序章 『アインウルフの帰還』 その13
領主の帰還に、『垂れ耳』のジムは驚きを隠せなかったようだな。目を白黒させている。
「で、ですが、お館様は、遠方で敵の捕虜になったのでは……?」
……ふむ。少なくとも、ジムの耳にまでは『マルケス・アインウルフの裏切り』という情報は届いていないようだな。
「色々とあってな。端的に語れば、私はファリス帝国から離反した。今後は、『自由同盟』の戦士になる」
「……え、えええええッッッ!!?て、帝国を、う、裏切ったんですかああああああッッッ!!?」
「ああ」
「そ、それじゃあ、えーと……ぼ、ボクらの敵……な、なのでしょうか?」
「君らの敵になるつもりはない。『自由同盟』は人種の平等を掲げている。人間族第一主義に、私はもうガマンの限界だ」
「そ、そうですね……お館様は、人間族ですけど……い、いつも、ボクたちにもフェアに接してくれた……」
「……本来の帝国の流儀は、そうであったはずだ」
……それも真実ではある。ファリス帝国の現状は、人間族第一主義に基づいて、亜人種に対して残酷ではあるが。かつては、我が祖国ガルーナと同盟を結んでいたのだからな。価値観は似ていたのさ。亜人種への排斥など、かつては国策で行うような国ではなかった。
何が変えたのか?
領土的野心を満たすにつれて、人間族の人口が増えていった。人間族からの支持を求めたのかもしれない。亜人種からの搾取の味を覚えたのかもしれない。何にせよ、ファリスは帝国を名乗り出した頃から、大きくその質を変えてしまった。
「……そ、それはそうと……こ、このモンスターは一体?」
「我が新しき戦友のパートナーだ」
的確な説明ではある。しかし、通じないだろうなと感じたよ。
「へ、へえ。そ、そーなんですかあ……っ」
気が弱そうなこの若者には、領主様の説明に疑問を呈するという習慣がないのだろう。ゼファーが楽し気に笑っている。またからかい始めては、ジムが少しばかりかわいそうだ。
「我が名はソルジェ・ストラウス。竜騎士だ」
「りゅ、竜騎士……っ!?」
「ガルーナという国にいる、竜と心を交わす騎士のことだ」
「心を、りゅ、竜と交わす……!?ほ、ほんとですか!?」
『ほんとーだよっ。ぼくと、『どーじぇ』は、なかよしなんだよねー!』
長い首を伸ばして、オレの右腕に鼻先をゼファーは当ててくる。ゼファーの鼻を撫でてやりながら、驚きに引きつった顔面になっている『垂れ耳』の青年に語り掛けた。
「御覧の通りだ。オレは、マルケス・アインウルフの新たな戦友であり、『自由同盟』の傭兵だ」
「『自由同盟』……帝国と戦って、勝ち続けている亜人種たちの同盟……」
「そいつは、正確じゃないぜ」
「え?あ、あんたは……?」
「オレは、ギュスターブ・リコッド。グラーセス王国最強の剣士で……」
「グラーセス王国というのは……ひ、ひいっ!?す、すみません!?」
侮辱だと感じたのか、ギュスターブはその大きな目玉を鋭くとがらせていたな。しかし、マリー・マロウズの願いの通りに、蛮族さを低くしようという方針は、王国最強の剣士にも伝わってはいるようだ。
「ここから、とんでもなく西の果てにあるのがグラーセス王国だ!」
「そ、そーなんですか。ど、ドワーフさま方の王国なんでしょうか?」
「ああ。とにかく……分かりやすく言えば、オレも『自由同盟』の一員だ」
「わ、わかりました」
「……腰を折られちまったハナシの続きを言えば、『自由同盟』ってのは、オレたち亜人種だけじゃなく、人間族も参加している」
「そ、そうですね……赤毛のソルジェ・ストラウス様も、お館様も、人間族だ」
『メイガーロフ』で『ゲブレイジス/人間族の戦列』と肩を並べて戦ったからな。そのことで人間族の戦友を多く得たギュスターブは、『自由同盟』という存在のテーマに理解を深めたようだ。
「そう。『あらゆる者が生きていていい世界』……そいつを作り出すのが、オレたちの戦いだ。どの種族も、その間に生まれた『狭間』も参加する必要があるのさ」
「……っ。ボクたち、『狭間』も……っ」
「当然だ。そういう戦いをしているからこそ。マルケス・アインウルフは、オレたちの仲間となった」
「そ、そうなんですね!……お館様。ぼ、ボクは、お館様の選択を、と、とても素晴らしいことだと思います!!て、帝国を裏切ることは、リスキーだと思いますけど……そ、その価値はあるように思うんです!!」
