第37話 ミラちゃんのコラボ動画

 事務所の中を歩いていると、誰かの視線を感じた気がした。

 振り返ってみると、柱の陰からこちらを覗いている子がいた。


「あれ? ミラちゃん」

「……ど、どうも」


 なんで後ろにいたのに、声をかけてきてくれなかったんだろう。

 普通に怖かったんだけど。


「どうしたの?」

「いえ、別に……。天音さんがいたので、つい……」


 つい、隠れたのかな?

 そんなに話しかけづらいオーラ出ているかな?


 そんなに怖い人みたいなイメージを他人から持たれたことないんだけど。

 むしろ、他人からは嘗められることの方が多いんだけど。


「今日は打ち合わせですか?」

「えっ、いや、今日はねぇ……」


 社長に説教されたとは言えないな。


「色々と。ミ、ミラちゃんは?」

「私は……コラボ動画の打ち合わせです」

「コラボ?」

「はい。四期生の人と」

「……へぇ」


 動揺を押し殺すのに必死だ。


 四期生の――同期の人とコラボ、か。

 そうだよね。

 普通にコラボとかするよね。

 ウチの担当Vtuberは一回もしていないけど。


 あれ?

 もしや、キラリだけかな?

 コラボしていないの。


「……もしかして四期生の人ってみんなコラボしているの?」

「みんなっていう訳じゃありませんけど、大体の人はやってます、よ?」

「そ、そうだよねー」


 確かに他の四期生の人の動画観たけど、みんなコラボはしている。


 コラボはかなり重要だ。

 再生数を伸ばしたいって思ったら、一番手っ取り早いのはコラボだと言われている。


 だが、キラリはコラボできていないんだよな。

 これって結構な問題かもしれない。


「コラボした方がいいよね?」

「そ、それは、どうなんですかね? ス、スケジュールとかが合わなかったりしますし……」


 なんかすごい気を遣われている気がする。

 キラリって四期生の間じゃどういう扱いを受けているんだろう。


 彼女の口から四期生のことを聴いたことってほとんどないな。

 ミラちゃんのことぐらいしか話題に出てこない気がする。


「本当は先輩達ともコラボしたいんですけど、やっぱり恥ずかしくて……」

「まあ、四期生からはいいづらいよね……」


 コラボはスケジュールを合わせないといけないし、互いに合わせないといけない。

 やらなきゃいけないゲームや、話だって。

 だからコラボをすると一言で言っても、かなりしんどい時もある。


 だから後輩から先輩にコラボしたいとは言いづらい。


 コラボの調整なんかはまさにマネージャーの仕事なんだよな。

 他のマネージャーの知り合いなんて恵さんぐらいしかいないけど、男性Vtuberとコラボなんかしたら炎上しそうだからできないし。


「そっか。じゃあ、コラボ頑張ってね」

「は、はい……」


 あまり長話するのも悪いし、待ち合わせ時間に間に合わないといけない。

 俺は足早に立ち去ろうとする。


「……あの、土下座の件聴きました!!」


 だが、背中越しに珍しく大声を出される。

 ミラちゃんもいきなり声を出したせいか、声が上擦った。


「そ、そっか。格好悪いところか聴かれちゃったかな」


 情報回るの早いな。

 ツルギ王子だけじゃなく、ミラちゃんにまで俺の土下座の話が行き届いているなんて。

 もしや、『ビサイド』の人みんなに広まっているんじゃないだろうか。


「私は格好いいと思いました!!」

「え?」

「す、すいません。それだけです……」


 ミラちゃんはそれだけ言うと、そそくさと行ってしまう。

 だけど、ここまで言われて何も言わないことなんてできなかった。


「ミラちゃん!!」

「……は、はい」

「ありがとう!!」

「……はいっ!!」


 ミラちゃんは、今日一番の笑顔を見せてくれた。

 彼女のお陰で最高に癒された。

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