第36話 『ヤング』焼きそばの案件

 社長室から逃げるようにして出ると、そこには待ち構えていたかのように二人の顔見知りがいた。


「あっ、お疲れッス」

「お疲れ様です、天音さん」


 弟のツルギ王子と姉の恵さんだ。

 やっぱり同じ事務所の人間ということで、こうして会う機会が多い。


 ツルギ王子は邪悪な笑みを浮かべてきた。


「聴いているッスよ。土下座までして大活躍だったみたいじゃないッスか」

「ど、どこでそれを?」

「さあ、誰だったからッスかねぇ。ただ、Vtuberになるような奴は、人生を切り売りするようなお喋り馬鹿しかいないッスから。どこから情報が洩れてもおかしくないッスよ」


 確かに、Vtuberの人って、キャラを作ってるんだけど、作ってない絶妙なラインをついてくるんだよな。


 ちゃんとガワがあるのに、日常生活のことをバンバン話している。

 家が汚部屋であることとか、家族構成とか、結構普通に自分のことを晒している。


 喋り過ぎて本人が特定されそうだ。

 むしろ、むしろ友人に特定されたことをネタにして喜々として喋っているという印象だ。


 やっぱり、スパチャ読みの時とか、雑談配信の時とかに喋る時間があるから、その時に自分のことを話さないと場が持たないから癖が出来ているのかも知れない。


 普通に情報漏洩しちゃいけないようなことも、こうしてまんまと伝わっている。


 もしかしたら、一緒にいた前澤社長から漏れたかもしれないけど、多分、キラリが誰かに話したんだろうな。


 このままじゃ、彼氏ごっこしていることもすぐに話しそうで、胃がキュッとなる。


「そんな言い方はやめなさい!!」


 恵さんが、ツルギ王子の頭を押さえつける。

 その際に、ブチブチブチッ!! と嫌な音がする。


「すいません!! ウチの愚弟が生意気な口をきいてしまって……」

「髪がああああああ!! 俺の髪があああああああああっ!!」

「あ、あの放してあげてください」

「そうですか? お優しいんですね?」

「いえ、将来の同志になりそうな人は放ってはおけません」

「?」


 男っていきなりハゲになるんだよな。


 どれだけフサフサにしていたとしても、突如いきなり髪の毛が抜けだすからツルギ王子の髪が心配だ。


 漫画描いた時はストレスがあったせいか、今よりもずっとハゲていた。

 早い人は二十歳前後ぐらいで髪の毛の跡地が見えるようになるからな。

 髪の毛がない人には思わず優しくなってしまう。


「今日はお二人で何を?」

「前澤社長に呼び出されたんです」

「へー。何でですか?」

「それは、色々ありまして……」


 恵さんが珍しく言い淀んでいる。

 そんなに言いづらいことでもあるのかな。

 俺と同じく説教されるのかな。


「CMの打ち合わせッスよ」

「え? CM?」


 悪い事で呼ばれたと思ったら、逆のことで呼び出しを喰らっているみたいだ。


「それは本決まりじゃないから誰にも言うなって言われてるでしょ!!」

「うわー!! 髪だけはやめてええ!!」


 ツルギ王子が必死になって恵さんの猛攻を避けている。

 流石に同情してきたな。


 恵さんもツルギ王子相手じゃなかったら優しい人なのに。


「CMってテレビのCMですか?」

「詳細はまだ決まってないッスよ。ネットの中だけのCMになるか、それともテレビでもCMでやるか。その規模の話も、今日やるみたいッスね」


 ネットだけの広告CMだけでも凄い。

 やっぱり、ツルギ王子って『ビサイド』って凄いんだな。

 そういう話が来るだけでも世間から認められているってことだ。


「普段から配信で『ヤング』の焼きそばが好きって言っていたら、企業さんの耳に入ったみたいッスね。それで俺にCMをやってみないかって白羽の矢が立ったみたいッス」

「へー、焼きそばかー」


 もっとゲームのCMとか、パソコンとか、それこそヴァーチャルなCMになると思ったけど、まさかの焼きそば、食べ物のCMか。

 ちょっと想像しづらいな。


 実写でCMに出る訳にもいかないよな?

 つまり、CMの中で、食べ物は実写で、Vtuberはアニメーションで出演するのかな?


 かなーりシュールな絵になると思うんだけど、そこら辺はどんなCMになるか想像もできないな。


 あと、まだまだ一般人にはVtuberの認知度は低いと思うから、お茶の間が凍り付くようなことにならないといいけど。


 昔のパチンコのCMで、合体して気持ちいいーとか女の子が叫んでいるCMとかあったよな。

 当時は衝撃的過ぎて、テレビから思わず目を逸らした記憶がある。


 ああいう挑戦的な奴じゃなくて、無難な作りのCMでやって欲しいな。


「まっ、俺以外にも候補いるし、一人じゃなくて三人とかでCMするかも知れないッスけど。まあ、ポシャる可能性の方が高いッスね」

「そうなの? なんで?」

「俺が男のVtuberだからッスよ」

「それは……」


 Vtuberの事務所にもそれぞれ特色がある。

 我が『ビサイド』にも特色があって、女性Vtuberが人気ってところだ。


 男性Vtuberでも人気があるし、登録者数も多い。

 ただ、認知度はかなり低い。

 同じ登録者数であっても、女性Vtuberの方がよくSNSで騒がれている。

 それは、女性Vtuberの方が『ビサイド』では人気だと、みんなから認知されているからだ。


 男性Vtuberだから。

 女性Vtuberだから。


 そんな理由でCMに起用されないなんてあり得ないとは思っているけど、ツルギ王子はそこを気にしているんだろうな。


「知名度を上げれば、『ビサイド』所属の男のVtuberだってみんなから認められてるって俺は信じてッスけどね!!」


 うーん。

 俺のことを一切見ずに、鏡で髪をセットしてないければいいセリフだったなあ。


「チャンスを貰ったからにはそれをモノにするつもりです!! その為に、私も一緒にいますから!!」


 恵さんが元気よく自分の胸を張った。


「ああ、それと、案件っていうのはどこで貰えるか分からないから、自分で情報発信させた方がいいッスよ。SNSで呟いたら、それで案件が飛び込むなんて実例があるッスからね」

「そうだね……」


 確かにそうだ。

 最近、SNSをやるのが怖くなって、あまり呟いていないキラリだけど、もう少しツイートするのを促してもいいかも知れない。


 勿論、事前にツイートを俺に見せるようにしてから、発信させようかな。


「まだアイツもVtuber続けるんスよね。だったら『ビサイド』全体を盛り上げる為にも、少しは頑張って欲しいッスね」

「コラッ!! 一人で行くな!!」


 髪の毛をまた抜かれたら堪らないとばかりに、ツルギ王子は先へ歩いて行く。


「すいません、天音さん。ウチの愚弟が……」


 恵さんが頭を下げてくるが、とんでもない。

 むしろ、お礼を言いたいぐらいだ。


「いいえ、とても励みになりました」


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