろ?指を二、三本へし折っちまうとか?」
「脅迫などしてはいない。フレンドリーに笑っているじゃないか?オレも、ゼファーも?」
『だよねー。にっこにこー!』
ギラギラ輝くステキな歯並びを見せつける仔竜がいたよ。『ドージェ』とそっくりだ。つまり、オレも可愛らしい微笑みを見せつけたはずなのだが。
「文化の違いは悲しいな」
『かなしいねー』
「……サー・ストラウスは、竜にまつわることとなると、なんだか、おかしくなっちまうなー」
いいや。きっと、おかしいのはこの世界さ。オレとゼファーの微笑みが、指をへし折って尋問するとか言い出しているドワーフの価値観よりも残酷なわけがないのだからな。
さてと。マルケスの脚に抱き着いて怯えている青年から、情報収集をする必要がある。かわいそうに、誤解して震えているな。
「ジム」
「は、はいっっっ!!?」
「怯えないでくれ。オレは君に事情を訊きたいだけで、間違っても傷つけたりするつもりはないのだから」
「で、でも、怖い顔を……っ」
「……怖い顔なのは生来のものでな。オレは、亜人種や『狭間』にはやさしいぞ?部下の大半は亜人種だし、ハーフ・エルフもいる」
「そうだぞ、ジム。ソルジェくんは、ああ見えてやさしい」
……どう見えているのだろうか。オレの微笑みは美しい乙女を三人も虜にして、ジュナ・ストレガにも好まれた紳士的態度の体現者であるはずなのだがな。
「……は、はい。そ、そうですね。『自由同盟』の戦士さまですもんね」
「そうだ。それで、訊いていいか、ジム?」
「ど、どうぞ……」
何かを知っている態度だったからな。ハーフ・エルフのレオナルドが、ロバートソンに嫌われそうな理由ってものを。
だが、どうにもこうにも視線が泳いでいる。露骨なほどに迷っていやがるな。『狭間』同士の友情というものがあり、そいつがレオナルドにとって重要な秘密を隠すために使われているとすれば?
ジムは、ある程度の拷問にさえ耐えるかもしれない。
ヒトの心の力は、計り知れないところがある。『狭間』たちはどんな集団からも排除されてきた立場だ。孤独の苦しみを知り尽くし、その痛みが裏打ちする連帯。『狭間』同士の結束というものの強さを、舐めてはならない。
年端も行かない子供たちでさえ、驚嘆すべき結束を紡ぐこともあるのだからな。ティート、マリエス、コンラッド、リーファ……あの『ホロウフィード』の沼地で出会った子供たちも、命がけでお互いを庇うような結束を見せつけたのだからな。
臆病者に見えるジムも、その強い結束を持っている可能性は高いのさ。ヘタレ野郎だってな、大切なもののためには命は張るもんだ。
だから。ちょっと誤解を解くべきだろうな。
「……始めに言っておくが、オレはレオナルドが抱えている深刻な秘密について、全てを暴きたいわけじゃない」
「……っ!」
「オレたちに必要なのは、ロバートソンの動きについての情報だ。もしも、ロバートソンがマルケス・アインウルフの『自由同盟』参加を知り、それを快く思わなかったとしたら。アインウルフ家や、この『オールド・レイ』の亜人種奴隷たちに対して、何か良からぬことを企むかもしれないからだ」
「……ロバートソンさんは……たしかに、ボクたち人間族以外を嫌ってはいますが……でも、やさしいところもあるヒトなんです」
「知っている。どんな激しい者でも、やさしさを持っているものだ。だが、慈悲の名においてヒトを殺す者さえもいるのが、現実だ」
「そ、そんな……慈悲で、ヒトを殺す……?」
理解不能な価値観かもしれないが、この大陸にはそんな哲学を実践している、やさしい殺人者もいるんだよ。『カール・メアー』の巫女戦士とかな。
「な、なんだか、歪んだ発想のように……感じます……っ」
「歪んでいるな。そうだ。だが、全ての『正義』は歪んでいるものだ。それゆえに、複数の『正義』が対立し合い、お互いを攻撃することが出来る。オレたちと、ロバートソンの『正義』が同一なものとは考えにくいものだ」
「……たしかに。ロバートソンさんは、自分の行いを間違いだと思わないかもしれない……ボクが思った通りの不安が、的中していたとしても……あ、ああ。こ、怖い。レオナルド。き、君は、生きているのかな……っ」
「なあ、『垂れ耳』さんよ。友に命の危険が迫っているのなら、サー・ストラウスに相談してみるってのも有りだぜ?……この赤毛の悪人顔は、見かけによらず騎士道の体現者なんだぞ」
……ボロクソな評価だな。ギュスターブだって、入れ墨だらけの厳つい戦士のはずだが、どうして自分を棚に上げられるのだろうか。
不満がゼロではないが、ジムを説得してくれる言葉であったのは確かだったな。
ジムは悩み始めている。レオナルドの『秘密』。ロバートソンに彼が『嫌われてしまう理由』……そいつを話してくれる気が起きれば、スムーズに状況が進む。焦らずに、深刻な顔をしている青年を見守ることにした。
微笑みは使わなかったな。あまりにも不評だったから、ただのマジメな顔を選ぶよ。
一分近く、この場にいる男たちの全員が沈黙を続けた。ゼファーに慣れつつあるイエスズメたちが、竜の背中に止まるころ。若者は迷いを断ち切っていた。
「……じ、じつは。サー・ストラウス。ぼ、ボクは知っているんです。そ、その。レオナルドの『秘密』を……」
「話してくれ。レオナルドの命が危ないというのなら、オレもマルケスも放置することはないぞ」
「当然だね」
「……オレもグラーセス王国の戦士として、放置しないからな」
『ぼくもー!!』
「心強い戦士が3人、騎士道に燃える竜が一匹いる。話してくれ、レオナルドは何をしたというんだ?」
「わ、悪いことじゃないはずのことなんです!……そ、そうなんだ。レオナルドは、全く悪くない。わ、悪くないはずなんだけど……っ。でも。この世界は、や、やっぱり歪んでいて……そ、その。つまり、レオナルドは……ロバートソンさんの娘と……恋仲なんです」
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