第25話 高校の同窓会で昔の夢を暴露される

 同窓会をやっている居酒屋まで来た。

 予定時刻ギリギリアウトといったところで、メールを読むともう始まっているようだった。

 俺は店員さんに案内されて高校の同窓会の面子のところまで来た。


「えっ、と。俺はどこに座ればいい?」

「ああ、お前……天音、だよな……?」

「ああ」


 とりあえず一番近くにいた奴に声をかけたが、誰だったけ?

 あまり他人に興味があるタイプじゃない俺は、こいつのことを憶えていない。

 だが、あっちは俺の名前を覚えているようだった。


 すると、何やら少し遠くにいた連中が騒ぎ出す。


「あれ? 天音じゃね?」

「うわっ、天音だっ!!」

「なっ――つっ!! 全然変わって無くない!?」

「生きてたんだあ……」


 まるで幽霊にでも会ったかのような反応だ。

 まあ、確かに名前を公開する系のSNSもやっていないし、連絡を小まめに取り合うような友人知人なんていないから、死んでしまっているような感じだったかも知れない。


「おい、天音、こっちで飲めよ」

「佐藤、か……」


 横から声をかけられる。

 心なしか老けてしまっているような気はするが、面影がある。

 少しは話していたクラスメイトの人間だった。


「あ、ああ。まあ、婿養子になって苗字変わったんだけどな」

「え? わ、悪い、知らなくて」

「いいんだよ。こっちこいよ。みんないるぞ」


 結婚しているのか。

 まあ、そんなもんだよな。

 しかも婿養子か。

 なんだかそれなりに大変な目に合ってそうだよな。

 確か佐藤は実の家族と仲悪かったし。


「天音久しぶりぃー」

「うわっ、まじでいるじゃん」

「良かった連絡して」

「ちょっと天音が座るところ用意しよ」


 そこには佐藤含めて四人の男達が座っていた。

 ここで一つのグループが出来ているようで、みんな高校生の頃、俺が喋っていた友人だった。

 ただ、高校を卒業してからはあまり会っていない。

 そのうちの一人である斎藤という奴が、俺にメールで連絡をくれただけでも他のクラスメイトよりかは仲がいいな。


「斎藤達も久しぶり。ここ、座っていいのか?」

「いいの、いいの。もう席とか関係なくなってきたから」

「ああ、そっか……」


 周りを観ると、確かに人の動きが入り乱れている。

 みんな好き勝手にグループを作って、そこに渡り鳥のように色んなグループに話しかける奴もいる。

 これだけ騒がしい飲み会なんて久しぶりで少し高揚感がある。


 ここに来る前は同窓会なんて胃痛の種ぐらいにしか思っていなかったが、来てみると意外に楽しいかもな。


「というかさー。天音。今、何してんの?」

「あー、それ俺も聞きたかったな!!」


 ああ、その質問か。

 いきなり過ぎる。


 正直、訊かれたくなかった質問だったけど、そういう質問って、絶対同窓会とか初対面の人とかでは質問来るよな。


 俺は半ば覚悟していたが、言いたくなかったので誤魔化したくなった。


「みんなは何しているの?」

「田中は市役所勤務で、飯田は中学教師、斎藤は銀行勤務、それで俺はスーパーだけど一応店長やってるよ」

「へー」


 高校は進学校だったのでみんなお堅い会社に進んでいる。

 佐藤は学校では不真面目だったからちゃんとした会社に行けなかったっていうのは聴いていたけど、スーパーか。


 良くないが、一瞬、内心で少し安堵したが、店長か。

 出世しているんだな。

 俺なんかただのペーペーなんだよな。


「で、天音は何してるの?」


 佐藤からの追及は止まらなかった。

 もう駄目だ。

 言わなきゃ終わらない。


「まあ、営業みたいなもんかな。最近転職してさ」

「へー、営業なんだー」

「会社員ねー。それって正社員?」

「いや、そういう訳じゃないけど……」

「なんだ。バイト? パート? どっち?」

「パートかな」

「つか、パートとバイトって何が違うの?」


 あれ?

 なんかみんなが何か残念そうな声のトーンをしていた。

 俺が営業って言った時からだ。

 もっと変な職業に就いていればいいのに、とかそんなことを言いたそうな空気感だった。


 ギシッ、と胸が軋むような音がした気がした。

 なんだろう。

 みんなとの距離を感じる。


 Vtuber事務所のマネージャーになったなんて言えないから、営業って嘘ついたせいかな。

 罪悪感のせいで俺が勝手にみんなとの距離があると思っているだけなのかな。


「良かったー。なんかちゃんと地に足着いた職業ついててー」

「分かるー。なんかさー、昔から天音って夢見がちだったよなー」

「そうそう。俺はお前らとは違うから、とか言っていたよな!!」

「アハハ!! うけるー」

「……そんなこと言っていたかな」

「言ってたから!!」


 あれ?

