第23話 ツルギ王子が考える著名人の海外進出がVtuberに与える影響

 事務所の廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。


「あれ? あの問題児のマネージャーじゃないッスか。お久しぶりでぇーす!!」


 振り向きたくない。

 だけど、相手は所属タレント。

 しかも、担当のキラリよりも格上の登録者数を誇っている。

 無視したら大問題になる。


「ど、どうもツルギ王子さん」

「…………」


 振り向いて挨拶したというのに、ツルギ王子は手鏡で髪の毛をセットするのに夢中だった。

 やっぱり、鏡は常に持ち歩いているみたいだな。

 髪の毛のセットに命かけているみたいだけど、せめてセット終わってから話しかけてくれないかな。


「プチ炎上以来ッスか!? 元気してましたかぁ!?」

「ええ、まあ……」


 あのプチ炎上は、キラリが一方的に責められることじゃなくて、このツルギ王子にも責任の一端があるってことは全く自覚していないみたいだ。

 姉の恵さんから相当言われただろうに、まだ懲りないみたいだな。


「こっちはこっちで大変だったんスよ。復帰動画は同接8万しかいかなかったし……」

「そ、そうなんですねー」


 こっちの同接数を知っていてチクチク言っているなら、かなり嫌味な人だな。

 俺も苦笑いを返すしかできない。


「……そういえば、ほら、売り切れてたッスよ」

「売り切れてた?」



 何のことか分からなかったが、ツルギ王子によって掲げられたスマホを覗き込む。


 それは、通販の商品紹介ページだった。

 ツルギ王子の言う通り、品切れになっていて再入荷待ちになっているようだ。

 これは、ゲーム?


「ほあら、あの問題を起こしたVtuberが復帰動画でプレイしていたピアノのゲームッスよ」

「ほ、本当だ……」


 ツルギ王子の言う通り、キラリが配信で使っていたピアノのゲームが売り切れになっている。

 俺もこの通販のサイトを配信前に見ていたが、在庫はかなりあったはずだ。

 それが、配信後に売り切れになっている。


「配信の影響は少なからずあるんじゃないッスか。良かったッスね」

「そう、ですかね……」


 それだけ言うので精一杯だった。


 嬉しい。


 自分が考えたことが間違いじゃなかったんだって思えた。

 キラリの良さがみんなに伝わったんだな。


「あの騒動を起こした女子高生にも言っておいた方がいいんじゃないッスか。どうせまだ落ち込んでいるんじゃないんスか」

「それは……」


 元気を取り戻してきてはいるが、まだ本調子ではない。

 確かに、この通販のページを見せれば、キラリも元気になるかも知れない。

 だけど、ツルギ王子がここまでキラリのことを気にかけてくれているなんて意外だった。


「ありがとうございます。キラリも喜ぶと思います」

「まっ、あいつがコケたら、『ビサイド』もコケるんで、少しは先輩としてフォローしておかないと駄目ッスからねぇ」


 先輩風を吹かせているが、ツルギ王子の言う通りだ。

 言い方には少し棘があるけど、今は素直に品切れのことを伝えてくれて感謝しよう。


「今日は収録でもあったんですか?」

「ダンスレッスンの日ッスよ。まっ、まだ部屋が空くまで時間あるんで、暇つぶしに知り合いに声をかけたってところッスね」

「暇つぶし……」


 暇つぶしの相手として選ばれたのか。

 もっとちゃんとした言い方あるだろ。


 キラリのことを慮っている時はいい人かと思ったけど、やっぱり喧嘩売っているよね、この人。


「さて、と」


 そう言いながら、ツルギ王子は手鏡を手提げバッグに入れた。

 その時に、バッグの中身が見えてしまった。

 その中に入っていたのが、あまりにもツルギ王子のイメージとかけ離れていたので、ついつい呟いてしまう。


「……それって英単語長?」

「ああ。実は最近勉強してるんスよね。英語禁止配信とか日本語禁止配信とかあるじゃないッスか。その為の勉強ッスね」

「ああ、縛りルールありの配信も一時期流行りましたね」


 配信中のお喋りの時に、日本語を禁止という自分ルールを課した配信というものがある。

 日本語が言えないので、中学生並みの英単語しか言えなくて悪戦苦闘している姿を観て楽しむという配信だ。

 結構人気があるコンテンツだ。


「でも、それは英語が下手だからこそ盛り上がるんじゃないですか?」


 バラエティ番組で運動会をやっている姿を見せる番組があるけど、あれは運動音痴の人がやっているから盛り上がる。

 逆に中途半端に運動ができる人が運動会をやってもつまらない。

 本当に運動ができる人の運動を観たいのなら、オリンピックで観たいはずだ。


 それと同じように、英語縛り配信とかは、英語が苦手だからこそ視聴者も楽しむ配信なんじゃないだろうか。


「ああ、バラエティ的なノリでやるんじゃなくて、真面目にやりたいんスよ。英会話教室なんかにも通って、できれば、海外と日本どっちのファンも獲得したいんス」

「なるほど……。海外のVtuberもいますからね」


 英語縛り配信が何故人気かというと、海外勢のリスナーも視聴するからだ。


 俺はコメント欄が海外勢の英語でいっぱいになるから、英語縛りの配信はあまり好きじゃないけど、海外勢からしたら嬉しい限りだろう。

 何せ普段は英語を喋ってくれない推しが、自分の分かる言語で話してくれるのだから。


 俺も海外のVtuberや、海外の俳優とかが日本語で、


「コンニチハ。スシ。スキヤキ。アリガトウゴザイマス」

「日本のミナサン。今日はヨロシクお願いします」


 とか片言で話してくれただけでも興奮してしまう。


「声優や芸能人だって最近海外進出しているじゃないッスか。別に海外進出までするつもりはないッスけど、たまには英語限定配信した方が、視聴者は増えやすいんじゃないんかと思ったんスよ」

「凄い、色々考えているんだね……」


 日本の市場は意外に大きい。

 だが、コンテンツが大きくなればなるほど、個人が活躍する場というものは狭まって来る。

 だから声優やVtuberは海外での活動を視野にいれた行動を起こしている。

 日本のオタクコンテンツが世界に求められるような時代になってきている。


 日本の優秀なアニメーターや、ゲーム開発者などの人材が海外に引き抜かれている現状もある。

 それに乗り遅れたらという不安もあるのかも知れない。


「まあ、うちの鬼マネージャーに尻叩かれているだけッスよ」

「恵さんか……」


 滅茶苦茶優秀なんだろうな、恵さん。


 俺もそこまで考えたことなかった。

 マネージャー就任から日が浅いとか関係ない。

 俺とは発想のスケールが違う。


「じゃ、いい暇つぶしになったんでそろそろ俺は行くッス。あの炎上製造機にもよろしく伝えておいて欲しいッス」

「ああ、はい……」


 最後の最後まで無礼な奴だったな……。


 そう思いながら俺は踵を返した。


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