第21話 『バレバレ☆ユカイ』の演奏
配信日。
俺は収録室で配信が始まるのを見守っていた。
本来であれば、俺は居ない方がキラリも配信に集中しやすいはずだ。
そう思っていたので席を外していたのだが、傍に居て欲しいと言われた。
なので、
「…………」
こうして無言でキラリの横にいる。
身動ぎすらしづらい。
衣擦れの音を拾ってしまったら、また炎上の火種になるからだ。
こんな危ない橋なんて俺だって渡りたくない。
だから前澤社長に相談もとい、止めて欲しかったのだが、
――やりなさい。
――えっ……。
――キラリにも配信について相談されました。彼女相当参っているみたいよ。
――やっぱり、そうですか。
――ご家族とのことで色々あるみたい。
――えっ、俺にはそんなこと……。
俺には何も相談されなかった。
信頼されてなかったのかな。
社長よりも、普通マネージャーの方が相談とかしやすいよな。
それなのに社長に相談しているって……。
――気にしなくていいですよ。あなただからこそ、教えたくなかっただけです。随分と信頼されているみたいですね。あなたのことはキラリからよく聴いています。
――そ、そうなんですかね……。
偽装彼氏のことまで相談されていたらどうしよう。
この前澤社長、曲者感があるんだよな。
敏腕なだけあって、どこか読めない部分がある。
――あの子が前向きに配信を始めることになったのはあなたのお陰だと思っています。ありがとうございます。
――そ、そんな。頭を上げてください。
頭を下げられた。
雇用されている身としては、そんな姿を見て驚かざるを得なかった。
たった一人のVtuber為に、そこまでするなんて。
そこまで一人一人のVtuberを大切にしているんだな。
――彼女の傍にいてあげて。今回だけでいい。あの子はまだ子どもなの。だから、あなたのような人があの子には必要なの。
――分かりました……。
信頼されていると言われたら悪い気もしない。
俺もやれることはやろう。
ひたすら黙って横にいることしか俺にはできないけど。
……それにしても、母性あったな前澤社長。
キラリの母親みたいだった。
踏み込んだ会話もしているみたいだし、いい人なんだろうな。
「皆さん、お久しぶりです。キラリです」
キラリが配信を始めた。
声が震えている。
やっぱり、久しぶりの配信だし、Vtuberとしての経験自体も少ない。
緊張しているんだろう。
例え、Vtuberであっても画面越しに不安げなのは伝わっているだろう。
『キタアアアアアアアアア!!』
『時間通り始まったな』
『こいつ炎上した奴だろ。なんでのうのうとVtuberやってんの?』
『こいつのせいでビサイドの箱推しいなくなるだろ。なんで事務所はこいつのこと放置してるの? 仕事しろ』
『キラリの声嫌いなんだよね。男に媚びてる感があってキツい』
やっぱり最初は批判なコメントが多い。
実はNGコメントを設定はしているのだが、細かくはしていない。
行き過ぎたNGコメントは視聴者がストレスを感じてしまう。
多過ぎるコメントNGのせいでまとめサイトで報じられた過去だってあるのだ。
だからある程度はスルーする能力が必要だ。
頑張れ、キラリ。
「えっ、と、えーと、今回は申し訳ありませんでした。私のせいで皆様にはご迷惑をおかけしました。ツルギ王子のファンの皆様も申し訳ありません」
たどたどしくもキラリが言葉を発すると、コメントの流れが加速する。
『この女がツルギ王子を篭絡したのか……』
『アホか。あくまで噂だろ』
『そもそも炎上していない!! 無罪だった!! キラリちゃん頑張って!!』
『この女、絶対ブサイクだわ』
『ツルギ王子も否定していたし、別にキラリだけが悪い訳じゃないだろ』
キラリの配信で来るような人間以外もやっぱり来ているみたいだな。
ツルギ王子のフォロワーや、騒ぎを起こしたキラリを観に来た野次馬のような人間。
色んな思惑を持った人間達がいるので、コメント欄が前回、前々回の配信よりもカオスになっている。
「皆様に誤解をされないように、今後はSNSに写真を上げることは禁止するようにします。また、ツルギ王子と実際に話したことはほとんどありません。なので、皆様が考えているようなことは一切ありません」
その言葉を要った途端、批判コメントでいっぱいになる。
『は? 皆様? 私達が悪いみたいな言い方しないでくれる?』
『確かに俺達が誤解したから悪いみたいな言い方だよな』
『うっせえわ。ツルギファンは消えろ』
『アンチの工作活動ウザ過ぎ』
『お前ら底辺が騒げば騒ぐほどこいつにお金入る仕組みって分からないのか? 陰キャはガールズバー行けよ』
ギュッとキラリは拳を握る。
ここで弱いところを見せたら、余計に叩かれる。
打合せ通り、やり遂げるんだ。
「こ、今回の騒動は全て私の責任です。皆様の期待を裏切るようなことになってしまい申し訳ありません。『ビサイド』が好きな人に不愉快な思いをさせて申し訳ありません。今後は『ビサイド』の一員としての自覚をもって、ファンの為に配信をしっかりとしていこうと思っています」
「…………っ!」
キラリは俺の手を握る。
驚いて声が出そうになった。
引き剥がそうとしたが、キラリの手は震えていた。
俺は黙ってキラリの手を握り返した。
『まあ、こいつのせいでVtuber嫌いになった奴もいるよな』
『みんな言い過ぎだろ。そこまでのことしたか? キラリが』
『モテない奴ほど僻む』
『そもそもこいつ配信全然しねぇよな。この騒動で活動休止とか言っていて笑ったわ』
キラリの手は冷たかった。
緊張のし過ぎて顔色も青い。
あまりにも酷かったら、配信を途中で終えた方がいい。
キラリが何を言おうとも、俺は途中で止めたいと思った。
無理やり頑張ろうとするだろうが、マネージャーの俺にとって一番大事なのはキラリの心だ。
「前回の配信でファンの皆様に色々と意見をもらいましたが、今日はピアノ配信をやろうと思います」
謝罪動画から、今回の動画の肝であるピアノ配信だ。
これでみんなの反応がどう変わるかだ。
『ピアノ?』
『は? そんなの弾けるの?』
『なんで? もっと謝罪しろよ!!』
『脈絡がない。こいつ全然反省していない。絶対同じこと繰り返すわ』
キラリは俺から手を離すとピアノのゲーム配信を始める。
曲のチョイスについては俺の考えがあったので、キラリと相談して選んでおいた。
「聴いてください。曲は――『バレバレ☆ユカイ』です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます