第19話 父親の夢の果ては(河野未来視点)

 コンコンとノックされた。

 寝たふりでもしようかと思ったが、部屋に入って来られても嫌だ。


「なに?」

「未来、ちょっといい」

「いいけど……」


 どうせ父親が説教にでも来たのかと思ったけど、母親だった。

 何の用だろう。


「さっきのことなんだけど」

「うん……」


 母親はドア越しに話を進める。


 冗談を言いに来たんだったら、躊躇なく部屋に入って来るはずだ。

 ドアノブを回す気配すらないってことは、真剣な話をするって合図。


 私は少し緊張してしまう。


「お父さんも悪気はないから、許してあげて。少し私が叱っといてあげたから」

「うん……」


 許したくはないけど、そういうしかない。

 あの父親が母親に少し怒られたところで反省するとは思えなかった。

 いつも同じ話を蒸し返すし。


「お父さんね、本当はミュージシャンになりたかったの」

「え?」


 唐突な言葉に虚を突かれた。


 ミュージシャン?

 あのお堅い考えをしている父親が?

 そんな話、されたことあったかな?

 俄かには信じがたい。


「大学生の時にバンドを組んでね。メジャーデビューしようとして賞も取ったし、インディーズの曲でもそれなりに売れたの」

「そうだったんだ……」


 そういえば、何とか賞とかいうトロフィーが棚に飾ってあった。

 学校で貰ったトロフィーかと思ったら、ちゃんとした大会に出たんだろうか。

 昔は今よりそういう音楽大会が多かったって聞くし。


「でもね。夢だけじゃ生きてはいけなかったの」


 扉に爪を立てる音がする。

 母親は何か嫌な思い出を思い出しているかのようだった。


「一人、また一人、仲間はバンドを抜けて行って、最後にはお父さん一人になって。それでも頑張ろうとしたら、喉の病気になって夢を諦めたの」

「……そんなの聴いたことなかった」

「お父さんはそのせいで当時付き合っていた私にも苦労をかけたって後悔している。普通の仕事を探そうにも、社会人にならずにバンドで遊んでたって言われてどこの面接にも受からななくて、私の父親に頭を下げて仕事を貰ったの」


 定職に就かずにバンド、か。

 音楽に関する会社じゃなかったら、面接官に遊んでいると思われるかも知れない。

 音楽業界は年々衰退しているって聞くし、そういう会社にも就職ができなかったんだろうか。


「お父さん、会社に入ったはいいものの、周りからはコネ入社だって言われて、その時は荒れてたわ。その時は私にも辛く当たって、離婚も考えた。――でも、あなた達が生まれた」


 さっきまで暗い声色だったけど、私達の話になった瞬間、母親の声が変わった。


「あれでもかなり優しくなった方よ。あなた達のことを大事に思っている。でも、だからこそ、あなた達には自分と同じ道を進んで欲しくないって思っている」

「…………」


 私がフラフラと変な道に行かないか危惧しているってことか。

 でも、それでも私は夢を諦めさせられたことを忘れられない。


「親のエゴだってことは父さんだって分かっている。でも、あの人は不器用だから愛情表現が下手なのね……」


 大人は怒られている内が花。

 それだけ思われている証拠。

 そんな事を言って、叱ることを正当化するけど、傷つけられた方はたまったものじゃない。

 そんな風に思ってしまうのは、私がまだ子どもだからだろうか。


 父親のあの横柄な態度に常に寛容でいることは、私にとっては難しいことだ。

 ずっと家にいるから、お互いに素直になれないんだろうか。


 親元を離れて初めて親の大事さが分かると聴くけど、私にも父親に寄り添える日がくるんだろうか。


「親のことを理解しろとは言えない。でも、あなたのことを想っているってことは忘れないであげて」

「分かった……」

「それだけ。じゃあ、ごめんね……」

「うん……」


 母親がどこかに行くスリッパの音が聴こえる。


「はあ……」


 分からない。

 何が正しくて間違っているのか。

 私がただ意固地になっているのか。

 それとも父親がやっぱり悪いのか。


 人と人の問題に白黒なんてつけられないのかも知れないけど、それでも私はハッキリさせたい。

 答えが分からないから、いつもむしゃくしゃするんだ。


「連絡こっちからしようかな……」


 私はスマホを眺める。

 こっちから待っているだけじゃ、もう持たない。

 だからマネージャーには私から連絡しよう。

 そして、今日会ったことを愚痴ってみよう。


 私の話ちゃんと聞いてくれるかな。

 聞いてくれるよね?


 だって、マネージャーは私の彼氏役なんだから。

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