素直な青年であるようだ。勇敢で自信に満ちた人物というわけではないが、頭は悪くなさそうだ。帝国との対立にリスクがあると、言えるのだからな。自分の頭で物事を考えられる青年ではあるのさ。
過度なご機嫌取りもしない性格は気に入った。正直で素直な男ほど、『情報源』として適してもいるからな。
催促するように、オレはマルケスを見た。プラン通りに動こうぜ?そう伝えてみたのさ。返答は静かなうなずきと、行動に変わる。
「それで、ジム。私が『自由同盟』に参加したことは知らなかったようだが。私についての情報は、何か広まっているかな?」
「い、いいえ。お館様についての情報があれば、うちの師匠にも伝わって来るはずですけど……そういうコトは、ありませんでしたから」
なるほど。亜人種の奴隷たちも、マルケスの情報は気にしていたか。我が友が領民に愛されていて誇らしい気持ちになるな。
とはいえ。
「ジムよ。帝国軍からの情報の全てを、君たちは知っているのか?」
「え?そ、そういうことでは、ありませんが……噂話レベルって、ことなんですけど」
「そうか。それと、もう一つ訊きたいのだが」
「は、はい。なんでございましょうか。ストラウスさま……?」
「エドガー・ロバートソンの屋敷に、何か怪しい動きはなかったか?」
「え?」
「何でもいい。武器を集めているとか、檻を購入したとか。見知らぬ客が来たとか……ロバートソンに仕える亜人種の部下や奴隷と連絡がつかなくなったとか―――」
「―――ッッッ!!!」
ウソをつけない青年は、その引きつった表情で返事をしてくれた。どうやら、心当たりがあるようだ。マルケスとギュスターブの顔に緊張感の険しさが生まれる。戦士たちの鋭い眼光に当てられては、ジムが口を開きにくいかもしれない。
だから、オレがリラックスした顔を作りながら質問を重ねた。
「君たちと連絡が取れない亜人種がいるのか?」
「は、はい。ぼ、ボクと同僚というか……にゅ、『ニュー・レイ』にある橋を直すための仕事を、い、一緒にしていた男がいます」
「亜人種か」
「あ、亜人種……って、いうか。ぼ、ボクと同じように『狭間』なんです。ハーフ・エルフの男で―――」
「―――レオナルドか。利発な青年だったな」
マルケスは顔見知りのようだ。
さて、肯定のジェスチャーに首を動かしているジムがいたよ。縦にブンブンと。レオナルドは有能そうだ。
「は、はい。そうなんです。レオナルドです、お館様。ボクと師匠とレオナルドで、橋を修理していたんです。でも、昨日の昼に、ロバートソンの旦那がレオナルドを呼んで……それから、あ、会ってません」
「ふむ……では、この材木置き場に来たのは……」
「は、はい。橋の修理に使う木を、持っていくつもりだったんです。ここの木は、師匠が切り出して、ため込んでいたヤツですし……そ、その。勝手に持って行っては、まずかったですかね、お館様」
「いいや。問題はない。そのことは、問題ないのだが」
気になりはするな。
「ジム。レオナルド以外に、亜人種や『狭間』はロバートソンの家にいるのか?」
「の、農業奴隷がたくさんいますが……ロバートソンの旦那の家に住み込みで働いている奴隷は、レオナルドだけです……ロバートソンの旦那は、亜人種も『狭間』も、基本的に好きじゃないみたいですから……」
ハーフ・エルフのレオナルドは、ロバートソンの動向を知っている『狭間』が、このタイミングで、ロバートソンに行動を制限されたというわけか。
マルケスおよびアインウルフ家に忠誠心が強い、元・蹄鉄職人のボビーと、ロバートソン家のことを知っているレオナルドを接触させたがっていないようにも感じられるな。そいつは、あまりいい予感ではない。
「ジム。ロバートソンがレオナルドを君たちから遠ざける理由に、思い当たることはあるか?……つまり、レオナルドが個人的にロバートソンに嫌われそうな原因とかが……」
「ッッッ!!!」
……ウソがつけない『垂れ耳』の青年は、その表情をもってコミュニケーションを成立させた。
「なあ、この『垂れ耳』。何か、心当たりがあるって顔をしているぜ、サー・ストラウス」
「そのようだな。ジム。話してくれるか?悪いようにはしないぞ」
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