序章 『アインウルフの帰還』 その9


 キャベツとウインナーソーセージをメインとした具材。オリーブオイルに刻んだ鷹の爪と、ニンニク、そしてウインナーソーセージからあふれた挽肉の油が融け合う。ああ、錬金術のように楽し気な瞬間だな!


 甘い油に甘いキャベツが合わさって、鷹の爪とニンニクの辛みが交わっていくんだからな。甘い油は、スパイシーな辛みと最高に合うからなあ。


 この油たっぷりの具材をだ。


 深皿に盛った茹で上がったばかりの大量のパスタにかけるのさ!


 熱いオイルが弾けるように暴れて、香ばしい湯気が躍りやがる!!


「よーし、出来たぞー!!」


「ハハハ!!美味そうだぞ、サー・ストラウス!!」


「美味そうだと?……違うな、ギュスターブ。こいつはとっても美味いのは確定している。さあて、熱いうちに喰っちまうぞ!!」


「おおおお!!」


「お手並み拝見と行こうじゃないか」


 男三人で大騒ぎしながら朝食だな。若干、アルコールが残ってもいるから、ちょっとぐらいアホになっているんだよな、おそらくは。


 リビングにあるデカいテーブルに食器とペペロンチーノを運び、オレたちは空腹を満たすために、フォークをパスタに突き刺すんだよ!!


 ぐるぐる巻きにして、思いっきり食べちまうんだよ。蛮族流―――あるいは、戦場流の食べ方だな。上品さは少ないが、何だかんだで、空腹が持つ欲求には逆らえないさ。


 ああ。オレが好きな茹で加減のパスタに……甘さと辛みのある油どもがよく絡みやがるじゃないか。


 もしも、ここにミアがいたとすれば、お兄ちゃん、満点をもらっていたと確信するよ。


 ウインナーソーセージも、なかなかの味だな。『オールド・レイ』の家畜どもは、美味しい若草を食べられるようだぞ。穏やかな丘陵が続く土地だからな。放牧しやすいだろうよ。丘を家畜のための餌場として区切って使うことで、管理しやすいわけだよ。


 それに……近くにはなかったが。


 パスタを作るための小麦も美味い。粉ひき小屋は、近くにあるのだろうか?……ガルーナであれば、風車でやるんだが。ゼファーの背の上からでは見つけられていなかったな。風車は好きだから、見かけちまうと絶対に印象に残るのさ、オレはね?


「水車小屋は近いのか?」


「……ん。そうだね、ここから2キロといったところだが……よく分かったね、ソルジェくん」


「分かるさ。消去法でちょっとな……」


「ふむ、さすがは竜騎士ということか。地形の把握が人一倍どころでなく早いようだ」


「グラーセス・マーヤ・ドワーフも、なかなか水を嗅ぎ取るいい鼻しているんだぞ!」


 負けず嫌いのギュスターブは、大きな口にぐるぐる巻きにしたパスタを放り込みながらそんな宣伝をしたいた。たしかに、あの傷が走る丸い鼻の性能は大したものだな。しかし、だ。竜騎士には勝てん。


「……あ。ソルジェくん。このペペロンチーノ、とても美味しいよ。思わず没頭してしまい、感想を述べるのが遅れてしまったが」


「くくく!……そうだろうな。自信作だよ」


「料理上手いよな、サー・ストラウス。ヨメが三人もいるのに、自分で作るのか?」


「趣味だからな!……それに、情報も知れるぞ。食材と料理に詳しければな」


「もぐもぐ……ふむ。どういうのだ?水車がどうとかかい?」


「それもある。この土地ならば、風車も頼れる風があるはずだが……それでも、水車小屋を頼るということは……それなりに安定した流れの川があり、おそらく、その川に沿って大きな町へと続く道があるだろう。丘陵の勾配を見れば分かるだろうが、ここから南東に水車小屋と町はある」


「もぐもぐ……ふーん。スゲーな。メシ作っただけで、そこまで分かるか。アインウルフ。サー・ストラウスの予想は、当たっているのか?」


「当たっているね。怖いほど、的確なものだよ……まるで地図でも見ているかのようだ」


「ズルはしちゃいないぜ?」


「分かっているよ。この別荘にある、おそらく唯一の地図は……私が確保しているしね」


 右の瞳で瞬きを作りながら、マルケスは上着の一部から、その羊皮紙のロールをチラリと見せていた。自分の別荘を家探ししたときに、確保していたわけだ。さすがに行動力がある。


「もぐもぐ……それが、この辺りの地図かよ」


「そうだ―――っと、ギュスターブ。手を伸ばすな」


「もぐもぐ……なんでだ?」


「食事中だからさ。油が飛び散ってしまう」


「細かいこと気にするヤツだなあ……まあ、べつに、いいけどよ。どーせ、メシなんてすーぐに喰い終わるわけだしな!」


 そうだ。大盛りのペペロンチーノも、オレたちはすぐに食べつくしてしまうのさ。


「……食後にちょっとワインを呑みながら、ミーティングにしようぜ。マルケスが、せっかく赤ワインを用意してくれているしな」


 ……食欲優先で、ペペロンチーノに噛みついてしまったわけだが。マルケスがテーブルの片隅に赤ワインのボトルを置いてくれていたことにも、気が付いている。作戦前だからな、ガブ呑みするわけにはいかないが。瓶一本を野郎三人で分けてしまえば、酔うこともない。


「そういうプランがいいね。この土地の最新の情報までは、私も仕入れてはいないが。地理や注意すべき点なんかを教えておきたい。もちろん……」


「もぐもぐ……もちろん、何だ?」


「私の領地のすばらしさについても、少しばかり自慢させてもらいたいね」


「くくく!……ああ、いいとも。聞こうじゃないか、自慢話をな」


「そうしてくれたまえ。この土地のことを知れば、不測の事態にも備えやすくなるというものだしな」


「……何か、物騒なことがあるってのかよ?」


「分からないな。私は、『反逆者』となるのは、初めてだからね」


 ……『家族』を守るために、存在を消すはずだったのだが。深手を負ったメイウェイに代わって陣頭指揮を執った。その結果として、マルケス・アインウルフの裏切りは帝国軍に伝わっているだろう。


 ゼファーの翼よりも早くに噂が広がるとも限らないが―――『ゲブレイジス/第六師団』と共に大陸中で暴れまわり、最強の将軍の一人に数えられた男だ。政敵もいるかもしれないな。


「……この近くにいるのか、お前とお前の『家族』を狙いかねないヤツが」


 その言葉には、ギュスターブの瞳も鋭い光を宿すことになった。『人質の護衛』という建前を気取りたがってはいるがな。けっきょくのところ、ギュスターブ・リコッドという男は、友情に厚い男ではあるのさ。


「敵がいるなら、さっさと……メシを食っちまえよ。そのあとで、どう料理してやるか決めようぜ?」


「……そうだね。状況次第では、君たち二人の力を、より貸してもらうことになるかもしれない。そうでなければ、すんなりと『メイガーロフ』に君たちを帰せるのだがね……」


「何であれ、任せるといい。お前の『家族』を危険に晒す気は、オレにもギュスターブにもない」


「うむ。頼りにさせてもらおう……さあて、まずは平らげるとしよう!このパスタをな!」




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