第34話 家族が幸福だったのか不幸だったのか

 夢を見たせいで、何もかもを失った。


 漫画を描き続けているせいで、周りとも話が合わなくなった。

 土日が休みな昔のクラスメイトと違って、漫画家のアシスタントは年中無休だった。


 誰とも会わなくなったし、好きだった人も、尊敬する人も、職も失った。


 それからハローワークへ行っても、まともな職歴なしということでぞんざいな扱いを受けた。


 そんな失い続けた人生だけど、キラリは違う。

 俺とは違って彼女には才能がある。


「漫画家になりたくても俺にはなれなかった。――でも、未来さんは違うんです。頑張って夢を勝ち取ったんです。だから――」

「だからなんだ。お前のことなんてどうでもいいんだ。娘の人生の為には、あんなチャラチャラした遊びなんて意味はないんだ!!」

「意味があるかどうかは、他人が決められるようなことじゃないと思います!!」

「なんだと……」


 キラリの父親の目尻が引き上がる。

 威圧感が膨れ上がっていく。

 だが、たじろいでいる訳にはいかない。


「意味とか価値とか、全部後付けじゃないですか!! 誰にだってやりたいことだってあったはずです。最初から叶えたい夢をかなえられる人の方が珍しくて、でも、挫折したから新しい夢ができる時だってあるんじゃないでしょうか!!」

「なんだ、その言い方は!? 娘が挫折してもいいってことか!!」

「そうです!!」

「ちょ、ちょっと!!」


 前澤社長から止められるけど、俺は何もかも失ったからこそ、ここにいる。

 俺じゃなかったら、キラリの為にこうしてここで戦っていなかったはずだ。

 戦っていてとしても、こうして喋っている言葉は、今の俺にしか紡げないはずなのだ。


「周りが彼女の頑張りを止めてしまったら、頑張ることを止めてしまうかもしれない。それが彼女にとって一番の不幸になるんじゃないですか!!」

「なにぃ……」

「俺は挫折したから、新しい夢ができました。彼女を『ビサイド』でトップVtuberにしたいです!! 俺は何者にもなれないかも知れないけど、彼女を何者かにはしたい!!」


 結局俺は、一人前にはなれなかった。

 Vtuberの名前は知っていても、Vtuberのマネージャーの名前を知っている人なんていないだろう。

 精々、社長の名前を知っているぐらいだ。


 立派な肩書きを一つも手に入れることができなかったからこそ、キラリには一流になって欲しい。


「未来さんが親御さんにVtuberであることを隠していることを、私は事前に知っておりました。隠し事をしていることで不安にさせて本当に申し訳ありませんでした!!」


 俺は間違っていた。

 秘密にするべきではなかったのだ。


 こんな風に揉めるんだったら、むしろ自分から親に言うべきだった。


「ですが、今後は未来さんが、自分のやっていることを親御さんに誇れるように二人三脚でやっていきたいと思います!!」


 俺は土下座した。


「娘さんの人生を俺に下さい!!」


 どうか、届いて欲しい。

 そんな俺の思いは、


「ふざけるなっ!! お前のような若造にうちの娘を任せられるか!!」


 粉々に打ち砕かれた。


 それもそうだ。

 俺がどれだけ言葉を重ねた所で、俺とキラリの父親はさっき出会ったばかりの赤の他人だ。

 自分の子どもの人生が左右されるような事態になっているのに、俺の言葉が響くはずなんてなかった。

 だから届くとしたら、


「お父さん!!」


 自分の娘の言葉ぐらいなものだ。


 俺が大声で話していたのが、二階にいたキラリにも届いたんだろう。

 キラリが駆けつけて来た。


「私、Vtuberまだやりたい……」


 さっきまで俺が言っていた言葉と重みがまるで違うはずだ。


 キラリは拳を震えながら握っている。

 それだけで父親と娘の関係はそんなにいいとは言えないのは分かった。

 自分の意見を言うのが怖いぐらい、父親の存在というのは、キラリの中では絶対のようだ。


 それでも拳を握ってしっかりと意見を言っている。


「お父さんだって昔はミュージシャンになりたかったんでしょ!!」

「なっ――!?」


 父親は目を剥いて母親の方を観る。

 フッ、と笑うだけで母親は何も言わない。


 どうやら、父親はキラリに隠していたことのようだ。

 大体、素のリアクションで分かる。


「だったら私の気持ちも分かるでしょ!! 私にも夢を追いかけさせて!!」

「駄目だ……。いいか。いつかお前は後悔することになる。俺がしょうもない夢を見たせいで、家族は不幸になったんだ」


 父親が悲しそうに項垂れる。

 きっと責任感が強い人なんだろう。

 昔、自分が家族に迷惑をかけたことをずっと悔やんでいるんだろう。


「でも、私は幸せだよ!!」


 その言葉に父親はハッ、とした表情になった。

 瞳に涙のフィルターがかかる。


「お母さんだって不幸だって思ってないよ!! 思って……ないよね?」

「勿論よ。苦労はしたけどね」


 穏やかそうに笑う母親に、その場の空気が一気に和む。


「ごめんなさい。お父さん。反対されるのが怖くてずっと黙っていて。でも、今度からは相談する。だから、お願い。今だけは夢を追いかけさせて……」

「…………」


 必死に懇願する娘を観ながら、父親は黙りこくった。

 全員の視線が父親に注がれ、誰もが固唾を飲んで状況の推移を見守る。

 無限にも思える沈黙の時間が過ぎていく。


 やがて父親は唇を固く引き締めると踵を返す。


「……勝手にしろ」


 別の部屋へと歩いていく。


「え? え?」


 その姿を観て、オロオロとキラリは周りを見渡す。

 どうやら父親の真意が分からなかったのはキラリだけのようだ。


「Vtuberを続けていいってことよ」


 母親が、良かったわねと、キラリの肩を叩く。

 ジワリ、と嬉しさが込み上がったキラリは、ようやく実感すると俺の体当たりをぶちかましてきた。


「やったあああああ!!」

「痛ッ!!」


 キラリの頭突きが顎にクリーンヒットする。


「やりましたね! マネージャー」

「あ、ああ。本当にやりやがったな」


 お、重い。

 俺の上に腰を落ち着けているせいで、しっかりとキラリの体重が乗っている。


 そして、俺が後ろに倒れ込んだ音を聴きつけたのか、父親が別の部屋から怒鳴り込んでくる。


「おい!! 貴様、うちの娘に何をしているっ!!」

「す、すいません!! お父さん!!」

「お前がお義父さん言うなああ!!」


 混乱し過ぎて何を言っているのか分からない父親に再び激怒されて、散々な一日になった。


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