序章 『アインウルフの帰還』 その8
キッチンと食料庫から、食材を寄せ集めたよ。
粗挽きされた挽肉の腸詰……ウインナーソーセージに、塩とコショウに、ペッパー、鷹の爪、オリーブオイル、キャベツ……そして、パスタだな。
「くくく!……完璧だな!」
「さすがは、私の家人だね。客人の願いを聞く前に叶えてみせるとは」
自慢げに背中を逸らしながら、マルケスは語ったよ。自分のスタッフを褒めるのはいいことさ。部下の悪いところばかり見えやすい上司ってのは多いものだがな、褒めることが出来るヤツの方が、何だかんだで部下に愛されて尽力してもらえるもんだよ。
オレ?
オレは尽力してもらっているし、褒めているはずだぜ、部下たちのことを。ダメ出しできるほどの弱点なんて、そう持っちゃいない連中だがな。ガルフと集めた、『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは、どいつもこいつも最強ぞろいだ。
さてと。
まずはお湯を沸かすとしよう。
「ギュスターブ!水を汲んで来てくれるか?」
「おう。任せろ。料理なんて難しいことはできないが……水を汲むのは簡単だ」
「さすがだな。水のにおいを嗅げているか」
「当然だ。オレはドワーフだからな!」
ギュスターブはそう言いながら、オレが渡した大鍋を持って、素早く孤島どうする。庭に出て……すぐに井戸から水を大鍋一杯に組み上げて戻って来る。
蛮族スキルだな。水のにおい。分かるぜ。嗅覚だけじゃなく、聴覚も使っているがな。ギュスターブのそれは、おそらくドワーフならではの地形を読む能力も組み合わせているのだろうがな。
地下の水が流れる場所を、把握する能力。あれだけ見事な治水技術を持っているグラーセス王国人が持っていないはずがないのだからな。井戸の位置を見当づけるなんてことは朝飯前さ。
あれだけ巨大な地下迷宮に、大洪水の装置を作った方々の末裔なのだからな。このギュスターブ・リコッドは……。
もちろん、ギュスターブに命令を出してオレがサボっていたりはしない。
炭火を見つけて、窯に火を起こしていた。まっくろな炭を窯に放り込んで、『炎』を呼んで火を作り上げるんだよ。『炎』の魔術の才があると、料理人として雇われやすいってのは、こういう力の使い方が出来るからだ。
『炎』を使う特訓をしていると、料理も上手くなるしな。もちろん、結果論であり、すべての
『炎』を使う魔術師が、料理で魔術を鍛えることはしない。
修行に対して貪欲なところのある猟兵さんとしては、料理をしているときも自分を鍛える訓練にしているってだけじゃある。
どうすれば、より『炎』は小さな魔力で激しく燃えるのか?
モノを『炎』で燃やすときには、どういう理屈とコツを用意するべきなのか?
……ナイフで肉を斬るときも、どうすればより鋼が敵を切り裂けるのかとかも考えてはいるな。
全てが、戦闘を効率化するための経験値ではある―――オレたち猟兵は、そう考えてしまう危険な思想の持主なのかもしれない。
まあ。ただのマジメな修行好きの戦士ってことでもあるが、日常を楽しみながら、より強くなれるなんて、ありがたいことだよな。
オリーブオイルをたっぷりとしいたフライパンと、水がたっぷりの大鍋を火にかける。すぐに油は弾けながら踊り始め、水は泡立ち始めてくれた。
キャベツをマイ・ナイフで切り裂いていくのさ。プロの料理人も感心してもらえるほどの早業を使ってな。ウインナーソーセージも刻むよ。女子がいるときなら、小さく細切れにしてやるんだが。
腹を空かせた男の戦士しかいないんだから、大きくぶつ切りにしていくのさ。
そいつを刻んだ鷹の爪とキャベツと一緒にオリーブオイルで痛めながら、塩を一つまみ注いだ大鍋の湯のなかにパスタの束を放り込む。
「ギュスターブ、マルケス!皿とフォークを用意しておけよ!」
「おー。どこにあるんだ、アインウルフ?」
「食器棚の中だな。何か、こだわりはあるかい、ソルジェくん?」
「大きいヤツだな」
「ハハハ!そうだな、それはオレも賛成だぞ、サー・ストラウス!……酒呑んだ後って、なんだかたくさん食べたくなるしな!!」
「たしかに。腹いっぱい食べたくはあるな」
そう言いながら、ギュスターブとマルケスは食器棚の中にキレイに並べられた食器を、男のガサツな手であさり始める。カミラが見ていたら、交代してやるんだろうな。ギュスターブもマルケスも、あまりに食事の用意ってものと相性が良くなさそうだ。
慣れていないんだろうな。
ギュスターブもあれでグラーセス王国の貴族戦士の一人だ。あれでもある種のお坊ちゃんではあるんだ……なんか、そういう単語からかなり遠いガサツさがあるがな。マルケスはこの土地の領主だ。ガチの大貴族……料理なんて部下や使用人に任せていたんだろうよ。
少数精鋭の傭兵団とは違うらしいよ。
それでも、うらやましくはないね。料理を楽しむ機会が少ないという人生は、それはそれで不幸なものである。食べるだけではない。作ってこそ、面白いのだからな。
切り裂いた鷹の爪をオリーブオイルで炒めるときの辛い香りが湯気に混じる瞬間とか、とんでもなくステキな時間なのだからな。
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