第22話 同接2万人越え記念と抱擁記念

 ピアノの演奏をした途端に空気はガラッと変わった。

 一瞬、コメント欄が停止した。

 そして、それから爆発的にコメント数が増えた。


『う、うめええええええええええ!!』

『流石、キラリちゃん。こんな特技あったんだ!!』

『この曲懐かしいな!! 昔のこと思い出して涙出てきた!!』


 コメントは賞賛の嵐だった。

 中には批判的なコメントもあったけど、ファンのコメントに流されて全く気にならなかった。


「つ、疲れましたねー」

「はい、水」

「ありがとうございます」


 ペットボトルの水をあげると、キラリはグイッと飲み干す。

 机に突っ伏してお疲れモードだ。


 収録室の貸し出し時間はまだタップリある。

 少しぐらいまったりさせてやりたい。


「好評で良かったな。最後辺りでアンチはいなくなったみたいだし」

「でも、私のピアノ下手くそでしたよ?」

「俺には上手く聴こえたよ。――良かった、本当に……」

「あ、ありがとうございます」


 照れた様子のキラリだった。

 どうやら満更でもなさそうだ。


 心の底から俺は上手いと思った。

 視聴者もみんなうまい、うまいと褒めてくれていた。


 後からピアノガチ勢がやってきて、コメント欄やSNSとかで、


『この演奏が上手いとか、キラリのファンって耳おかしいだろ』

『ピアノ習っている奴ならこれが下手だとすぐ分かる』


 とか、そういうことを書いて来るかも知れないけど、まあ、それはごく一部だと思っている。


 コメントっていうのは同意の数ほど目立つように作られている。

 つまり、同委の数が少なければ、それが賞賛コメだろうが、アンチコメだろうが関係なく目に晒されない。

 今回は賞賛コメの方が圧倒的に多いから、アンチコメはみんなから見えないところにあるだけだ。


「でも、楽譜なしでピアノできるもんなんだな」

「ま、まあ。私は絶対音感ですから耳コピで適当に……」

「えっ!? 絶対音感!?」

「そ、そんなに凄いことじゃないですよ。小さい時からピアノを弾いていたら、後天的に絶対音感を身につけることもできるって言いますし」

「へぇー」


 自分にはそういう周りに自慢できるような特技がない。

 だから、絶対音感なんて努力の結晶か、神様から与えられた天賦の才みたいなものがある人は尊敬してしまう。


 面接とかで、


「あなたの特技は何ですか?」


 と訊かれた時なんか言葉に詰まってしまう。

 そんな時に絶対音感持っていたら、すぐさま言えるだろうし、面接の時に話が弾みそうだ。


「でも、リスナーのリクエストに答えだした時は驚いたよ」


 リスナーのリクエストに応えるのは、台本にはなかったことだ。


 最初の配信予定では、演奏する曲は決まっていた。

 画面にリストアップして、順番に演奏していく手筈だった。


 だが、次々とリスナー達は自分達の聴きたい曲をリクエストしていった。

 カラオケ配信とかならまだ分かる。

 だが、ピアノ配信だ。

 楽譜もなしにいきなり演奏をしろと言われてもできるはずがない。


 そう焦っていたが、あっさりとキラリは弾いてみせた。

 もしもリクエストなんて無理だと言っていたら、多少空気が悪くなったかもしれない。

 だが、どんなリクエストにも答えたキラリに、みんな興奮していた。

 今回の配信は結果的に大成功だったといえる。


「勿論、全部演奏できるわけじゃないですけど、ある程度は耳コピできます。一音、二音は間違っていても、聴いている方が勝手に補完してくれるので、まともに聴こえているだけですよ……」

