第4話

 数日後、私は馬車に乗ってシルヴァと共に外出していた。

 連れて行ってもらったのは丘の上に咲く一輪の名も知れぬ花。

 恥ずかしい話だけれど、花の種類もよくわかっていない私にとってそれは『綺麗』の一言で表現するほかなかった。


「どうだアリーヌ、気に入ってくれたか?」

「綺麗なお花。でも、なんのお花かわからないわ」

「ははは。そんなもんどーでもいいんだよ。それに、ほら」


 手を私に差し伸べて笑うシルヴァ。

 なんとなくその手を握ると、彼は走り出す。


「わっ」

「転ぶなよ? 昔みたいに泣かれるのは勘弁だぜ」

「もう……」


 舞踏会で、私は彼と踊った。

 その時も無茶な動きで私は困らされ、そして転んだ。

 恥ずかしさや悲しさ、惨めさで涙を流してしまった私に、シルヴァはげらげら笑っていたのを覚えている。

 最低な男ね。


 と、シルヴァに案内された場所は崖になっていた。

 そしてそこから見えるのはエメラルドのような輝きを放つ海。


「いい眺めだろ」

「……凄く綺麗」

「ははは、海も花も綺麗に一括りにされちゃあ堪ったもんじゃねえな」

「どうして私なの?」


 私は隣で馬鹿笑いをする彼を見上げる。

 昔は私より背が低かったのに、成長というのは恐ろしいわ。


 シルヴァは海を向いたまま言った。


「ずっとアリーヌの事が好きだった。だけど、俺じゃ婚約なんて言い出せなかった」

「……」

「子爵と国家財産の侯爵。その差は歴然だ。だから俺がお前に婚約を申し込むには、それなりの位が求められる」

「えっ? もしかして……」

「そうだよ。俺はアリーヌを手に入れたくて軍に入った。勉強は性に合わなかったし、それに一気に功績をあげるなら戦争に限る」


 まさかの話だった。

 私と結婚したいがために、命を懸けて戦地に立っていたの?


「アリーヌ。お前の事が好きだ。俺と結婚して欲しい」

「……」


 今度は私を真っすぐ見つめる彼。

 こうして見ると随分大人びた顔になった。

 体は全体的に筋肉質で、筋張っていて、昔のあどけなさは感じられない。


 と、そんなシルヴァの足が、微かに震えているのが分かった。

 緊張しているんだ。

 私に断られるのが怖いのかしら。

 それだけ、愛されているのだろうか。


「ずっと俺の隣にいて欲しい。なんでもあげる。お菓子を作り続けられる場所、豪華な屋敷、綺麗なドレスに高価な宝石。だから、アリーヌの愛情だけは俺にくれないか?」


 大げさな人ね。

 そんな事言われたら逆に困ってしまうわ。


「嫌よ」

「えっ?」

「そんな交換条件で婚約なんて嫌よ」

「……」

「ちょっと待ってて」


 私はそう言って馬車に戻る。

 そこでバスケットを手に取って、またシルヴァの元に行った。


「このお菓子、自信作なの。食べてみて」

「……お、おう」


 告白の返事もせずにお菓子を差し出す私。

 そんな態度に彼は目をパチクリさせながら、だけどもバスケットからマカロンを一つ取り出す。


「かわいいな」

「味は?」

「……美味い。何年も前に食べたクッキーより上手になってる」

「当たり前じゃないの。もう」

「これだよ、これ。美味過ぎて泣けてくる……。甘いものには目がないんだよ俺!」

「知ってる」


 昔からシルヴァはそうだ。

 パーティー会場のお菓子にこっそり手を出して、いつも怒られていた。


「ねぇシルヴァ」

「なんだよ」

「私、お菓子作りくらいしか取り得ないよ?」

「何言ってるんだ。一つでもあるだけ凄い事だぜ? それにアリーヌは可愛いし、優しいし、取り得なんて挙げ出したらキリがない」

「居場所をくれて、ありがとう」

「なんだよそれ」


 困ったように笑うシルヴァを見て、私もふと笑みがこぼれる。

 自然に笑うのなんていつぶりかしら。

 少なくともフィリップと一緒の時にはなかったわ。

 なんて、いつまでもあの人の事を考えていても仕方ないわね。


 もう私の居場所は、私を愛してくれる人がいるのだから。

 公爵になった幼馴染が、素敵な贈り物をくれたのだから。

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