 俺そんなイタい奴だったのかな。

 ま、まあ、高校生でイタくない奴なんていないだろう。


 だからそこまで言わなくてもいいんじゃないかな。

 一応、俺達って昔クラスメイトだった仲なんだし。

 だけど、周りを窘める奴は一人もいなかった。


「そうそう。漫画家になるとか言っていたよなー。あれ、どうなったの?」


 ズキッと胸が痛くなった。

 それは、佐藤にしか言っていなかった俺の夢だ。

 他の奴には内緒にしろって言っていたのに、まさか、みんなに喋ったのか?


「さ、さと――」


 問い詰めようとしたら、佐藤がスッと視線を外す。


 ああ、そうか。

 そうだよな。


 もう、随分昔の話だし、もう時効みたいなもんだよな。

 だから酒の肴に暴露したんだろう。

 俺がプロの漫画家になりたいって夢見がちな馬鹿だったってことを。


「ねえねえ? 連載とかできたの?」

「トワイライトとかでさ、連載できたら凄くない?」

「いいよなー。漫画って楽だもんなー。ただ絵を描いているだけでお金貰えんだもん!! 俺だってなりてぇーわー」


 拳がいつの間にか握られていた。

 この拳を、こいつらにぶつけることができたらどうなるんだろう。


「――お前ら」


 自分が思っていたよりも低い声が出る。

 こいつらを思う存分ぶん殴ることができたら、俺は――。


「なれるわけないじゃーん。漫画なんて!!」


 俺はこんな気弱な性格になんてなっていない。

 それに、こんなに周りから責められたりしない。

 こんなの、いじめだ。

 だけど、こいつらにとってはただのコミュニケーション。

 俺が殴ったらそれこそ警察に捕まるのは俺だけだろう。

 だから笑うしかないんだ。


「いやー、あの時は俺も夢見てたなー。俺って馬鹿だったしなー」

「そうそう。天音って昔から馬鹿だよなー」

「そういえばさ、天音ってさ数学授業でもさー、アホだったよなー」

「え? 何々?」


 みんな俺の話をし始める。

 内容は数学の授業中に、俺が寝てしまって、起きた時に椅子からずり落ちて先生から怒られた話だった。

 そんなこと、どうでもいい。

 なんで、そんなどうでもいいことを憶えているんだろう。


 他にも雑巾で足を滑らせてこけた話とか、体育の授業中にバレーボールが顔面に当たった話など、ひたすらに俺の失敗談の話が出て来た。

 こいつら、なんでこんなに俺のことを詳しいんだろうってぐらい、俺の恥ずかしい話を続けた。


 ひとしきり俺のことをディスる時間が続いた後、佐藤が、


「ごめん、ごめん。ちょっと言い過ぎたかな? 天音」

「……ばーか。飲み過ぎだって!!」


 俺は言葉に詰まりながらもそういうと、佐藤は合格と言わんばかりに満面の笑みを返してきた。


 こいつらに免罪符を与えてしまった俺は、そこからずっと悪口を言われ続けられた。

 俺はストレス発散のはけ口になったのだ。


 時折話が続いて、話題がなくなると俺のディスり話に花を咲かせていた。


 どうやら俺は、みんなの話題提供の為に呼ばれたらしい。


 きっと、みんな何回も集まっているから同じ話をずっと続けていたんだろう。

 だから、俺ですら覚えていない昔話をこうやってすぐに披露することができる。

 だけど、同じ面子ばかりで集まっていると、どうしても話題が尽きる。

 だから、ちょっとした刺激のために、大して親しくもない俺に白羽の矢が立ったんだろう。


 俺はどれだけ他人からからかわれても、それを強引に突っ撥ねることができない弱い人間だってみんな知っているから。

 だからこうしてみんなして責めて愉しんでいる。


「天音さ、結婚は? 彼女は?」

「いや、いないけど」

「だよなー」


 そう笑いながら佐藤達は、今度は下世話な話や、子どもがいる大変さとか、俺には到底分からない話題を続けたりもした。


 俺が大した相槌が打てないのも分かりながらも、随所で俺に話を振っている間もみんなニマニマしていた。

 優位に立てて愉快で仕方のないって顔だ。


 そうだよな。

 自分よりも低い人間をひたらすらにこき下ろすの時がきっと、こいつらにとっての至福の時なんだろう。


「なんで、こんなところにいるんだろう……」


 小さく呟いたが、俺の話なんてここにいる誰の耳にも届かなかった。

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