「それでも良かった! 好評だったから、来週も配信できればピアノをやろう」

「はい!! 一応、同接2万人は超えましたからね!!」

「ああ!!」


 新人であっても『ビサイド』では、配信の同時接続数が5万を越えてもおかしくない。

 その中での2万越えは、人によっては大したことないと思われるかもしれないけど、俺的にはかなりいい。


 ずっと配信期間がなかった時期があったので、少なからずファンは減少していたはずだ。

 それなのにこれだけ同接が稼げたならかなりの好記録だと言える。


「でも、選曲がオッサンとか、オバサンとか言われてましたね……」

「ま、まあ、ある意味愛されているってことで。興味ない人にはそんなツッコミいれないから」


 俺は演奏する予定だった曲を昔のアニソンに限定した。

 そのせいでキラリはリスナーにオバサン扱いされたけど、それは一応わざとだ。

 ツッコミを入れられるような曲をピックアップした。


 まあ、最近有名なアニソンがないのもあるけどな。

 Vtuberを観に来ているぐらいだから、J-POPや洋楽よりもアニソンの方が需要があるのは分かっていたからアニソンにするにして、昔のアニソンでも、今の若い子達にも受け入れて貰える自信はあった。


 そのアニメは見た事ないし、アニソンも知らないけど、好きな音楽ゲームのアプリでコラボしている曲だから知っているという子もいると知っているからだ。

 それに音に合わせた動画を投稿するSNSからも、曲を知っていく若者がいるのでウケると判断したけど、それも計算通りだったので良かった。


 キラリ知らない曲であっても、すぐに弾けるようになったのでそれはありがたかった。

 正直、ここまで演奏できるとは思っていなかったので、嬉しい誤算だった。

 本人は謙遜しているけど、かなり上手いと思う。

 ただ演奏するんじゃなくて、リスナーのリクエストに応えられるのは、かなり凄い。


「……あの」

「どうした?」

「演奏する前に手を握ってしまってすいませんでした」

「あー」


 神妙な顔をしたので何を言い出すかと思ったら、そのことか。


 正直、この前の頭を撫でた方がよっぽど恥ずかしかったけどな。

 家に帰ってから一人で悶えていた。


「いや、いいよ。緊張してたんだもんな」

「じゃあ、もう一回だけ」

「えっ!?」

「お願いします!! もう一回だけ手を握ってもらもいいですか?」


 嫌なんだけど。

 あの時は流れで手を握れたから、俺も躊躇いなく握り返せた。

 でも、改めて握ってと言われると嫌だな。

 だけど、


「あと一回だけだ」

「やった!!」


 喜ぶキラリと手を握る。


 密着すると、キラリが汗をかいているのが分かる。

 汗をかくぐらい配信頑張ったんだな。


 それにしても、汗かいても匂いがしないな。

 というか、いい匂いしかしない。


 俺も加齢臭とかはしないつもりだけど、女性よりかは男性の方が体臭は臭いはずだから、匂っていたら嫌だな。

 そんな懸念を余所に、


「ピース」


 キラリはスマホで写真をパシャパシャ撮っていた。

 随分はしゃいでいるな。


「あのな、そういうのは流失が怖いからあんまりやらない方がいい」

「いいじゃないですか、別に。ちゃんと削除しますよ」

「そういうことじゃなくてだなあ!!」


 スマホを取ろうと身を乗り出した。

 その際に、キラリは疲れもあったのか、机に置いた手が滑った。

 そのまま後ろに倒れそうだったキラリを、俺が抱き寄せる。


「わっ」

「きゃ」


 パイプ椅子が盛大に倒れる音がする。

 反射的にキラリが倒れるのを庇ったせいで、俺も背中を強打してしまった。


 痛い。

 だが、まずは自分の担当Vtuberの心配だ。


「だ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」


 俺が庇ったから怪我はないはずだ。

 無理はしていないか、と顔と顔が超接近しているキラリの様子を伺う。


 そして、キラリの頬が赤く染まっているのが分かる。

 この体勢、もしかしなくても抱き合っているようにも見える。


 そんな時に、パシャリ、とあまりにも場違いな音がした。


 音源の方向に首を曲げると、そこにはスマホがあった。

 この状況下においてスマホで写真を撮っていた。

 どうやら怪我はないようだ。

 心配して損した。


「うぉい!! 撮るなって言っているだろ!!」

「いいじゃないですか!! 初めて彼氏に押し倒された記念写真ぐらい!! これぐらいデータとして残したいんですけど!?」

「彼氏じゃないし!! 駄目だ!!」



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