第17話 週刊少年トワイライトでハザマ先生の新連載が始まりました

 キラリとの打ち合わせは中途半端なまま終わってしまった。

 トボトボと歩いていると、事務所内で見知った顔の人が前から歩いて来る。


「あっ、天音さん。お疲れ様です」

「お疲れ様です、恵さん」


 強烈なキャラだったので、今度は名前を覚えていた。

 今日もジャージ姿だけど、最早ジャージが普段着なんだろうか。

 あのナルシストな弟さんを持っているマネージャーさんだ。


「お帰りですか? 疲れてますね」

「まあ、打合せで少し……」


 そんなに疲れている顔をしているんだろうか。

 鏡で確認すれば良かったかな。


 まあ、打合せで疲れたというよりかは、あの恋人ごっこで疲れたんだよな。

 久しぶりに女性とあんなことをしたので、精神的に疲弊した。

 この年齢になったあんなたどたどしい手の握り方したらむず痒いにも程があるというものだ。


「愚弟との打ち合わせも大変ですよ!! お互い遠慮なく言い合うので喧嘩みたいな打ち合わせになるんですよね!!」

「そう、なんですね」


 声量大きいな、相変わらず。

 一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。


 喧嘩する程仲がいいと言うが、ツルギ王子と恵さんも珍しいマネージャーと担当Vtuberの関係だろうな。

 激論を交わしていそうだが、切磋琢磨できるような関係性で俺的には羨ましい。

 俺達はマネージャーとVtuberとの関係性が悪化している気がする。


「あれ? 恵さん、買い物ですか?」

「ええ!! コンビニへ!!」


 エコバックをぶら下げている。

 近くにコンビニ、確かにあったな。

 この辺の地理も覚えないといけないな。

 バス停とか駅とかしか知らないけど、土地勘がないと色々不便だろうしな。


「夕飯とかですか?」


 出前を取るのが一般的な気がしたけど、コンビニで食べたいものでもあったんだろうか。


 前澤社長からは、マネージャーはなるべくVtuberの意見を尊重するように厳命を受けている。


 出前がいいと言われたら出前。

 コンビニにしか売っていない限定商品が欲しいと言われたら、コンビニまでダッシュで買いに行かないといけない。

 それ以外にも理不尽なことが沢山あると言われていたから、その発想がまず思いついた。


 マネージャーはVtuberの最高のパシリに徹しなければならないらしい。


「違いますよ。週刊少年トワイライトです!! 愚弟は毎週これがないと収録できないらしいので!!」

「……トワイライト……」

「天音さん、トワイライト読みます!?」

「まあ、漫画雑誌は……少しは読みますね……」


 子どもの頃は漫画が大好きだった。

 漫画家になるのを夢見るぐらいには好きだった。


 トワイライトだけじゃなくて、週刊雑誌、月刊雑誌も読んだ。

 コンビニに置かれている漫画雑誌はほとんど全て読んでいた。

 少女漫画も読むし、流行の漫画どころか、読み切り作品も全てチェックしていた。

 勿論、つまらなくなって読まなくなる漫画もあるが、週に50冊以上の漫画は読んでいた。


「……新連載……。ハザマ先生……」


 俺はトワイライトの表紙に乗っている文字を思わず呟いた。

 新しい連載が始まったらしい。

 転職活動が始まってから忙しくなって、漫画なんて読まなかったからな。

 俺の知らない作品も増えているかも知れない。


「読みます?」

「…………え?」

「気になるなら少し貸しましょうか!? 愚弟には後でトワイライト持っていきますよ!!」

「いや、俺は……」


 断ろうとするが、無理やり胸にトワイライトを押し付けられる。

 そこまで物欲しそうにしていたんだろうか。

 トワイライトぐらい欲しかったら、自分の金で買ってくるが。


 だが、俺は買うか?

 買わないだろうな。

 わざわざトワイライトを買って読むなんてしない。


 そもそも外国じゃ、漫画なんて子どもが読むという考えがあるらしい。

 大人にもなって漫画を読むのは恥ずべき行為らしい。

 全く持ってその通りだ。

 俺だって大人なんだ。

 漫画なんて読む暇があったら、マネージャーの仕事の一つや二つ覚えるべきだ。


 だが、すぐに漫画を突っ返すことができなかった。

 新連載ね。

 どんな内容か気になる。


 俺は唇を噛む。

 逡巡の末、俺はお言葉に甘えることにする。


「…………あの、30秒だけ借りてもいいですか?」

「え? いいですけど?」


 その言葉だけを聞くと、俺は脳をフル回転して漫画を網膜に焼き付ける。

 漫画を読む時に集中すると周りの音が全く聞こえなくなる。

 周りの環境を全てシャットダウンして漫画の中の世界に飛び込む。

 久しぶりの感覚に身を委ねると、あっという間に一話を読み終える。


「は、はは」


 面白いな。

 ジャンルはSF、いやファンタジーになるのか?


「タイトルは……『フルバフ』か」


 三十年前に、異世界ザナドゥから侵略者インベーダーが現実世界からやって来るお話。

 異世界ザナドゥとの戦力差は大きく、魔法を使う異世界人に為す術もなく世界は制服された。

 その中で唯一、日本の総理大臣は異世界ザナドゥで、貴族の位を貰う代わりに無条件降伏をした。

 不平等条約をいち早く結んだ日本の総理大臣は、売国奴と世界から蔑まれた。


 異世界ザナドゥとの和平が結ばれた三十年後。

 中立国プラントに生まれ育った総理大臣の子どもが主人公という設定。

 生まれつき魔法を放つことができなかった主人公が、刀には魔力を纏わせることが出来ることに気が付いて、落ちこぼれから脱却するストーリーだ。


 見せ方が上手い。

 設定や構図は――


「もろパクリだな……」


 この世界にオリジナル作品なんてもう存在しない。

 誰かの作品に影響を受けて書いている。

 この漫画は斬新な設定だと世の中に褒められている時は、古い映画や海外のドラマからまんまパクった作品の時が多い。

 普段漫画しか読んでいない層が絶賛しているだけだったりする。


 だけど、セリフ回しや構図、設定、名称の付け方等々がまんまということは、まずあり得ない。

 特に漫画において構図は必ず作者の癖が出る。

 普通の読者は気が付かないことも、俺は読めばすぐに違和感に気が付く。


 ハザマという作家の癖じゃない。

 この癖は、他人の癖だ。

 影響を受けて、そのまま描いていることがありありと見える。


「本当に、面白い――」


 笑えてくる。

 こういう漫画を描くようになったのか。


 ハザマ……先生……ね。

 いつの間にかこんな作品を描くようになったのか。


「……どうかしましたか?」

「えっ、ああ……」


 随分と長い間考え事をしてしまった。

 恵さんには申し訳ないことをしてしまった。


「すいません返します。ありがとうございました」

「漫画読むの早いですね!! 私なんてこの雑誌一冊読むのに数時間はかかります!! 漫画読むの苦手なんですよね……」

「あー、確かに漫画読むのに慣れてなかったらそれぐらいかかる人もいるんじゃないですか? 俺は昔、漫画好きだったので……」


 漫画読むのに慣れていない人って、そもそも読むのが疲れるっていうしな。

 四コマ漫画だったら疲労しないけど、コマ割りが複雑な漫画の時、どの順番で読めばいいのか混乱して読むのに苦労するし、時間がかかるっていう人はいるらしい。


「ここだけの話、俺も最初はVtuber苦手だったのでそういう気持ち分かります」

「そうなんですか!?」

「ええ。最初期の話ですけどね……」


 最初期のVtuberはCG技術が発達していなくて、自然な動きをしていないVtuberがいた。

 画面の端で痙攣しているようにしか見えないVtuberだっていた。

 今は自然な動きをするVtuberが増えたから気にはならない。


 後、Vtuberって最初の頃叫ぶ人多かった印象あるんだよな。

 とにかく叫んで笑いを取るVtuberって感じ。

 そういうタイプのVtuberしかいなかった。


 あれが好きになれなかったけど、今はVtuberの数自体が増えて、色んな種類のVtuberがいるから、自然と自分の好きなタイプのVtuberも増えた。

 ヤンデレ系とか清楚系とかセクシー系とか。

 色んな設定が盛られて、取っつきやすくなったんだよな。


「ありがとうございました。それじゃ」

「はい!! お疲れさまでした!!」


 元気よく手を振る恵さんに会釈をして去る。


「ん?」


 恵さんと別れてから数メートル歩いていると、スマホが振動した。

 スマホを確認すると、そこには見たくもない人間からの着信だった。


「忙しいんだよな……」


 俺は無視するとスマホを鞄に入れる。

 たまにしか着信が来ないから無視しているけど、今度また着信があったら着信拒否にしようかな。

 

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