序章 『アインウルフの帰還』 その12


 ―――『どーじぇ』っ。


「……っ」


 ゼファーが魔眼を経由で話しかけてきたくれた。さみしい気持ちになっている『ドージェ』のことを慰めてくれるために、話しかけてくれたのか?……そういうことではないようだな。


 人影をオレの心に送って来てくれている。


 ―――だれか、きたよ……っ。とりあえず、はやしのなかに、かくれた……っ。


 いい判断だぞ。さてと……。


「……マルケス」


「どうかしたかね、いきなり左眼を押さえて?」


「魔法の目玉が変な痛みを発しているのか?」


 繊細な竜騎士さんの心が悲しい思い出のために、涙を流しているという判断。そういう推理をオレの友人たちはしてくれないようだ。別にいいけどな。


「そうじゃない。ゼファーから連絡が入った。魔法の目玉は、竜と竜騎士さんの心をつないでくれるからな。誰かが来たぞ」


「便利な目玉だよな……」


「ふむ。この早朝に、私の無人の別荘に近づくか……?」


「オレたちのことがバレたのかよ?」


「無いな。そんな飛び方はしていないさ。朝陽に融けて、遠くからは大きめの鳥にしか見えんように動いた。ここに着陸するときも、ヒトの気配が周囲にいないことは確認済みだ」


「……色々と気を使っているんだな、サー・ストラウス」


「帝国の領土に忍び込むんだぞ?わざわざ、発見されても得るものがない。気配を消しておけば、楽に奇襲が一度は出来る」


「たしかにな」


「それで、ソルジェくん。客人は、どんな姿をしているんだね?」


「ああ……数は一人だ。武装もしていないし、警戒している様子もない……」


 ……見た目は、ケットシー……?いいや、そうじゃないな。耳が垂れているから、『垂れ耳』のようだ。つまり、ケットシーと人間族の『狭間』か。


「『垂れ耳』の青年だ。焦げ茶色の髪をして、ひょろ長く、高身長だな」


「ふーん。その痩せっぽっちとは知り合いなのか、アインウルフ?」


「……心当たりはあるな。ジムかもしれない」


「ほう。どういう男だ」


「ジムは、ボビーの弟子だよ」


「蹄鉄職人か」


「蹄鉄以外にも作るからね。『鍛冶屋見習い』と言ったところだ。彼は、ボビーの家に住み込みで働いているはずだが……」


「……ボビーの家は近いのか?」


「この別荘からは、一キロほどだな。近いと言えば、近いが……用事がなければ、こんな早朝から来ないだろう」


 ……たしかに。それはそうだろうな。ジムは地味な姿をしているし、これといって特徴がないが……人種と痩せて背が高いところが合えば、本人だと予想しても良さそうか。


 軍事行動をしているようには見えないし、あくびして緊張感はゼロだ。そういう演技をするヤツも世の中にはいるが、コイツがそうであるような気はしない。ノンビリとし過ぎているし、これが演技であったら、隠遁と演技力ならシャーロン・ドーチェ並みだ。


「ジムってのを捕まえて、情報源にしちまうってのは、どうだい、サー・ストラウス?世間話程度なら、アインウルフの妻子を確保するための時間に影響も少ない。情報収集も、したいよな!」


「……そうだな。ジムは、お前に忠実なのか、マルケス?」


「当然だね。彼はボビーを父親のように慕うというか……畏れてもいるんだから」


「よくある師弟関係だな。よし、行くぞ、マルケス!お前の姿を見せれば、色々と素直に行動してくれだろう」


「暴力を使う必要はないよ。彼は、気の良い青年だ……まあ、彼かどうかを確認する必要はあるが」


 とにかく。行動あるのみということだ。オレたちはキッチンの勝手口から外に出ると、足音を消して走った。


 コソコソするのは、近づいてくる『垂れ耳』の冴えない雰囲気の青年が、ジムくんではない可能性を考慮してだよ。


 ……ゼファーの視野のなかで、『垂れ耳』は近づいてくる。鼻歌を奏でながら、材木置き場に近づいているな……ゼファーに気づいている一般人の態度ではない。あそこまで無警戒に竜へと近づく一般人はいないからな。


 警戒するのがバカバカしくなるよ。たぶんだが、アレ、ジムじゃないか?


「……マルケス。どうだ?」


「ジムだね。間違いないよ。ああ、なんだか地元に戻って来たという実感が強まるね」


「そうか、声をかけてやれ。このままでは、ゼファーに近づきすぎる」


「早朝から竜に遭遇するなんていう悪夢を見るのか。かわいそうだよなあ」


 え?……ギュスターブがオレに理解不能な言葉を口にしていたな。


「早朝でも深夜でも、竜に出会えるなんて運命の女に出会うのと同じものだろう?」


「どっちも、衝撃的ってことならそうかもしれない。ああ、ときどき詩的だよ、サー・ストラウスは―――」


「―――ぎゃあああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」


 イエスズメどもを脅すように、けたたましい叫びが放たれていた。


「ジムが運命の女とやらに出会っちまったか。いいリアクションだなあ」


「……ゼファーは立派な男の子だ」


「サー・ストラウスが言い出したんじゃないか」


「とにかく。急ごう。いらぬ誤解は解いておく方がいいからね」


 たしかにそうだったな。ゼファーは、状況を把握して、悪ふざけをしたがっている。


 その巨体を林の奥からのっそりと現して、長い首を見せつけるように持ち上げていた。


「ひ、ひいいいいいッッッ!!?で、デカいモンスターだああああッッッ!!?」


『ふふふふ。わーがーなーはー、ぜふぁーっ!!』


「しゃ、しゃべったあああ!!?」


 長い脚で地面を蹴りつけようとするジムがいた。だが、こちらの都合がいいことに、腰を抜かした彼のブーツは空振りするばかりだった。


「ジム!!驚く必要はない!!その子は、やさしい声をしているだろう!!」


「……え!?ええ、ええええ!?お、お館様あああああッッッ!!?」


「そうだ。領主のマルケス・アインウルフだ。久しく、留守にしてしまったが、今、『オールド・レイ』に戻ったぞ!!」




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