序章 『アインウルフの帰還』 その11
「……エドガー・ロバートソンの動きは、確かに気になるな。この土地にいる亜人種奴隷たちの生活に直結する……最悪、ロバートソンは、彼らを虐殺するか」
「否定したいことだが。どうにも、無いとは言い切れるような御仁ではないのも確かなのだよ」
……帝国人の保守層。ユアンダートのように、人間族の優位性を信じてやまない連中。そういう連中は、この大陸のどこでも残虐さを見せつけてきたからな。
『首吊りの木』をどれだけ見せられたことか。小さな罪で、亜人種を殺すのだ。畑を奪い、仕事を奪い……そのあげく、貧しく飢えたパン泥棒も、残酷に殺した。
帝国人は、ルールに陥れて殺すことを好む。そうすることで、自分の正統性というモノを主張したいんだろう。卑怯なことだ。ただの憎悪で殺しているのだから。認めればいい。殺意は野蛮?……どうかね。卑劣なルールに守られた潔癖の方が、より下品に思うよ。
「それで、どんな解決方法があるっていうんだよ?」
「蛮族プランは今のところ一つだが、どうにも粗暴な発想ではあるからな。ロバートソンを殺すか……よくて脅迫する。そういうのは……効果が薄い相手か」
「殺せば死ぬさ。しかし、脅迫は効果が薄いだろう。自分がイヤだと感じることなら、テコでも動かないような老人さ」
「年寄りってのは、どいつもこいつもガンコなものさ。殺せば死ぬということは、それほど戦力は無いということか?」
「プロフェッショナルの戦士は少数だね。我々が、暗殺を試みれば、当然ながら成功するだろうさ。だが、それが最良なのかは分からない」
「違う可能性があるっていうのかよ?」
血の気の多いギュスターブは戦いを欲していた。若さだよな。
「ああ。彼は、亜人種にも厳しかったが、人間族にも厳しくはある。こちらの心配とは裏腹に、フェアな統治をしてくれるのであれば……波風を立てない方がマシだろう。リーダー不在の土地になれば、帝国の役人が派遣される。そういう連中は、人間族第一主義者だ」
「皇帝に尻尾を振ることしか考えていない役人どもか。そいつらに任せるよりも、ロバートソンの善意に期待した方が、まだマシな『可能性』がある。だから迷うわけか」
「そうとも。私は、エドガー・ロバートソンの真意というものを、測りかねている……私はしばらく捕虜だったし、この土地に常にいたわけではない。『今』のロバートソンが、どういう考えなのか、確証を持って語ることは出来ない」
「なるほどな。それならば、することは一つだ。情報収集するとしようじゃないか。エドガー・ロバートソンと、この土地の『今』の情報に詳しい現地人から、ハナシを聞くしかない」
「そうだね。だからこそ、私の懸念を共有しておきたかった」
ミーティングらしいミーティングにはなった。エドガー・ロバートソンという『厄介そうな男』の存在。そして、現地の亜人種たちに、どういう行動を勧めるべきなのか。その点も浮上したな。
……地図を見る限りで言えば、『オールド・レイ』から『自由同盟』の土地まで逃げ切るのは、かなりの長旅にはなるが―――帝国軍が『ヴァルガロフ』、『ベイゼンハウド』の大陸北部に兵力を集中し、『メイガーロフ』での混沌が生まれた今……。
その隙を突くように、逃げるという道もありそうだな。
「……なあ、マルケス」
「なんだね?」
「この土地の亜人種の奴隷たちは、馬を乗りこなすか?」
「フフフ。当然だよ」
「……軍馬候補もいるというのなら、そいつごと移動してもらえると、色々と気楽ではあるんだがな」
「おお!!それ、いいじゃないか!!馬やら何やら、略奪して『自由同盟』の土地まで逃げてもらえば、何も問題がない!!」
「分かりやすくて良いプランではあるが、『オールド・レイ』での暮らしは、亜人種にとって悪いものではないはずだ」
「彼らは、この土地を去りたがらないか」
それも、また当然のことではある。ここは、彼らの故郷なのだからな。それに……マルケスが自信を持って断言するように、この土地は豊かで暮らしやすさがありそうだ。豊かな農地に、穏やかな風。水に困ることもない土地。
放棄することを、望みたいとは思えないのも確かだ。
もちろん。エドガー・ロバートソンに虐殺されそうな状況になれば、死に物狂いで西へと向かって逃げるだろうがな。
だが。全てはロバートソンが『今』、どんなことを考えているかが重要になってくる。
「……ふむ。やはり、情報収集が必要ではあるが。ここは、マルケスの『家族』との合流を優先しないか?」
「私の妻子を情報源とするわけか?」
「そういうことだ。お前の『家族』は、ずっとこの土地にいたわけだからな。もちろん、亜人種でしか見えないロバートソンの情報というものもあるだろうが……オレとしては、お前の『家族』をロバートソンが害する可能性も否定できなくてな」
そんな発想はなかった。そういう表情になっていたよ、マルケス・アインウルフは。エドガー・ロバートソンへの信頼はあるわけだ。親しい知人。何と言うか、マルケスにも判定しにくい距離感かもしれないな。
「私の妻子を、ロバートソンが……それは、無いとは思う。いや……しかし、分からないか。ヒトは『正義』のためならば、どんなことだってするかもしれない……」
……『正義』のためなら何でもする、か。ヒドイ言葉だが。たしかに、その通りだ。ヒトが残酷なことをする理由の少なくない数に、『正義』のためという理由がある。戦争なんてものは、その典型ではあるな。
「ここで、考えていても、どーにもならねえってことだろ?……それなら、動こうじゃないか。サー・ストラウスの竜に頼れば、アインウルフの家までなんて、一瞬だろ」
「……うむ。亜人種の領民たちのことは、気になるが……その方針で、行動するべきか」
……脅しが利きすぎているかもしれないな。だが、『家族』を救えたかもしれないという後悔に苦しむ友人など、全くもって見たくないんだよ。
あの苦しみは、辛いぞ。
辛すぎるんだよ、マルケス。
オレには分かるんだ。そういう目に遭った男だからな。
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