序章 『アインウルフの帰還』 その15


 ハーフ・エルフと地元の名士の娘か。


 個人的にどんな恋愛でも好きにやればいいと考えているんだが、ガルーナの野蛮人の考え方は異端的である。


 亜人種よりも迫害される立場である『狭間』……ハーフ・エルフは、その『狭間』の中でも、やたらと嫌われることがある連中だった。


 その理由?……別に存在しないね。差別というものは、そんなものだ。正当な理由などいらない。基本的に『政治』やら『正義』に利用されて成り立つ考えに過ぎないからな。


 だが。


 現実の問題としてそいつは存在し、社会構造のなかに君臨している。


 ……人間族第一主義のロバートソンが、ハーフ・エルフのレオナルドをどう評価する?ロバートソンの能力が……例えば、仕事の道具として有能であれば、ある程度は大事にするかもしれないが。


 自分の娘に近づく、ハーフ・エルフという立場になったとき。ロバートソンは、一体どこまで残虐になれるのだろうか?


 あまり考えたくはない選択をロバートソンはするかもしれない。暴力の限りを尽くして、ぶっ殺してどこかに埋めるか、腐るまで木に吊るすとか、そういった定番コースを選ぶかもしれないな。


「……マルケス・アインウルフの造反とは無関係かもしれない情報だが。ロバートソンがレオナルドを拉致する理由にはなるか」


「うむ。ロバートソンにとっては、自分の娘とレオナルドのあいだに恋愛感情が芽生えることを好むとは思わない」


「はあ。帝国人ってのは、面倒なヤツらだぜ……そんで。どれぐらい緊急性はありそうなんだよ?」


 ギュスターブの問いに、ジムは口元に曲げた人差し指を当てながら考えた。


「わ、分かりません。他の用事だったのかもしれません。れ、レオナルドは、かなり有能な会計士でもあって……すごく頭が切れるんです」


「……会計士ね」


 うちのハーフ・エルフとはあまりにも違いそうだ。オレの全ての友人のなかで、金を任せる気は起きない人物ランキング一位の男だからな、ギンドウ・アーヴィングは。


 しかし、ハーフ・エルフのレオナルドは、ビジネス上の信頼を獲得してはいそうだな。だからといって、娘との恋愛をすんなりと認めてくれる根拠にもならないのが、人種差別のエグいところだな。


 ジムは材木置き場に視線をやりながら、はあ、とため息を吐く。


「ぼ、ボクは……今日、ここに来たらレオナルドがいるかもとか……そんなこと、か、考えていたんです……でも。いない……れ、レオナルドは仕事のミスなんてしません。だから、もしかして、お嬢さまとの関係がバレたのかなとか……そう考えてしまったんです」


「つまり。実際には何が起きているのか、分からないってことじゃねえか?」


「は、はい……もしかしたら、ぼ、ボクの思い違いなのかもしれません。レオナルドは、こちらに来るかもしれません」


「……サー・ストラウス。どうすんだ?」


「オレではなく、マルケスに訊くべきだな。ここは、マルケスの地元で事情を把握できるのは、オレではない」


「そうだったな。アインウルフ、どうするんだ?」


「……レオナルドの安否は実に気になるところではあるが、緊急性は読めないのは確かだね」


「この『垂れ耳』の考えすぎってこともありえるわけか」


「急用が入ることもあるだろうからね。私が帝国に反旗をひるがえしたこと以外にも、何かしらのトラブルが起きていてもおかしくはあるまい」


「たしかにな。乱世だ。いろいろな動きが起きるだろうし、地元の名士ならば、急用の一つが舞い込んでも不思議ではない。ならば、マルケスよ。役割分担といこうじゃないか?」


「……うむ。私は屋敷に戻り、妻子との再会を優先しよう。そして……ソルジェくん。君に偵察を頼めるか?」


「ああ。人間族のオレなら、ロバートソンに近づきやすいだろう。マルケス・アインウルフを頼って来た、退職した元・帝国兵って設定はどうだ?最新情報に詳しくなくて、この土地に来て仕事を探していてもおかしくはない」


「良さそうだね。よく思いつく」


「帝国相手に戦うってのは、少しぐらいは悪知恵を働かせる必要もある」


「猟兵らしい、そんな誉め言葉を奉げたいよ」


「くくく!……『パンジャール猟兵団』を作った先代団長も喜んでくれるだろう。では、そういう行動を選ぶとしよう。オレはジムと行き、マルケスとギュスターブは、マルケスの妻子と合流しろ」


「オレはアインウルフの護衛かよ」


「人間族だけの方が目を付けられにくいだろうからな。それに、マルケスやマルケスの妻子を危険に晒すわけにはいかない」


「頼れるドワーフの戦士の出番がそこにあるか。差別主義者野郎をぶっ殺すチャンスは、サー・ストラウスに譲るとしよう」


「……オレはもう少し慎重に動くつもりだぜ。状況を把握する。マルケスも、ヨメと合流すれば、この辺りの最新事情も把握できるだろう。貴族や上流階級にのみ伝わる情報というのもある」


「行動を起こすのは、情報を集めて分析してからで十分間に合うはずだよ。では、移動するとしようか」


「ゼファー。マルケスとギュスターブを送ってやれ」


『おっけー!ふたりともー、ぼくのせなかにのっていいよー!』


「サー・ストラウス、早くていいけど、目立ちやしないか?」


「上手に飛ぶさ。『風隠れ/インビジブル』を使って完全な無音で上昇すれば、そう発見されるものではない。それに、ゼファーを見ても、事情まで察することは出来ないだろうからな」


「たしかに。竜を見たとしても、私がその背にいると考える者はいないね」


「……こいつは、ただの猟兵の勘ってヤツなんだが。ゼファーを見られるリスクを取っても、マルケスと『家族』の合流を優先しておきたいんだ」


 戦士たちの双眸が鋭さを増す。


「何か、感じるものがあると?」


「……ああ。確実なものじゃないが。何かが起きてからでは遅いからな。ただの不安からかもしれない。オレは……妹とお袋の窮地に間に合わなかった」


「……ソルジェくん」


「オレの恥ずべき過去のせいで、ナーバスになっているだけかもしれん。思い過ごしなら、それでもいいさ。とにかく。マルケス。お前はギュスターブと一緒に妻子との合流を優先してくれ。ゼファーを見られても構わんさ」


「ああ。君の友情に感謝する。そして、君の妹君と母上の冥福を祈るよ」


「……ありがとよ。なあ、ギュスターブ」


「皆まで言わなくていいよ。守るさ。アインウルフも、そのヨメと子も。それがオレの仕事なんだからな。それに、友情のためには、魔王の剣になってもやるさ」


「任せた」


 二人はゼファーの背に乗る。ゼファーは『風隠れ/インビジブル』を展開して、無音をまとう。森を駆け抜けるそよ風よりも静かに、その漆黒の翼は空へと向かったよ。




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