第3話
すぐに屋敷にとある男の人がやってきた。
「お久しぶりですアリーヌ嬢。俺の事を覚えておいででしょうか?」
「シルヴァ……。どうして」
部屋で私を見つめるのは背の高い男の人だった。
明るいブロンドの短髪に、頬には傷の後がある。
軍人のようなすごみも感じさせるその顔だけれど、私には馴染み深いものだった。
シルヴァ・グーディメル。
私と同い年で、元々近くに住んでいた子爵の次男だ。
昔から社交界など、貴族同士の集まりでよく顔を合わせていたし、歳や二番目の子供という点で共通点のあった私達は仲良しだった。
そんな彼だけれど、最近になっては顔を合わせていなかった。
「アリーヌ。今の彼は公爵になったんだよ」
「公爵!?」
はしたなくもつい大声を出してしまった。
だって、爵位なんて簡単に得られるものではないし、なにしろ公爵と言えば貴族の最高身分だ。
目を真ん丸にする私を、シルヴァは小馬鹿にするように笑う。
「俺は国の軍に入ったんだ。そこで活躍して、爵位を譲り受けた。最近国境で悪さをしていた異民族を俺が制圧したんだぜ」
知っている。
学園でもみんな話していたし、基本的に本以外には興味を出さないフィリップも話題に出していた。
曰く、金髪才子の軍師。
まさかそれが、昔からヤンチャだった幼馴染だったなんて思いもしなかったわ。
「で、そこでだがアリーヌ」
「は、はい」
「俺と結婚して欲しいんだ」
「えっ!?」
先程までの余裕ある笑みはない。
彼の眼は本気だった。
「お前を妻に迎えたい」
真っ直ぐに言われ、私は面食らう。
つい最近第四王子との婚約という玉の輿を逃した直後だったこともあるだろうが、あまりにも唐突で、さらにあまりにも意外な人物からのお話で頭がまるで回らない。
どうして私なのかしら。
「そ、それはお父さまの薬学が目当てだから? だとしたら、まだ他にも姉妹はいるし……」
うちの屋敷にはお姉さまのほかに、妹が二人いる。
まだどちらもレディーとは言えない年齢だが、数年もすれば私よりきれいになるのは明らかだ。
だけれど、シルヴァは首を振った。
「薬なんてどうでもいい。それに、君じゃなければ意味がないんだ」
「……っ!」
嬉しかった。
涙が溢れそうだった。
フィリップに言ってもらいたかった言葉、私が求めていた婚約というのはこういうモノだったもの。
と、そこでお父さまは苦笑する。
「だけど、少し焦り過ぎではないかね。娘はまだまだ傷心中だからね。そもそもシルヴァ君、君はまだ戦地から帰ってきたばかりだろう?」
「そんなに早く来たの?」
「あぁ、実はまだ実家にも顔を出していないんだ。王様にもらった領地も目で見ていないしな」
「なんで!?」
「そりゃ、お前が他の男に取られたら困るからだよ」
信じられないことを言うシルヴァに、私は言葉を失う。
「まぁその話は後だ。とりあえず今度、一緒に花でも見に行こう。良い場所があるんだ」
「花……?」
「あぁ。帰り道で見つけたんだ。是非お前に見てもらいたい。……っと、お菓子も作って来てくれよ? 俺はアリーヌの焼いたお菓子が世界で一番好きなんだ」
「……うんっ」
その後しばらく父を交えて雑談をし、その場はお開きになった。
シルヴァを見送って屋敷に入ると、にやにやしたお姉さまが待っていた。
「おめでとう」
「何がですか?」
すました顔で返事をすると笑われる。
まるで心の内側を覗かれているようで居心地が悪いわ。
なんて思っていると。
「そう言えばお菓子焦げそうだったからオーブンから出しておいたわよ」
「あぁっ!」
なんということかしら。
一番楽しい工程をお姉さまに奪われてしまった。
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